下町聖女は光を灯す

きたじまともみ

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 住み慣れた下町に着くと安心して、ホッと息を吐く。王都に住んでいても、お城やホテルは豪華すぎて、別の世界のようだった。無意識に身体に力が入っていたみたい。下町は落ち着く。

「ここが私の家です」

 路地に入って、一番最初にある木造二階建ての家。外壁がところどころ剥がれている。扉を開くと、玄関に駆けてくる複数の足音で、家が縦に揺れた。

「お姉ちゃんが聖女って本当?」
「お洋服可愛いね」
「すぐに帰ってくる?」
「お姉ちゃんがいないと寂しい」

 六人の弟妹に囲われ、矢継ぎ早に声が上がる。

「お守りを作ったの」

 ハギレを縫い合わせた、小さな巾着袋を渡された。中には折り畳まれた紙が入っている。それを取り出して、一枚ずつ眺め、目頭が熱くなった。
 みんなが無事に帰ってこられるように、とメッセージを書いてくれている。文字が書けない小さな弟は、絵を描いてくれた。丁寧に折りたたんで巾着袋の中にしまう。

「ありがとう」

 一人ずつ抱きしめた。

「アメリア」

 遅れてお母さんが家から出てきた。顔は青く、目が真っ赤だった。すがりつくように、お母さんが私に腕を回す。

「お母さん、どうしたの?」
「アメリアが聖女だなんて……。あなたまで帰ってこなかったら……」

 言葉を続けられず、お母さんは身体を震わせて、私の肩に顔を埋める。肩がじんわりと温かく濡れた。
 私だって本当は怖い。でもお母さんを安心させるために、明るい声で大丈夫だと伝える。

「もし危ない目に遭っても逃げ切って見せるよ! 私は五十メートルを九秒で走れるんだから!」
「姉ちゃん、それは全然速くないからな」

 すぐ下の弟につっこまれてしまった。

「速度強化の魔法を使ったほうがいいよ」

 具体的なアドバイスを妹からもらう。

「そうだね」

 頷くと、ジーンさんがお母さんの前に出た。

「安心してくださいお義母様。アメリアは僕が必ず守りますので」
「……お義母様?!」

 お母さんが怪訝な表情を見せる。驚き過ぎて、涙は引っ込んでしまったようだ。

「えっと、一緒に旅をするジーンさんだよ。それに、クロエさんとライリーさん」

 クロエさんとライリーさんが頭を下げる。

「私たちがアメリアをお守り致します。もちろん彼からも」

 クロエさんがジーンさんに手を向けると「お願いします」と全員が声を揃える。ジーンさんはライリーさんに「ややこしくなるから、話に入っていかないで」と引き戻されていった。

「アメリアちゃん、これを持っていって」
「元気に帰ってこいよ」
「みんな待ってるからね」

 ご近所さんたちも集まってきて、食べ物や飲み物を腕いっぱいに持たせてくれた。

「アメリア、身体に気をつけて」
「先生」

 先生からは薬やガーゼなどが詰まった救急箱をもらう。ライリーさんとジーンさんが荷物を持ってくれた。

「みんなありがとう。いってきます!」

 笑顔で手を振って歩き出す。家族はずっと私の名前を呼んで、帰りを待っている、と叫んでいた。堪えきれずに両頬をとめどなく涙が伝う。

 同時に三枚のハンカチを差し出された。みんなの優しさに甘え、三枚とも受け取った。
 駅に向かって歩き、次第に涙も落ち着いていく。

「アメリアの家族は、だれかいなくなったのか?」

 クロエさんが言いにくそうに口を開いた。お母さんが私までいなくなったらと泣いたから、心配してくれたのだろう。

「父親だよね」

 私より早くジーンさんが答えて、目を瞬かせる。なんで知っているのだろう?

「僕はアメリアについて調べたって言ったでしょ? そうしたらアメリアの父親は、この国の有名人だった」
「有名人?」

 ライリーさんが首を傾けると、ジーンさんが頷く。

「ガイラ・フローレス」
「アメリアはガイラ・フローレス様のご息女?」

 クロエさんが目を見開いた。

「その名前は、王都に住んでいない俺でも知っている。平民で初めて、騎士団の隊長になった人だ」

 ライリーさんも驚きに、目を見張った。

「そうだ。それに、五年前に平和条約を結ぶため、部隊を率いて魔王の城に向かったのがガイラだ」
「えっ? お父さんが?」

 お父さんが騎士団の隊長なのは知っている。でも、具体的にどんな仕事をしているのかは知らなかった。お父さんは家で仕事の話をほとんどしないから。

「なんでアメリアが驚くんだ?」
「だって、お父さんは任務で王都を離れるとしか言っていませんでした。普段から、どんなことをしているのかも知りません」
「秘匿任務も多いからな」

 騎士のクロエさんが小さく頷く。

「じゃあお父さんは、魔王に殺されちゃったんですか?」
「いや、分からない。魔王の城に着いたという通信以降、連絡が取れなくなった。後から少数の騎士を向かわせても、その者たちも帰ってこない」

 そういえば、お城でそんな話を聞いた。

「望みは薄いが、生きているかもしれない」
「本当ですか!」

 お父さんが生きている? 希望の光が胸に灯ると同時に、もし違ったらという不安も頭をよぎった。それでも、わずかな可能性に賭けたい!

「あまり期待はしないほうがいいが、絶対にないとは言い切れない。僕はアメリアにお礼をしたいと言っただろう。アメリアを守るために同行するというのが一番の目的だが、ガイラの消息を辿るためでもある」
「ジーンさんは騎士なんですか? だからお父さんの任務も知っているんですか?」
「いや、僕は騎士ではない。だが、ガイラのことは知っている。僕はガイラがやられるとも思えない」

 神官でも騎士でもないのに、どうして一緒に旅に出られるんだろう? お父さんとも知り合いみたいだし。
 フードで顔の上半分は隠れていて、見えているジーンさんの口元が少し横に広がった。

「やられると思えないって、お父さんは強いんですか?」
「それはもう、強かった!」

 ジーンさんではなく、興奮した様子でクロエさんが声を上げる。

「ガイラ様が騎士団にいた時は、私はまだ騎士学校の生徒だったから、直接の関わりはない。だが、騎士団の訓練を見学させていただいた時、ガイラ様は一振りで騎士団の精鋭たちを薙ぎ払った」
「ちょっと落ち着こうか。一番しっかりしているであろう君がそんなだと、アメリアも戸惑っちゃうでしょ」

 ジーンさんがクロエさんの肩を叩くと、ハッとしてクロエさんは眉尻を下げた。

「すまない。ついガイラ様の訓練のことを思い出して、熱が入ってしまった」

 クロエさんは恥ずかしそうに頬を染める。

「いえ、お父さんのことを教えていただけて嬉しいです」
「俺もアメリアの父さんのこと、協力するよ」
「もちろん、私もだ」

 ライリーさんとクロエさんにお礼を言う。
 私の知らないお父さんのことが知れた。生きているかもしれない可能性が出てきた。
 魔王の城に行くのはやっぱり怖いけれど、お父さんに会いたい。

「みなさん、よろしくお願いします。私を魔王の城まで連れていってください」
「「「任せろ!」」」

 ジーンさん、クロエさん、ライリーさんの声が重なった。
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