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2 勇者と騎士と魔法使い
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馬車がゆっくりと停止する。道中は楽しい会話など一切ない、終始重苦しい空気だった。
外から扉を開けられ、使者に「降りなさい」と促された。恐る恐る石畳の地に足をつける。
目の前に高々と立つ、荘厳な城を見上げた。首が痛くなるほど反らしても、てっぺんが見えないくらい大きい。
私は呆気に取られて、使者に半開きになった口を注意され、慌てて口をつぐんだ。
「本当にこの服装で入るんですか?」
お城に入るに相応しい服を持っているかと聞かれたらないのだけれど、仕事着よりはいくらかマシな服もある。
オレンジ色の髪は、仕事で邪魔にならないよう、後頭部にバレッタでまとめただけだ。場違い以外の何者でもない。
「すぐに連れてくるように言われているから、そのままで構わない。すでに勇者は城内で待っている」
勇者を待たせているという事実に顔から血の気が引く。これから一緒に旅をするかもしれない相手だ。なるべく友好的な関係を築きたい。それなのに待たせてしまって、気分を害していないか気になって仕方がなかった。
どこまでも続くかのような広く長い階段を登りきると、屈強な兵士が目の前にそびえ立つ重厚な扉を、轟音とともに開いた。
美しい模様の描かれた、ステンドグラスに目を奪われる。
ついてくるように言われ、赤く柔らかい絨毯の上を、足の裏が優しく包み込まれるような感触を覚えながら進んだ。突き当たりに、ひときわ華美な装飾が施された扉がある。
その前には背の高い男の人が立っていた。夕日のような赤い髪は短く整えられている。手には剣が握られていた。こちらを振り返る。同じ年くらいの、ハンサムな人だった。
使者が、勇者だと紹介してくれた。
「初めまして。アメリア・フローレスと申します。よろしくお願いいたします」
私は勢いよく頭を下げた。
「ライリー・メナールと言います。こちらこそよろしくお願いします」
下げた顔の前に、ライリーさんから差し出された右手が見えた。背筋を伸ばして両手で掴む。
ライリーさんもお城の雰囲気に合わない、麻のシャツにゆったりとしたズボンといったラフな格好をしていた。
彼は何度も首の後ろを掻き、落ち着かない様子で周囲を見渡している。その視線には、戸惑いと僅かな緊張が入り混じっているように見えた。もしかしたらライリーさんも、突然この場に連れてこられたのかもしれない。
「あの、私は十八歳です。ライリーさんも同じくらいですか?」
「はい、俺も十八です」
ライリーさんはかすかに口元を緩める。共通点があり、少し気持ちが和んだ。
「この奥には王がいる。粗相の無いように」
使者の言葉に私とライリーさんは姿勢を正した。そんなことを言われても、謁見の作法なんてわからない。冷や汗がダラダラと流れ、心の準備をする間もなく扉を開かれた。
「聖女アメリア・フローレスならびに、勇者ライリー・メナールをお連れいたしました」
背中を押され、前に進む。正面には煌びやかな玉座に座る王様と王妃様。玉座の背後には巨大な紋章が掲げられ、床には美しい模様の絨毯が敷かれている。
玉座の傍に立つのは、王子様と王子妃様だろうか? でも王子様はお二人いるはず。目の前にいるのはお一人だけだ。
止まるように言われ、ライリーさんがその場に跪いて頭を深く下げた。私も倣って同じ姿勢を取る。
「そう畏まらず。楽にしなさい」
正面から穏やかな声が掛かった。どうしたらいいのかわからず、そのままの姿勢を崩さない。横目で確認すると、ライリーさんも戸惑っているようだった。
「二人とも、顔を見せてほしい」
先ほどよりも優しく声をかけられ、顔を正面に向けた。王様がゆっくりとこちらに近付いてくる。部屋の隅で控えていた衛兵が駆け寄ろうとするが、王様はそれを手で制した。
