下町聖女は光を灯す

きたじまともみ

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3 旅の目的

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「アメリアが困っています。彼女に触れるのはやめてください」

 クロエさんが私を庇ってくれて、ホッと息を吐き出す。

「アメリア、ライリー、座ってくれ」

 クロエさんが手を向けたのは、テーブルを挟んでジーンさんと向かい合うように置かれたソファ。大きくて上品な光沢がある。素材は多分シルクだ。本物を見たことがないから、多分だけど。

「あの、この服で座っても大丈夫なんですか?」
「俺も、気が引けます」

 私とライリーさんは顔を見合わせて、乾いた笑みを浮かべた。ライリーさんは私服だからまだいいけれど、私なんて仕事着だ。薬品の匂いが移らないか気が気じゃない。

「アメリア、ソファが嫌ならここが空いてるよ」

 ジーンさんが綺麗に目を細め、自分の太ももを叩く。ジーンさんの上に座る? 固まっていると、クロエさんが額に手を添えて大袈裟なため息を吐く。

「好きな女性を、困らせるものではありませんよ」
「ごもっとも!」

 ジーンさんは大きく頷いた。

「アメリアも、嫌な時は嫌だとはっきり言いなさい。言わないと彼は調子に乗る」

 クロエさんに「嫌だと言う練習だ」というように促された。
 私は唾を飲み込んで意気込む。ジーンさんに目を向けた。私と視線が交わると、ジーンさんは顔を綻ばせる。こんな表情を見せられると、胸がチクリと痛んだ。「アメリア」とクロエさんに低い声で名前を呼ばれて、身体が跳ねる。
 奥歯に力を込めて頷いた。

「ジーンさん、嫌です」
「それでいい! ちゃんと言えるじゃないか」
「残念だ。でもアメリアに嫌だと言われても、僕はときめいてしまうんだけれど、どうしたらいい?」
「説明をしたいので、黙っていていただけますか! さぁ、二人とも座って」

 こわごわと私とライリーさんは腰掛ける。見た目通り驚くほど肌触りがよいソファだ。身体がふわりと浮いているような座り心地に目を見張る。
 クロエさんが世界地図をテーブルに広げた。身体を前に傾けて覗き込む。世界地図の真ん中辺りに縦線が引かれた。

「東が私たち人間の住む【ルスアトロ・マリメーラ王国】西が魔族たちの住む国。ここまでは大丈夫か?」

 私とライリーさんは「はい」と頷く。

「この境目あたりの街で、たびたび人がいなくなる。五年前に平和条約を結ぶために、騎士団が魔王の城に向かった。だが、魔王の城に着いたという報告を最後に、通信が途絶え、彼らの行方がわからなくなった」

 ライリーさんが手を顔の横に上げて口を開く。

「討伐じゃなくて、平和条約なのか? ……ではなくて、平和条約なんですか?」

 ライリーさんの言い直しに、クロエさんは「話しやすい言葉でいい」と微笑みかける。そしてすぐに目に力を込めた。

「魔王を倒せるのは勇者の剣のみ。だから当時は被害を出さないために、平和条約を結ぼうとしていた。だが、騎士たちの行方がわからなくなった。その後斥候部隊を派遣したが、彼らも帰ってこなかった。そこで亡くなっているのだろうと、捜索を打ち切った」
「勇者の剣があるから、五年経って、討伐に切り替えたってことですか?」

 今はライリーさんの手元に、勇者の剣がある。

「そうだ。急に勇者だなんだと言われて、戸惑ったよな」

 クロエさんが小さな子を落ち着かせるような口調で、優しい声をかける。ライリーさんは小さく頷いた。

「俺は三日後に開催される、闘技大会に出場するために、王都からずっと南にある【ラミサカ】という田舎町から来たんだ」

 王都から見て、南にゆっくり視線移動させる。ラミサカを見つけた。列車でも、かなり時間がかかりそうだ。

「闘技大会に出るということは、剣は元々扱えるんだね?」

 ジーンさんの問いにライリーさんは頷いた。

「実家が剣術道場だから、小さな頃から剣は習っていた。王都なんてそう何度も来られる場所じゃないから、観光を楽しんでいたんだ」
「それで、勇者の剣を抜いたんだな?」

 クロエさんが手をポンと叩き、ライリーさんが頷いた。
 王都の神殿に突き刺さっている勇者の剣は、絶対に抜けない剣として、観光名所になっていた。それを引き抜こうとして「抜けないね」と仲間内で笑い合うのが旅の思い出になる。

「俺もまさか抜けるとは思わなくて……。抜けてしまったら、そこから神殿内は大騒ぎ。たくさんの神官に囲われて、城に連れてこられた。俺が抜いたから、急遽聖女を選ぶ儀式も行われたようだった」
「だからこんなにも急だったんですね」

