下町聖女は光を灯す

きたじまともみ

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8 患者

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 ライリーさんとクロエさんだ。二人とも無事で、私は安堵の息を吐く。
 クロエさんの服装を見て「騎士様だ」と結界内でざわめきが起きた。

「前方の車両は制圧した。おとなしく投降しろ」

 声高らかにクロエさんが宣言する。後方はジーンさんがなんとかしてくれたと思うから、あとはこの車両だけ。
 私は結界を張り続け、怪我人を治すことに集中する。クロエさんとライリーさんを信じて。
 激昂した犯人たちが、クロエさんとライリーさんに向かっていく。

 狭い通路では一対一でしか戦えず、クロエさんが剣を受け止めた。素早い剣捌きで犯人の剣を受け流し、体勢を崩す。鋭い踏み込みから繰り出される一撃は、犯人の肩をかすめた。

 ライリーさんは客席の背もたれを足場に飛び上がり、壁を蹴って犯人たちの背後へ回り込む。
 剣は抜かず、長い足を振り上げて顎に重い一撃を叩き込んだ。よろけた犯人はその場に膝をつく。
 ライリーさんは小さな頃からお父さんに剣を習っていたはずなのに、なんで剣を抜かないんだろう。でも、剣がなくても強い。

 クロエさんとライリーさんの動きに見入ってしまい、我に返って慌てて自分の仕事に集中する。
 後方の扉が開いた。ジーンさんだ。彼の後ろには、水の球体が浮かんでいる。その中に閉じ込められている犯人たちが苦しそうにもがいていた。

「ジーンさん、やめてください。死んでしまいます」

 顔だけが出るように水が減った。

「アメリアを危険に晒したんだ。このまま殺してやりたいよ」

 ジーンさんは地の底を這うような低い声で吐き捨てた。今まで明るい声ばかりを聞いていたから、差異に戸惑ってしまう。

「私はジーンさんに、人を殺してほしくありません」

 ジーンさんの引き結ばれた口元から力が抜けた。

「……そうだね。人を救う君の前で、そんなことはできないね」

 ジーンさんの声が穏やかになった。フードに隠れている目も、優しくなっているといいな。
 すぐ傍で大きな足音が響いた。踏み込んでジーンさんに剣が振り下ろされる。私はとっさに目をつぶって首を竦めた。

 呻き声が聞こえ、瞼を持ち上げる。ジーンさんの目の前で犯人はうずくまっていた。肩を押さえて喘ぐ。
 ジーンさんが水を操って、球体にその人を入れようとするから慌てて止めた。

「待ってください。傷口を塞がないと」

 結界から出ると、「治って暴れられると困るから」と下半身だけ水に覆われる犯人に手をかざす。白い光をまとい、体に吸い込まれると傷は塞がった。そのまま仲間が捕まっている、水の球体に入れられる。

「出せ」

 声を荒げる犯人たちの中に、ぐったりとしている人を見つけた。顔色が悪く、口も紫に変色している。

「ジーンさん、この人を下ろしてください」

 後ろに回り込んで手を伸ばすと、ジーンさんは振り返って息を飲む。すぐにベンチシートに下ろした。
 私は膝をついて、その人をじっと見つめる。

 全員を倒したクロエさんとライリーさんがこちらに近付いてきた。ロープで拘束されて、犯人たちは床に転がっている。

「怪我をしている人はいますか?」
「ああ、いる。私は剣で戦ったから」
「ひどい怪我をしている人はいますか?」
「いや、それは大丈夫だ」
「分かりました。あとで全員を治します」

 まずはこの人だ。手が赤く腫れ上がっている。足を見るために靴を脱がそうにも、多分足も腫れ上がっていて脱がせない。

「靴を脱がせればいいのか?」
「お願いします」

 ライリーさんが力任せに靴を引っ張り、脱がせてくれた。足もパンパンに腫れていた。服をまくると、小さな発疹がいくつもあった。
 手首に触れる。脈が安定していない。

「この人は、持病がありますか?」

 ジーンさんに捕まっている犯人たちに声を掛ける。ざわめきのあと「いつも薬を飲んでいた」と答えてくれた人がいた。服を探ると錠剤を見つける。ピルケースに入っていて、なんの薬かわからない。

「そいつを治せ!」

 そう叫ばれるけれど、光魔法で病気は治せない。

「私には無理です。お医者様に診てもらわないと。少しでも楽になるように、体力と防御力を上昇させます」
「そんな悪いやつ、治さなくてもいいだろ」

 結界の中から冷たい声が聞こえた。それに賛同する声が多く上がる。
 構わずに集中して、体力と防御力強化の魔法をかける。
 横たわっている人の瞼が震えた。ゆっくりと持ち上がる。

