下町聖女は光を灯す

きたじまともみ

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20 オークション後

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「んっ……」

 目を擦ると、身体の両サイドからギシリと音が鳴った。
 だるいながらも瞼を持ち上げると、ローとチーの顔が目と鼻の先にあった。驚きすぎて目を丸くする。

『アメリア起きた』

 顔を上げてローが叫ぶ。二人の身体が浮き、顔が離れていった。

『休ませてあげなさい』

 ローとチーは両親に抱っこされる。両親は私に向かって、小さく会釈した。
 助けられたんだ。自然と頬が緩む。

「気分はどうだ?」

 身体を起こそうとすると、ライリーさんが私の背中を支え、補助をしてくれた。

「大丈夫です」

 辺りに視線を走らせる。泊まっていたホテルとは別の場所だ。
 白い壁と天井の質素な部屋には、ベッドが二つと椅子しかない。
 私の左腕には点滴が刺さっている。

「ここはどこですか?」
「ホテルが事件現場として封鎖されたから、別の宿屋に移ったんだ。目が覚めて、本当によかった」

 ライリーさんは目を潤ませながら微笑む。
 あれ? ライリーさんはピアスなんてしてたっけ? 青い石のピアスが片方の耳に付いていた。

「ジーンさんとクロエさんは?」

 この部屋にはライリーさんと、ローたち家族しかいない。

「二人ともケデミェの騎士団と後処理に追われている。今回オークションにかけられた女性は、全員保護されたし、主催側と客も全員捕まった。女性たちは落ち着いたら自分の家に帰られるみたいだ。今は医者がカウンセリングをしている。それと、今までに買われた女性を探すために、取り調べも行なっているそうだ」

 ホッと胸を撫で下ろす。女性たちは全員無事なんだ。以前買われた女性たちも、みんな見つかって、お家に帰られるといいのだけれど。

「あっ! ジーンに目を覚ましたらすぐに呼んでくれって言われてたんだ。ちょっと出てくる」

 ライリーさんは思い出したかのように、部屋を飛び出していった。大きな足音が離れていく。

『母のスーです。助けてくださり、ありがとうございました』
『父のウーです。ローとチーも保護してくださり、感謝しています』

 スーさんとウーさんが頭を下げた。
 扉がノックされ、ウーさんが開けに行く。

 白衣を着た初老の男性が、こちらに近付いてきた。薬品の匂いが染み付いており、まだ旅に出て三日しか経っていないのに、下町の診療所が懐かしくなった。

 お医者様をライリーさんが呼んでくれたのかな?
 診察をされて、問題がなかったようだ。点滴も外してもらい、お医者様は部屋を出て行った。
 扉が閉まると、ローとチーが私に腕を伸ばす。私も手を差し出した。小さな手が私の指をギュッと握る。

『アメリア、ありがとう』
『アメリアのとこにいきたい』
『いいよ、おいで』

 両親が私の体調に気を遣ってか、戸惑う表情を見せる。大丈夫だというように、笑顔を向けて頷いた。
 ローとチーが私を真ん中にして、ベッドの上に座る。ピッタリと身体を寄せてきて、二人の身体に腕を回した。

『ジーン、ずっと泣いてた』
『アメリアが起きるまでそばにいるって言ってたのに、クロエと同じ服の人に連れていかれちゃった』

 ローとチーがしょんぼりとしながら教えてくれた。
 ジーンさんは本当に何者なんだろう。

 騎士団に指示を出すし、女性たちを高額で落札した。女性と引き換えにお金を払うということもしていなかった。身元がはっきりしていて、支払い能力があるとみなされていたから、そんな特別扱いだったのだと思う。

 それに、ジーンさんが指示を出すと、騎士が剣を掲げた。あれは勝利宣言や忠誠の証だ。クロエさんも女性を守るように言われて、同じ所作をした。勝利宣言ではなく、忠誠の証としての意味合いのはずだ。

 私とローとチーがオークションにかけられそうになった時、オーナーが「箔がつく」と言った。身分の高い人であるのは間違いない。ジーンさんがオーナーの言葉を遮った時に、オーナーが言おうとしていたことは、なんだったのだろう。

 頭の中で思考を巡らせていると、窓ガラスが叩かれた。
 スーさんがカーテンを引くと、血相を変えたジーンさんが浮いていた。鍵を開けると、窓を乱雑に開いて飛び込んでくる。窓側にいたチーが、反対側のローの隣に四つん這いで移動した。

