私訳戦国乱世 クベーラの謙信

破棄

　上杉景虎を小田原に返さないとなれば、厄介な問題が一つある。
　景虎と交換で送った、柿崎景家の息子、晴景の事だ。
　同盟が破棄され、景虎が戻らないとなると、晴景は処刑される。
　どうにかせねばならない。

「そちらから手を組もうと持かけておいて、今度は手を切りたいと言う・・・・・北条のお家には信義というものがござらぬのか？」
　遠山康光を呼び出し、輝虎はそう告げる。
　
　とりあえずここは景虎の事は抜きにして、強い態度で出ておく事にした。
　申し訳ございませぬ、と康光は静かに頭を下げる。

　北条の使者としてやって来た遠山康光は、その後、景虎付きの家老として越後に留まった。
　何故だ？と初めは首を捻ったが、なんの事は無い、康光の妹が景虎の母なのである。

　確かに言われてみれば、目元などよく似ている。
　ただ康光当人よりも、康光と共にやって来た息子の康英の方が、歳も近いこともあり兄弟の様に似ていた。
　もっとも長身でスラリとしている景虎に対し、康光、康英親子は背が低く小太りだ。

　その康英が小田原に戻り、晴景を連れて帰って来た。


　あっさりと晴景が戻されたのを見て、何かある、と輝虎は思った。

　単純に北条の中で、氏康派と氏政派があり、氏康が亡くなり、その派閥であった康光が追放され、その時の駄賃代わりに、晴景を返したのかもしれない。
　それくらいの話なのか、或いは何か策があるのか？
　策があるとして、それは氏政の策なのか、氏康の策なのか？
　
　如何いう事だ・・・・？
　輝虎は眉を寄せる。