私とライリーさんの目の前で止まって「立ちなさい」と微笑みをくれる。急いで起立した。
「突然のことですまない。若い君たちに酷なことを強いるが、二人の力を貸してほしい」
「「はい!」」
私もライリーさんも緊張のしすぎで声が裏返った。
王家の方なんて、王都に住んでいても、下町で育った私はお姿を一度も拝見したことがない。雲の上の存在の方が、温かい言葉をかけてくださった。
聖女として何ができるのか分からないけれど、精一杯お役目を全うしようと決意を固める。
「別室に旅へ同行する者が待機している。詳しくは、その者たちが説明する」
後ろで扉が開く音がした。「失礼いたします」と断りを入れて退室する。
謁見の間を出て扉が閉まると、大きく息を吐き出した。心臓がバクバクと激しく鳴る。両手で胸を押さえて落ち着こうとしたのに、すぐに別の部屋へ移動するため、歩くように促された。
お城の厳かな雰囲気に圧倒されながら、辺りに目を走らせる。
ライリーさんと視線がかち合うが、お互い城の雰囲気にのまれ、曖昧な笑顔を向けることしかできなかった。
使者の後に続き、着いたの白い扉の前。装飾などはなく、落ち着いた雰囲気だ。扉をノックすると、中から開かれた。
「待っていたぞ。入ってくれ」
出迎えてくれたのは、白を基調に水色のラインが入った騎士団の隊服を着ている長身の女性。長い金髪を頭の上の方で束ねている。
すごく綺麗な人だな。思わず見惚れてしまうほどだ。
使者は部屋に入らず、私とライリーさんだけが「失礼致します」と入室した。
扉はおとなしかったが、広々とした華やかな部屋だった。絵画や壺などの美術品が飾られていて、毛足の長い絨毯は、見るからに触り心地が良さそうだ。
「私は王国騎士団所属、クロエ・ウォードだ。よろしく頼む」
クロエさんは背筋がピンと伸び、堂々とした佇まいが凛々しい方だ。
私とライリーさんも名乗った。クロエさんに手を差し出され、握手をする。
ライリーさんは緊張のためか、ズボンで必要以上に手を拭ってから握っていた。
「あと一人同行する」
クロエさんの視線の先には、一人がけの大きなソファに背を預ける男性。ソファは体の沈み具合から、相当柔らかいと憶測できる。
彼は濃紺の膝まであるローブを身にまとい、フードで顔が隠れて口元しか見えない。
クロエさんに続いて、そちらに足を進める。
「僕はジーン。よろしく」
綺麗な口元が弧を描いた。ジーンさんが立ち上がり、先にライリーさんと握手をする。
次に私に手が向けられた。手が触れるとギュッと握られる。「よろしくお願いします」と声をかけてから手を離そうとするけれど、ジーンさんに握られっぱなし。戸惑いながら、握られた手と笑みを浮かべる口元を交互に見た。
「あの、どうしましたか?」
「手を離したくないなって」
ジーンさんのもう片方の手が、握手をしている私の手の甲に触れる。端正な指先が肌を滑り、驚き過ぎて身体が跳ねた。耳まで熱くなる。
「セクハラですよ!」
クロエさんの怒気を含んだ声で、渋々といった様子ながら、ジーンさんが離れてくれた。彼はそのままソファに腰を下ろす。
私は早鐘を打つ心臓を落ち着けるように、胸元に手を添えて息を吐き出した。
はっきりとした口調で止めてくれて、クロエさんは優しくてかっこよくて憧れるな。
「アメリア、会いたかったよ」
名前を呼ばれて目を瞬かせた。
会いたかった? ジーンさんは私の知っている人なの?
ジーンさんがフードを取る。艶のある長い黒髪を下の方で束ね、柔らかい表情を向ける美青年が現れた。この方には見覚えがある。
「五日ほど前に、下町でお会いしましたよね?」
「そう! 覚えててくれたんだね。嬉しいな」
ジーンさんはニコニコと擬音が聞こえてきそうなほどの笑顔を見せる。
「なぜ下町に?」
クロエさんが怪訝そうな顔をジーンさんに向けた。クロエさんとジーンさんは知り合いなのかな?
