下町聖女は光を灯す

きたじまともみ

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9 楽しい食事

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 列車が動かないため、この街に滞在する人が多く、一部屋しか取れなかった。
 でも大きなベッドが二つだから、四人でも寛げそうだ。

 清潔感のある真っ白な壁紙に、淡いオレンジの照明が、部屋を暖かな雰囲気にしてくれる。
 四人掛けのダイニングテーブルには、美しいレースのテーブルクロスが掛けられていた。
 コンロが一つの小さなキッチンも付いている。ここならお料理もできるから、みんなに食べてもらえる。

「夕飯、すぐに作りますね」

 キッチンの前に立ち、もらった食材を眺めながら献立を考える。

「アメリア、今日は疲れただろう? ホテルのレストランで食べないか?」

 クロエさんが子供をあやすような、優しさに満ちた声を私にかける。
 今日は魔法をたくさん使って、少しの疲労感はあった。けれど、毎日仕事の後に八人分の食事を作っていたのだから、慣れている。

「アメリア、明日の朝食を作ってくれないか? 今日はこの街の名物を食べよう。俺はこの街は初めてだし、アメリアはどうだ?」

 ライリーさんの言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。気遣ってくれているのが伝わってきて、心の中でそっとお礼を言った。

「私も初めてです。美味しいものを食べたいです」

 クロエさんとライリーさんが表情を緩める。クロエさんが郷土料理の説明をしてくれて、想像しては口の中で唾液が溢れそうになった。

「全部美味しそうですね」

 ジーンさんが「シェアしようね」と声をかけてくれる。いろんな種類が食べられると思って頷いた。

 エレベーターで一階に降り、ロビーの奥にあるレストランに入る。
 メニューを見て、全員が別の料理を注文した。
 待っている間に、不思議に思っていたことを訊ねる。

「ライリーさんは小さな頃から剣を習っていたと言っていましたよね? なぜ、剣で戦わなかったんですか?」

 ライリーさんは左の腰に差している、剣に目を落とした。

「魔王の城まで何日も掛かるから、勇者の剣は毎朝素振りをして、慣れようと思っていたんだ。でも、一度も振る前に戦わなければいけなくなった。体術も少しはできるから、そっちのが戦いやすいかなって思って剣は抜かなかった」

 剣によってそんなに使い勝手が変わるんだろうか。私には分からなくて、小さく首を傾けた。

「そうだな……。家で毎日使っている調理器具と、このホテルの部屋にあるものは違うだろ? 作りながら調整するんじゃないか?」
「そうですね」

 ゆっくり頷く。癖がわかっているから、使い慣れた調理器具の方が使いやすい。

「剣で斬りながら合わせるってのは少し怖い。急所を刺してしまったら、とためらえば、俺がやられるかもしれない」

 刺せば出血する。刺しどころによっては、死んでしまうかもしれない。人を殺してしまうかもしれないという恐怖心で、抜けなかったのは理解した。

 楽しく話していると、料理がテーブルに並べられる。食欲をそそる香りにお腹が鳴った。テーブルに乗った色とりどりの料理を前に、自然と笑みがこぼれる。少しずつ取り分けて、全員で手を合わせた。「いただきます」と声を揃えて食べ始める。

 一口含む。香辛料が効いていて少し辛い。でも、その後にほのかな甘みを感じた。未知の味に顔を輝かせる。

「初めて食べましたが、すっごく美味しいです!」
「こっちも美味しいよ。アメリア、あーんして」

 ジーンさんが私の口元に、フォークに刺した料理を向ける。

「私は子供じゃないので、自分で食べられますよ」
「僕は子供にこんなことしないけど。好きな子にだけだよ」

 ジーンさんは唯一見えている唇に微笑みを浮かべ、綺麗に揃った白い歯を覗かせた。
 私にとっては子供にする行動だけれど、ジーンさんにとっては違ったんだ。
 頬が火照り、言葉がうまく出てこない。どうしよう……。心臓は痛いくらい高鳴った。口を何度か開閉して、やっとのことで微かな声を絞り出す。

「えっと、……ダメです」

 ジーンさんは「そうか」と小さく頷いて、自分で食べた。
 心置きなく味わえると思ったのに、ジーンさんのことが気になって、のぼせてしまったみたいに顔が熱い。横目でジーンさんを伺うと、気にした様子もなく、楽しく会話をしながら食事を楽しんでいた。
 振り回されている。私が勝手にアワアワしてしまうのだけれど。

 せっかく美味しいものをみんなで食べているんだ。楽しく食事がしたい。
 口いっぱいに頬張って、口の中を美味しいで満たした。咀嚼して飲み込み、頭を振って熱を追い出す。会話に加わって、その後は笑いの絶えない食事になった。




 お部屋に戻ってお風呂のお湯が溜まるまで、ベッドに座って少し寛ぐ。

「アメリア、一緒に入るか?」

 クロエさんに誘われて、呆けてしまう。
 お風呂に一緒に入る? クロエさんと?
 私が固まっていると、顔を覗き込まれた。

「騎士の寮では、一緒に食事をして入浴を共にし、自己と他者の関係性を強める。私はアメリアと仲良くなりたいと思っているんだが、どうだろうか?」
「はい! 一緒に入ります!」

 私が返事をすると、クロエさんは顔を綻ばせた。
 人と入るのは少し恥ずかしいけれど、私もクロエさんと親しくなりたい。

 立ち上がってクロエさんと浴室に向かおうとすると、ジーンさんが「それなら僕も!」とローブを脱いだ。半日ぶりに見た顔は、満面の笑みだった。
 振り返ってジーンさんに目を向けるクロエさんが、眉間に深く皺を刻む。綺麗な人が睨むと迫力があった。私は首を竦める。

「ライリー、彼を絶対に風呂場に近付けるな!」
「わ、わかった」

 クロエさんの苛立ちを含んだ声に、ライリーさんは怯えた表情で頷いた。
 ライリーさんに腕を掴まれて、ジーンさんはベッドに引き戻される。

「僕だって、アメリアと仲良くなりたい!」
「やめとけって! もっと紳士的な態度でアプローチした方がいいって」
「僕は紳士だよ。アメリア以外には興味ないし、真面目で一途だよ」
「……紳士で真面目かどうかはわからないけれど、アメリアを困らせる行動はやめよ?」

 ライリーさんが必死に説得してくれる。
 仲良くなりたいと言われても、一緒にお風呂は無理。

「じゃあ聞くが、ライリーは女性を口説いたことがあるか?」
「いや、ないけど」

 ライリーさんは顔を赤くして呟く。

「それならどうすれば正しいのか、わかっていないだろう」
「それはそうだけど、いきなり一緒に風呂に入ろうとすることが間違っているのはわかる!」

 ライリーさんとジーンさんが渡り合っている間に、浴室に向かった。
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