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毘沙門天
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ところで・・・・と定満は、姿勢を正す。
「先ほど、戦さの作法を教えて欲しいと申されましたが・・・・」
目を細めて、定満は問う。
「あれは、方便ですかな?」
「・・・・・・」
意図が読めないので、少し影虎は首を捻るが、
「いえ、勿論、ご教授頂けるのであれば、お願いします」
そうですか、と呟き、定満は手を叩く。
障子の向こうに控えていた宇佐美家の家人が、はっ、と応える。
「アオソを持って来てくれ」
そう定満が命じると、かしこまりました、と家人は去って行く。
アオソ・・・・?
景虎はそれが何なのか、意味が分からず、眉を寄せる。
そんな景虎を他所に、平三どの、と定満が声をかけてくる。
「戦さにおいて、最も必要なものは、何だと思われますか?」
そうですなぁ、と景虎は腕を組む。
「敵を恐れぬ勇敢さですか?」
「違います」
「では、動じぬ心、胆力でござるか?」
いえいえ、と定満は首を振る。
「機を見るに敏な、聡さでありましょうか?」
「そうではありませぬ」
ハハハハッと定満は笑う。
「では教えてくだされ」
景虎の方も、ふふっ、と笑う。
「それを教わりに来たのですから」
うむ、と頷き、定満は、再び問う。
「平三どのは、数多居る唐土の名将の中で、最も優れた将は誰だと思われますか?」
そうですなぁ、と景虎は少し上を向く。
「まぁ、覇王と言われた楚の項羽か・・・・・」
チラリと定満の顔を見た。ニコニコと微笑みを浮かべている。
「あるいはその項羽を倒した、国士無双、韓信・・・・」
定満は笑みを浮かべたままだ。
「兵法書を記した、孫子や呉子か・・・・・」
その意図を探りながら、景虎は答える。
「そんなところでしょうか?」
いえいえ、と定満は首を振る。
「私が思いますに、唐土一の名将といえば、唐の太宗李世民に仕えた、衛公李靖でございましょう」
「衛公・・・李靖・・・・」
景虎は、その名を繰り返す。
唐の太宗李世民は知っている。唐王朝の二代皇帝で実質的な創業者だ。
隋末の戦乱を勝ち抜いた稀代の英雄で、その元には二十四功臣と呼ばれる、有能な家臣たちがいる。
しかし景虎が知っているのはそこまでで、どんな家臣がいたのかまでは分からない。
「その衛公というのは・・・・・」
定満の笑顔から、その意図を読み取ろうとしながら、景虎は尋ねる。
「韓信の様に・・・・・例えば背水の陣の様な、有名な戦さがあるのですか?」
「いえ、特に」
「では、孫子や呉子の様に、兵法書を記したのですか?」
「太宗との対話を書物にした物がありますが、別に兵法書を残したからと言って、優れているとは限りませぬ」
「・・・・・・・では」
景虎が更に問おうとした時、部屋の外から、失礼します、と声がする。
宇佐美家の家人が現れ、定満の前に、両掌ほどの大きさの包みを置く。
「アオソにございます」
そう言って、家人は部屋を出て行く。
「・・・・・・」
しばし包みを眺めていたが、定満が何も言わないので、景虎は改めて問う。
「ではなぜ、衛公李靖が、唐土で一番の名将なのですか?」
ニヤリと微笑み、定満が答える。
「李靖は己のことを、托塔天王の化身と称しておったのです」
「托塔・・・・・天王」
景虎は首を捻る。聞いたこと無い名だ。
「托塔天王は唐土での名・・・・・・・」
一度、ゆっくり瞬きをして、定満が告げる。
「日ノ本での名は、毘沙門天にござる」
「毘沙門天」
景虎が呟くと、定満が頷く。
毘沙門天は勿論、寺に入っていた景虎も分かる。