「下町にある、パン屋に行きたくてね」
「あっ! とっても美味しいですよね」
手をパチンと叩くと、ジーンさんが「そうそう」と相槌を打った。
「で、パンを買ったはいいけれど、ゴロツキに路地へ連れ込まれてカツアゲされたんだ。ボコボコにされている時にアメリアがそこに現れて『助けて』って大声を上げた。その声に棒やフライパンやほうきといった武器になりそうな物を持った人が大勢集まった。下町の人たちに、僕は助けられたんだよね」
ジーンさんは顔も身体も腫れて傷だらけだった。痛々しい傷を思い出して、奥歯に力が入る。
「なぜ反撃しないのですか!」
「いや、内緒で下町に行ったから、バレたくなくて」
バツが悪そうに笑うジーンさんに対して、クロエさんは大きなため息を吐いた。
「あたなになにかあったら、どうするんですか! それに傷だらけになれば、原因は追及されてバレます」
クロエさんの叫び声が響く。ジーンさんは耳を押さえて素知らぬ顔をした。
クロエさんの口ぶりから、ジーンさんは偉い方なのかな? と思ったけれど、怒鳴られているからよく分からない。
「あっ、そうそう、僕とアメリアの運命的な出会いの続きなんだけどね。僕は血液や吐瀉物で汚い状態だったんだよ。そんな僕にアメリアは治癒魔法を掛けてくれて、下町の診療所に連れて行ってくれた。顔や身体を綺麗に拭ってくれたんだ。あの時は本当にありがとう」
「いえ、そんなたいしたことなんて、していません」
私は手と首を振る。
「アメリアにお礼がしたいと思って、君について色々調べたよ」
……調べた? 首を捻るが、ジーンさんは言葉を続ける。
「聖女に選ばれたと知って、僕は旅の同行を申し出た。僕の魔法はアメリアのために使いたいと思って。アメリア、僕は君に一目惚れをした。魔王を倒したら結婚してほしい」
クロエさんは口をあんぐり開け、ライリーさんは顔を赤くして忙しなく視線を彷徨わせている。
私は驚きすぎて頭が真っ白になった。心臓がドキドキと高鳴り、顔が熱くなるのを感じる。どうすればいいのか分からず、ただ立ち尽くすしかなかった。
結婚? 私がジーンさんと?
ジーンさんに手を掬われた。指先に美麗な顔が近付いてきて「ギニャッ」と素っ頓狂な悲鳴をあげて手を引く。
心臓が痛い。鼓動を落ち着けるように、胸を手で押さえる。そんなことでは落ち着けるわけもなかった。全身が熱い。
ストレートに好意をぶつけられ、どうしたらいいのか分からなかった。
外から扉を開けられ、使者に「降りなさい」と促された。恐る恐る石畳の地に足をつける。
目の前に高々と立つ、荘厳な城を見上げた。首が痛くなるほど反らしても、てっぺんが見えないくらい大きい。
私は呆気に取られて、使者に半開きになった口を注意され、慌てて口をつぐんだ。
「本当にこの服装で入るんですか?」
お城に入るに相応しい服を持っているかと聞かれたらないのだけれど、仕事着よりはいくらかマシな服もある。
オレンジ色の髪は、仕事で邪魔にならないよう、後頭部にバレッタでまとめただけだ。場違い以外の何者でもない。
「すぐに連れてくるように言われているから、そのままで構わない。すでに勇者は城内で待っている」
勇者を待たせているという事実に顔から血の気が引く。これから一緒に旅をするかもしれない相手だ。なるべく友好的な関係を築きたい。それなのに待たせてしまって、気分を害していないか気になって仕方がなかった。
どこまでも続くかのような広く長い階段を登りきると、屈強な兵士が目の前にそびえ立つ重厚な扉を、轟音とともに開いた。
美しい模様の描かれた、ステンドグラスに目を奪われる。
ついてくるように言われ、赤く柔らかい絨毯の上を、足の裏が優しく包み込まれるような感触を覚えながら進んだ。突き当たりに、ひときわ華美な装飾が施された扉がある。
その前には背の高い男の人が立っていた。夕日のような赤い髪は短く整えられている。手には剣が握られていた。こちらを振り返る。同じ年くらいの、ハンサムな人だった。
使者が、勇者だと紹介してくれた。
「初めまして。アメリア・フローレスと申します。よろしくお願いいたします」
私は勢いよく頭を下げた。
「ライリー・メナールと言います。こちらこそよろしくお願いします」
下げた顔の前に、ライリーさんから差し出された右手が見えた。背筋を伸ばして両手で掴む。
ライリーさんもお城の雰囲気に合わない、麻のシャツにゆったりとしたズボンといったラフな格好をしていた。
彼は何度も首の後ろを掻き、落ち着かない様子で周囲を見渡している。その視線には、戸惑いと僅かな緊張が入り混じっているように見えた。もしかしたらライリーさんも、突然この場に連れてこられたのかもしれない。
「あの、私は十八歳です。ライリーさんも同じくらいですか?」