「アメリア、よかった……」

 ジーンさんはベッドの傍に膝をつき、私の手を両手で握って額をくっつけた。身体は震え、声が詰まっているようだ。手に温かな雫がとめどなく降り注ぐ。

「ジーンさんは大丈夫ですか?」

 声をかけると、ジーンさんが顔を上げた。視線が交わる。涙で目が真っ赤になり、眉尻は下がっていた。目の下には隈があり、顔色があまり良くない。
 ジーンさんは鼻を啜って、また俯いた。

「僕はなんともない。アメリアは力の使い過ぎで倒れたんだ。守るのに集中してって言った僕が悪い。君の負担が大きすぎた」
「いいえ、ジーンさんに守ってって言われた時、私は嬉しかったです。戦う力のない私にも、できることがあるって。信頼して任せてくれたんだって思って」
「君の魔法は、人を助ける尊い力だよ」

 しばらくジーンさんの嗚咽だけが、部屋の中で聞こえる。手で顔を拭うと、真っ赤に腫らした目を見せてくれた。
 なんで隈があるんだろう? 朝見た時は、綺麗な肌だったのに。

「あの、今って夕方ですよね?」

 カーテンを開けたことで、西陽が部屋をオレンジに染める。

「オークションのあった二日後の夕方だ」
「二日後?!」

 私はそんなに長い時間寝ていたってこと?

「ジーンさんは寝ていますか? ごはんもきちんと食べていますか?」

 両手でジーンさんの頬を包んだ。やつれたような気もする。

「寝れないし、食べられないよ。アメリアがいないと、僕は全然ダメなんだ」

 ジーンさんが私の手首を掴んで、顔を擦りつける。
 部屋の外から駆けてくる足音がけたたましく響き、止まると同時に扉がガンガンガンガンガンと、急かすように叩かれた。

『クロエとライリーの匂いだ!』

 ローとチーがベッドを飛び降りて、扉を開けにいった。
 扉が開くとクロエさんが転がるように入ってきて、私を見ると表情を柔らかくする。

「アメリア、身体はどうだ?」
「大丈夫ですよ」
「そうか」

 クロエさんが私の横でしゃがみ、ホッと息を吐く。ライリーさんがクロエさんの後ろに立った。
 クロエさんにも青い石のついたピアスが付いている。私の寝ている間に、クロエさんとライリーさんに何があったの? 片耳ずつお揃いのピアスを付けているなんて、気になってしょうがない。

「あの、お二人はお付き合いを始めたのですか?」
「お付き合い?」

 クロエさんが目と眉の間を狭めて首を傾けた。

「だって、クロエさんとライリーがお揃いのピアスをしているから、お付き合いを始めたのかと思って」

 ライリーさんは顔を真っ赤にして首を振った。

「ち、違うよ」
「ああ、これは翻訳機だ」

 クロエさんは冷静に頷く。二人の反応は全然違った。

「これがあれば、古代語が話せて聞き取れる。この旅は魔王討伐が目的だった。だから必要がないと思っていたが、ローたちと出会って、魔族は悪ではないと知った。僕が毎回通訳をするのも大変だから、王都から取り寄せたんだ」

 ジーンさんが詳しく説明してくれた。
 早とちりしてしまって恥ずかしい。背を丸めて身体を小さくする。

「ローとチーともたくさん話したな!」

 クロエさんは王国語を話しているが、ローとチーは聞き取れているようで大きく頷いた。

「五年前は平和条約を結ぶためだったから、それで全員が翻訳機をつけていたらしい。だから残っているものが少なく、僕とアメリアのものはない」

 私もジーンさんも古代語がわかるから、なくても問題ない。

「ジーンさんも学校で古代語を習ったんですか?」
「僕は学校には通っていない。家庭教師に習った」

 ジーンさんはやっぱり、身分の高い方なんだろうな。平民では、家庭教師なんて雇えるお金はない。

「発音もその方に?」
「うーん、これは僕が下手なだけだと思う。同じ家庭教師に習っていた兄は、アメリアのように発音がいいからね」

 ジーンさんが自分のことを話してくれることが嬉しかった。何者かは教えてくれないけれど、少しだけでもジーンさんを知れた。
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