仏法の守護者、四天王の一人、多聞天の別名である。
「それで・・・・・」
「はい?」
定満は首を傾げる。
「何故それで、李靖が唐土一の名将なのですか?」
ですから・・・・と、穏やかな顔で定満が告げる。
「己を托塔天王、毘沙門天の化身であると称しているからです」
「・・・・・・・・」
景虎は眉を寄せ、微笑む定満を眺める。
「ではそれがしが、毘沙門天の化身と称すれば、それがしは日ノ本一の名将でござるか」
ハハハハハッ、と定満は笑い、
「勿論」
と答える。
景虎は姿勢を正し、胸を張って大声を上げる。
「われ毘沙門天の化身なり」
ニコニコと微笑む定満を、景虎は目を細めて見る。
「これで拙者は、日ノ本一の名将でござる」
「そうですなぁ」
「揶揄うておられるのか?」
いえいえ、と定満は首を振る。
「毘沙門天の化身を称するという事は、その教えに深く帰依するという事・・・」
「出家しろと?」
「形ばかりの事をしても、意味はありませぬ」
景虎は首を捻る。
「それに禅宗や法華経ではなく、毘沙門天の教えでなければなりませぬ」
「寺社を保護しろという事ですか?」
毘沙門ては仏法の保護者だ。その教えとは、寺や僧を守るということでは無いのだろうか。
そうではありませぬ、と定満は答える。
「では・・・・・?」
景虎が目を細める。
「毘沙門天は日ノ本での名」
一度、目を閉じ、ゆっくり開いて定満は続ける。
「唐土での名は、托塔天王」
そして・・・・と定満は、景虎を見つめる。
「生まれた天竺では、クベーラと呼ばれています」
「クベー・・・・・ラ」
初めて耳にする、全く聞いたことない言葉、と言うより音だ。
「はい、そして天竺では、財貨の神であると言われております」
「ザイカ?」
意味が分からず、謙信は呟く。
「財貨」
宙に定満が漢字を書く。
「銭の神ということです」
ああっ、と景虎が頷く。
「つまり?」
「そう、つまり、戦さで最も必要なのは、武勇でも智略でもなく」
定満がニヤリと微笑む。
「銭であるということです」
「先ほど、戦さの作法を教えて欲しいと申されましたが・・・・」
目を細めて、定満は問う。
「あれは、方便ですかな?」
「・・・・・・」
意図が読めないので、少し影虎は首を捻るが、
「いえ、勿論、ご教授頂けるのであれば、お願いします」
そうですか、と呟き、定満は手を叩く。
障子の向こうに控えていた宇佐美家の家人が、はっ、と応える。
「アオソを持って来てくれ」
そう定満が命じると、かしこまりました、と家人は去って行く。
アオソ・・・・?
景虎はそれが何なのか、意味が分からず、眉を寄せる。
そんな景虎を他所に、平三どの、と定満が声をかけてくる。
「戦さにおいて、最も必要なものは、何だと思われますか?」
そうですなぁ、と景虎は腕を組む。
「敵を恐れぬ勇敢さですか?」
「違います」
「では、動じぬ心、胆力でござるか?」
いえいえ、と定満は首を振る。
「機を見るに敏な、聡さでありましょうか?」
「そうではありませぬ」
ハハハハッと定満は笑う。
「では教えてくだされ」
景虎の方も、ふふっ、と笑う。
「それを教わりに来たのですから」
うむ、と頷き、定満は、再び問う。
「平三どのは、数多居る唐土の名将の中で、最も優れた将は誰だと思われますか?」
そうですなぁ、と景虎は少し上を向く。
「まぁ、覇王と言われた楚の項羽か・・・・・」
チラリと定満の顔を見た。ニコニコと微笑みを浮かべている。
「あるいはその項羽を倒した、国士無双、韓信・・・・」
定満は笑みを浮かべたままだ。
「兵法書を記した、孫子や呉子か・・・・・」
その意図を探りながら、景虎は答える。
「そんなところでしょうか?」
いえいえ、と定満は首を振る。