「はい、俺も十八です」
ライリーさんはかすかに口元を緩める。共通点があり、少し気持ちが和んだ。
「この奥には王がいる。粗相の無いように」
使者の言葉に私とライリーさんは姿勢を正した。そんなことを言われても、謁見の作法なんてわからない。冷や汗がダラダラと流れ、心の準備をする間もなく扉を開かれた。
「聖女アメリア・フローレスならびに、勇者ライリー・メナールをお連れいたしました」
背中を押され、前に進む。正面には煌びやかな玉座に座る王様と王妃様。玉座の背後には巨大な紋章が掲げられ、床には美しい模様の絨毯が敷かれている。
玉座の傍に立つのは、王子様と王子妃様だろうか? でも王子様はお二人いるはず。目の前にいるのはお一人だけだ。
止まるように言われ、ライリーさんがその場に跪いて頭を深く下げた。私も倣って同じ姿勢を取る。
「そう畏まらず。楽にしなさい」
正面から穏やかな声が掛かった。どうしたらいいのかわからず、そのままの姿勢を崩さない。横目で確認すると、ライリーさんも戸惑っているようだった。
「二人とも、顔を見せてほしい」
先ほどよりも優しく声をかけられ、顔を正面に向けた。王様がゆっくりとこちらに近付いてくる。部屋の隅で控えていた衛兵が駆け寄ろうとするが、王様はそれを手で制した。
私とライリーさんの目の前で止まって「立ちなさい」と微笑みをくれる。急いで起立した。
「突然のことですまない。若い君たちに酷なことを強いるが、二人の力を貸してほしい」
「「はい!」」
私もライリーさんも緊張のしすぎで声が裏返った。
王家の方なんて、王都に住んでいても、下町で育った私はお姿を一度も拝見したことがない。雲の上の存在の方が、温かい言葉をかけてくださった。
聖女として何ができるのか分からないけれど、精一杯お役目を全うしようと決意を固める。
「別室に旅へ同行する者が待機している。詳しくは、その者たちが説明する」
後ろで扉が開く音がした。「失礼いたします」と断りを入れて退室する。
謁見の間を出て扉が閉まると、大きく息を吐き出した。心臓がバクバクと激しく鳴る。両手で胸を押さえて落ち着こうとしたのに、すぐに別の部屋へ移動するため、歩くように促された。
お城の厳かな雰囲気に圧倒されながら、辺りに目を走らせる。
ライリーさんと視線がかち合うが、お互い城の雰囲気にのまれ、曖昧な笑顔を向けることしかできなかった。
使者の後に続き、着いたの白い扉の前。装飾などはなく、落ち着いた雰囲気だ。扉をノックすると、中から開かれた。
「待っていたぞ。入ってくれ」
出迎えてくれたのは、白を基調に水色のラインが入った騎士団の隊服を着ている長身の女性。長い金髪を頭の上の方で束ねている。
すごく綺麗な人だな。思わず見惚れてしまうほどだ。
使者は部屋に入らず、私とライリーさんだけが「失礼致します」と入室した。
扉はおとなしかったが、広々とした華やかな部屋だった。絵画や壺などの美術品が飾られていて、毛足の長い絨毯は、見るからに触り心地が良さそうだ。
「私は王国騎士団所属、クロエ・ウォードだ。よろしく頼む」
クロエさんは背筋がピンと伸び、堂々とした佇まいが凛々しい方だ。
私とライリーさんも名乗った。クロエさんに手を差し出され、握手をする。
ライリーさんは緊張のためか、ズボンで必要以上に手を拭ってから握っていた。
「あと一人同行する」
クロエさんの視線の先には、一人がけの大きなソファに背を預ける男性。ソファは体の沈み具合から、相当柔らかいと憶測できる。
彼は濃紺の膝まであるローブを身にまとい、フードで顔が隠れて口元しか見えない。
クロエさんに続いて、そちらに足を進める。
「僕はジーン。よろしく」
綺麗な口元が弧を描いた。ジーンさんが立ち上がり、先にライリーさんと握手をする。
次に私に手が向けられた。手が触れるとギュッと握られる。「よろしくお願いします」と声をかけてから手を離そうとするけれど、ジーンさんに握られっぱなし。戸惑いながら、握られた手と笑みを浮かべる口元を交互に見た。
「あの、どうしましたか?」
「手を離したくないなって」
ジーンさんのもう片方の手が、握手をしている私の手の甲に触れる。端正な指先が肌を滑り、驚き過ぎて身体が跳ねた。耳まで熱くなる。
「セクハラですよ!」
クロエさんの怒気を含んだ声で、渋々といった様子ながら、ジーンさんが離れてくれた。彼はそのままソファに腰を下ろす。
私は早鐘を打つ心臓を落ち着けるように、胸元に手を添えて息を吐き出した。
はっきりとした口調で止めてくれて、クロエさんは優しくてかっこよくて憧れるな。
「アメリア、会いたかったよ」
名前を呼ばれて目を瞬かせた。
会いたかった? ジーンさんは私の知っている人なの?