 私はいきなり仕事中に聖女だと言われて、身だしなみを整える間もなく、お城まで連れてこられた。

「勇者の剣を抜ける者が現れたんだ。時間が経って、怖気付かれると困るから、訳もわかっていないうちに王に会わせたんだろうね」

 ジーンさんは肩を竦める。ライリーさんは困ったように笑った。

「俺に、こんな大役が務まるのか不安で……」
「心配しなくていい。そのために私たちがいるんだから」

 クロエさんがライリーさんの肩をポンと叩く。ライリーさんの表情が少し和らいだ。頬はかすかに染まり、血色が良くなる。

 私は胃の辺りがキリキリと痛んだ。
 私はいつも通り、学校へ向かう弟妹を見送って、診療所で働いていた。
 私には武器なんてないし、光魔法学部の成績はいつも平均点。特別な力があるとは思えないし、聖女だと言われても実感が湧かない。

「アメリア、大丈夫かい?」

 ジーンさんが心配をして、声をかけてくれた。私は首を振る。

「なんで私が聖女なんでしょうか? もっと適任の人はいると思います」
「アメリアが聖女は、うってつけだと僕は思うよ」

 穏やかな声を紡ぐジーンさん。私は目を瞬かせて首を傾ける。

「アメリアが僕を助けてくれたでしょ? あの時、アメリアが助けてと叫んだから、すぐに大勢の人が集まった。僕が叫んでも、人は来てくれるかもしれないけれど、ゴロツキを捕まえられるほど人は来なかったと思うな。アメリアが下町の人に愛されている証拠だ。その後、治癒魔法をかけてくれて、自分が汚れるのも構わずに、僕を診療所に連れていくために肩を貸してくれた。《勇者は魔王を倒し、聖女は世界に光を灯す》そう伝わっている。これは光魔法のことかもしれないけれど、アメリアの心に僕は救われたし、君が光に見えたよ」
「あ、ありがとうございます」

 瞼の奥が熱くなり、視界が滲む。私が世界に光を灯すなんてできるかわからないけれど、ジーンさんの言葉が力をくれた。私の心を灯してくれた。

「まぁ、治癒魔法をかけてくれていたから、肩は借りなくても良かったんだけどね。せっかくだから甘えてしまったよ」

 ジーンさんが場を和ませるように明るい声を上げた。
 クロエさんが「話を続けるぞ」と手を叩く。私たちは地図に視線を落とした。

「まずは魔族の国との境界線付近の、人がいなくなる町【ソルフォ】を目指す。なぜいなくなるのか調べ、いなくなった人を探しだして救えればベストだ。質問がなければ着替えてから列車に乗るため、駅に向かう」
「あの! 一度、家に帰ってもいいですか? 仕事中だったので、家族に旅へ出ることを言えていません」
「俺も父に旅に出ると伝えないと。闘技場近くのホテルにいるはず」
「わかった。先にホテルへ行き、その後下町に向かおう」

 クロエさんが手招きをするから、私とライリーさんはついていく。大きなクローゼットに、大量の服が掛けられていた。

「ここにある好きな服を選んでくれ。騎士団の隊服と同じ素材で作られていて、かなり丈夫な作りになっている」

 選んでと言われても、多すぎて迷ってしまう。ライリーさんと「どうしましょうか」と顔を見合わせた。
 私の後ろから腕が伸びる。ジーンさんが控えめなレースで飾られた、ピンクのワンピースを掴んだ。

「アメリア、これなんかどうかな?」

 ジーンさんが私の服を選んでくれた。おとなしめで可愛かったから「ありがとうございます」と受け取った。

「では、ライリーにはこちらはどうだ?」

 クロエさんが銀の糸で繊細な刺繍を施している黒い外套と、動きやすそうなパンツを見せる。ライリーさんもそれを受け取った。
 別室で着替える。丈夫だと言っていたのに、驚くほど軽い。

 部屋に戻るとジーンさんに絶賛されて、嬉しいけれど照れてしまった。顔の筋肉が緩んでいるのがわかる。
 準備ができると部屋を出た。クロエさんとライリーさんが前を歩き、私とジーンさんがその後を追う。
 隣を歩くジーンさんを見上げた。ジーンさんはフードを目深に被り、また口元しか見えなくなってしまった。

「あの、ジーンさんは神殿で働く神官様ですか?」

 私が神託で聖女に決まってから、あまり時間は経過していないと思う。神託を聞いた神官だから、旅に同行することになったんじゃないかと思った。

「僕は神官じゃないよ」
「ではどうして、私が聖女だと知って、旅に出ることを申し出てくれたんですか?」
「んー、内緒。秘密があった方が、ミステリアスで気になるでしょ」

 ジーンさんは楽しそうに声を弾ませ、口角を上げる。

「僕が何者かは置いといてさ、旅をして、僕自身を知って。僕は一途だよ。アメリアに振り向いてもらえるように頑張るから」

 ジーンさん自身を知る。そうすれば、理由もわかるようになるのかな?
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