「私の声が聞こえますか? 聞こえたら握ってください」

 手のひらに指を乗せる。弱い力で握り返してくれた。意識が戻ってホッと息を吐く。
 しかし、乗客から非難の声は増すばかり。
 私は大きく息を吸い込んで、叫ぶ。

「この人は悪い人ではありません。いい人でもありません。患者です! 私が患者を選ぶことはありません!」

 辺りが静まり返る。
 下町の診療所では、全員を平等に診察していた。そんな先生の助手をしていたのだから、私が患者を選んでいいはずがない。

「アメリアは汚かった僕も、嫌な顔をせずに治してくれたよね。すぐに治しますね、って優しく声をかけてくれてさ」

 ジーンさんが初めて会った時のことを、愛おしそうに口元を緩めて話す。

「私は、怪我をした人を治してきます。次の駅で止まって、お医者様に見せてください」

 縛られている人に駆ける。剣で負った切り傷と、蹴られてできた打撲を手をかざして治した。

 列車のスピードが落ちる。駅に入り、ゆっくりと列車が停止した。ホームには乗客は一人もおらず、横一列に騎士がずらりと並んでいた。
 なんでこんなに早く騎士が待ち構えているの?

「運転手を助けた時に、クロエが近くの駅に騎士団を呼ぶようにお願いしていたよ」

 ライリーさんが目を瞬かせる私に教えてくれた。
 列車の扉が開き、結界を解く。乗客は一目散に走った。自分の席に荷物を取りに行ったり、すぐに列車から出て保護をされる。

 ライリーさんが前方の車両で拘束されている犯人のところに案内してくれた。その人たちの傷も治し、突入してきた騎士たちが犯人たちを連れて行く。

「アメリアはすごいな」
「そうですか? 私は戦えません。すごいのはライリーさんたちです」

 ライリーさん、クロエさん、ジーンさんが犯人たちを捕まえたんだ。

「俺は傷つけるだけだ。人を治せるアメリアはすごいし、誰でも平等に治すアメリアはかっこよかったよ」

 騎士に促されて、私とライリーさんも列車を降りた。
 遠くの方でクロエさんとジーンさんが騎士と話していて、私たちが近付くと振り返った。

「今日はもう列車が動かない。この街で宿を取ろう」

 クロエさんが出口に向かって歩き出す。

「あの、荷物を取りに行ってもいいですか?」

 下町のみんなにもらった物を置きっぱなしにしている。

「私が取りに行ってくる。アメリアは疲れただろう。少し休んでいてくれ」

 クロエさんが列車に戻る。

「アメリア、頬はもう大丈夫なの?」

 ジーンさんの目の前で平手打ちをされたから、心配そうに顔を覗き込まれた。

「はい、その時は痛かったですが、今は腫れてもいません」
「そう、他には何もされていない?」

 担がれてお尻を叩かれたけれど、そのことは黙っておこう。痛くはないし、ジーンさんは怒りそうだし。

「何もありませんよ」
「はい、嘘! 何をされたの?」

 すぐにバレてしまった。なんで? 顔に出てた?
 口に手を添えて俯くと、ライリーさんが耳打ちする。

「アメリア、ジーンはカマをかけたんだよ。知られたくないなら、シラを切らなきゃ」
「え? そうなんですか?」

 ジーンさんを見上げれば、口元がピクピクと引き攣っていた。

「どうして噓をついたのかな?」
「いえ、あの、……心配をかけたくなくて。痛くもありませんし」
「心配させてよ。仲間でしょ」
「そうだな」

 ライリーさんにも頷かれ、黙っていたことを謝り、正直に話した。
 ジーンさんが顔を両手で覆って膝をついた。

「僕だって触ったこともないのに!」
「いえ、触られたのではなく、叩かれたのですが」
「ジーンは触っちゃダメだろ」

 私は胸の前で両手を振り、ライリーさんは呆れたように息を吐く。
 クロエさんが荷物を抱えて戻ってきた。嘆いているジーンさんを一瞥する。ライリーさんがクロエさんから荷物を受け取って持ってくれた。

「彼はどうしたんだ?」

 ライリーさんが耳打ちすると、クロエさんはジーンさんに冷ややかな視線を向ける。そしてすぐに目尻を下げて、優しく私の肩をポンと叩いた。

「身体は平気か?」
「はい、大丈夫です」
「大丈夫だと思われたいなら、小さなことでも言うことだ」

 ライリーさんがジーンさんを立ち上がらせ、私はクロエさんに手を引かれて駅を出る。
 空は薄暗く、白い月が淡く光っていた。

 大きなアーチに【ケデミェ】と街の名前が書かれている。街灯が多く、空とは対照的に昼のように明るかった。駅前の大きな通りは飲食店が並び、中からは笑い声が絶えない。

 駅のそばにある高い建物がホテルだ。
 扉の前に立つと自動で開く。白と黒でまとめられた、シックなエントランスに、大きなタイルが張り巡らされた床が煌めいていた。
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