ジーンさんがフードを取る。艶のある長い黒髪を下の方で束ね、柔らかい表情を向ける美青年が現れた。この方には見覚えがある。
「五日ほど前に、下町でお会いしましたよね?」
「そう! 覚えててくれたんだね。嬉しいな」
ジーンさんはニコニコと擬音が聞こえてきそうなほどの笑顔を見せる。
「なぜ下町に?」
クロエさんが怪訝そうな顔をジーンさんに向けた。クロエさんとジーンさんは知り合いなのかな?
「下町にある、パン屋に行きたくてね」
「あっ! とっても美味しいですよね」
手をパチンと叩くと、ジーンさんが「そうそう」と相槌を打った。
「で、パンを買ったはいいけれど、ゴロツキに路地へ連れ込まれてカツアゲされたんだ。ボコボコにされている時にアメリアがそこに現れて『助けて』って大声を上げた。その声に棒やフライパンやほうきといった武器になりそうな物を持った人が大勢集まった。下町の人たちに、僕は助けられたんだよね」
ジーンさんは顔も身体も腫れて傷だらけだった。痛々しい傷を思い出して、奥歯に力が入る。
「なぜ反撃しないのですか!」
「いや、内緒で下町に行ったから、バレたくなくて」
バツが悪そうに笑うジーンさんに対して、クロエさんは大きなため息を吐いた。
「あたなになにかあったら、どうするんですか! それに傷だらけになれば、原因は追及されてバレます」
クロエさんの叫び声が響く。ジーンさんは耳を押さえて素知らぬ顔をした。
クロエさんの口ぶりから、ジーンさんは偉い方なのかな? と思ったけれど、怒鳴られているからよく分からない。
「あっ、そうそう、僕とアメリアの運命的な出会いの続きなんだけどね。僕は血液や吐瀉物で汚い状態だったんだよ。そんな僕にアメリアは治癒魔法を掛けてくれて、下町の診療所に連れて行ってくれた。顔や身体を綺麗に拭ってくれたんだ。あの時は本当にありがとう」
「いえ、そんなたいしたことなんて、していません」
私は手と首を振る。
「アメリアにお礼がしたいと思って、君について色々調べたよ」
……調べた? 首を捻るが、ジーンさんは言葉を続ける。
「聖女に選ばれたと知って、僕は旅の同行を申し出た。僕の魔法はアメリアのために使いたいと思って。アメリア、僕は君に一目惚れをした。魔王を倒したら結婚してほしい」
クロエさんは口をあんぐり開け、ライリーさんは顔を赤くして忙しなく視線を彷徨わせている。
私は驚きすぎて頭が真っ白になった。心臓がドキドキと高鳴り、顔が熱くなるのを感じる。どうすればいいのか分からず、ただ立ち尽くすしかなかった。
結婚? 私がジーンさんと?
ジーンさんに手を掬われた。指先に美麗な顔が近付いてきて「ギニャッ」と素っ頓狂な悲鳴をあげて手を引く。
心臓が痛い。鼓動を落ち着けるように、胸を手で押さえる。そんなことでは落ち着けるわけもなかった。全身が熱い。
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