「私が思いますに、唐土一の名将といえば、唐の太宗李世民に仕えた、衛公李靖でございましょう」
「衛公・・・李靖・・・・」
景虎は、その名を繰り返す。
唐の太宗李世民は知っている。唐王朝の二代皇帝で実質的な創業者だ。
隋末の戦乱を勝ち抜いた稀代の英雄で、その元には二十四功臣と呼ばれる、有能な家臣たちがいる。
しかし景虎が知っているのはそこまでで、どんな家臣がいたのかまでは分からない。
「その衛公というのは・・・・・」
定満の笑顔から、その意図を読み取ろうとしながら、景虎は尋ねる。
「韓信の様に・・・・・例えば背水の陣の様な、有名な戦さがあるのですか?」
「いえ、特に」
「では、孫子や呉子の様に、兵法書を記したのですか?」
「太宗との対話を書物にした物がありますが、別に兵法書を残したからと言って、優れているとは限りませぬ」
「・・・・・・・では」
景虎が更に問おうとした時、部屋の外から、失礼します、と声がする。
宇佐美家の家人が現れ、定満の前に、両掌ほどの大きさの包みを置く。
「アオソにございます」
そう言って、家人は部屋を出て行く。
「・・・・・・」
しばし包みを眺めていたが、定満が何も言わないので、景虎は改めて問う。
「ではなぜ、衛公李靖が、唐土で一番の名将なのですか?」
ニヤリと微笑み、定満が答える。
「李靖は己のことを、托塔天王の化身と称しておったのです」
「托塔・・・・・天王」
景虎は首を捻る。聞いたこと無い名だ。
「托塔天王は唐土での名・・・・・・・」
一度、ゆっくり瞬きをして、定満が告げる。
「日ノ本での名は、毘沙門天にござる」
「毘沙門天」
景虎が呟くと、定満が頷く。
毘沙門天は勿論、寺に入っていた景虎も分かる。
仏法の守護者、四天王の一人、多聞天の別名である。
「それで・・・・・」
「はい?」
定満は首を傾げる。
「何故それで、李靖が唐土一の名将なのですか?」
ですから・・・・と、穏やかな顔で定満が告げる。
「己を托塔天王、毘沙門天の化身であると称しているからです」
「・・・・・・・・」
景虎は眉を寄せ、微笑む定満を眺める。
「ではそれがしが、毘沙門天の化身と称すれば、それがしは日ノ本一の名将でござるか」
ハハハハハッ、と定満は笑い、
「勿論」
と答える。
景虎は姿勢を正し、胸を張って大声を上げる。
「われ毘沙門天の化身なり」
ニコニコと微笑む定満を、景虎は目を細めて見る。
「これで拙者は、日ノ本一の名将でござる」
「そうですなぁ」
「揶揄うておられるのか?」
いえいえ、と定満は首を振る。
「毘沙門天の化身を称するという事は、その教えに深く帰依するという事・・・」
「出家しろと?」
「形ばかりの事をしても、意味はありませぬ」
景虎は首を捻る。
「それに禅宗や法華経ではなく、毘沙門天の教えでなければなりませぬ」
「寺社を保護しろという事ですか?」
毘沙門ては仏法の保護者だ。その教えとは、寺や僧を守るということでは無いのだろうか。
そうではありませぬ、と定満は答える。
「では・・・・・?」
景虎が目を細める。
「毘沙門天は日ノ本での名」
一度、目を閉じ、ゆっくり開いて定満は続ける。
「唐土での名は、托塔天王」
そして・・・・と定満は、景虎を見つめる。
「生まれた天竺では、クベーラと呼ばれています」
「クベー・・・・・ラ」
初めて耳にする、全く聞いたことない言葉、と言うより音だ。
「はい、そして天竺では、財貨の神であると言われております」
「ザイカ?」
意味が分からず、謙信は呟く。
「財貨」
宙に定満が漢字を書く。
「銭の神ということです」
ああっ、と景虎が頷く。
「つまり?」
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