下町聖女は光を灯す

きたじまともみ

文字の大きさ
32 / 56

32 おもてなし

しおりを挟む
 部屋で寛いでいると、扉がノックされる。
 ガマさんが入ってくると、食事がテーブルに並べられた。

『アメリアさん、クロエさん、お楽しみいただけていますか?』
『はい! 経験したことのないことばかりです』

 顔を輝かせて笑うと、ガマさんの笑みが深くなる。

『それはよかったです。何かございましたら、遠慮なくおっしゃってくださいね』
「彼らはどうしていますか?」

 クロエさんがジーンさんとライリーさんのことを訊ねる。

『男性たちもお楽しみ頂いておりますよ。お二人より先に、食事を始めております』

 女性には女性の、男性には男性のおもてなしと言っていたから、お二人も羽を伸ばしているのかな。
 食事の準備が整い、ガマさんがお酒を注いでくれようとした。私はまだ飲める年齢ではないから断る。クロエさんは少しだけ、とグラスに半分注いでもらっていた。

 ガマさんは様子を見にきてくれただけのようで、すぐに退席した。
 料理はどれも美味しくて、作り方を教わってメモを取る。お屋敷を出発する時に、食材と調味料をわけてくれると言ってくれた。

 人間の国でも、魔族の国にしかないものが簡単に手に入れられるといいのに。そうしたら、美味しくて珍しい料理を、家族に振る舞うことができる。
 逆も言えることで、人間の国にしかない美味しいものを、魔族にも食べてもらえて、気に入ってもらえるかもしれない。
 魔王と平和条約を結べたらな、と思わずにはいられない。




 お腹いっぱい食べ終わり、甘いアイスクリームまでいただいて幸せだ。

『お嬢様、何か他に必要なものはございますか?』
『いえ、じゅうぶんです』
『では、足の裏のマッサージはいかがでしょう』

 足の裏ってツボを押して、悪いところが痛くなるやつだよね。
 興味はあるけど痛いのは嫌だな、と尻込みしてしまう。

『痛い時は力を緩めますよ』

 それならば、とお願いすることにした。
 足の裏を撫でられて、ぐっと押される。
 意外と大丈夫かも。

 安心していたら、上の階で大きな音が響いた。
 天井に目を向ける。大勢が走り回っているような地響きがあった。

「なにかあったのだろうか?」

 クロエさんも急にうるさくなった二階が気になっているようだ。

『ああ、お連れさまが楽しんでいらっしゃるのでしょう』

 足を刺激しながらメイドさんが笑う。

『ご迷惑なんじゃ……』

 言葉の途中で激痛が走り、足を引っ込めて声にならない悲鳴を上げた。

『すみません、もう少し力を弱くいたしますね』
『お願いします』

 涙目で足を差し出す。
 二階の音は激しくなり、廊下の方も慌ただしくなったような気がする。

「何かトラブルがあるのではありませんか?」

 クロエさんが聞くと、メイドさんが頬に手を当てて首を傾けた。

『そうですわね。……ちょっと見に行ってくださる?』

 扉の前に控えていた、別のメイドさんに指示を出した。メイドさんが部屋を出ると指圧が再開される。

「クロエさんは平気なんですか?」

 全然痛がっていない。

「優しいからそこまで痛くないな」
『それなら少し強くいたしましょうか』

 メイドさんが目を光らせると、クロエさんが暴れ始めた。

「いたい、いたい、やめろ!」

 メイドさんの手が離され、クロエさんは喘ぎながら足の裏をさすっている。

『痛いと気持ちいいの間を目指しますね』

 片方が終わると、すごくスッキリした。反対の足を掴まれる頃には、痛みも少しクセになってきた。

「いたい、でも気持ちいい」
「あー、気持ち良すぎる。あっ、そこは痛い」

 指圧の虜になっていると、扉が勢いよく開かれた。大きな音に驚いて、全員がそちらに目を向ける。
 険しい表情のジーンさんとライリーさんだ。私とクロエさんと目が合うと、二人は瞠目した。

「何をしているのかな?」

 ジーンさんがこちらに足を進める。
 私もクロエさんも身体がずりさがった状態で腰掛けていた。痛い時に暴れたせいだ。
 きちんと座り直す。

「また肌を出して! 今度はアメリアまで」

 ライリーさんは手足を出している私たちに苦言した。
 メイドさんが足にブランケットをかけてくれる。

「ここには女性しかいないのだからいいだろ」
「それに、着心地も良くて可愛いんですよ」

 クロエさんと私が反論すれば、メイドさんが自信満々に頷いた。

『若い女性の間で人気のルームウェアでございます』
「うん、可愛いね。でも、すぐにここを出るよ」

 ジーンさんは笑顔で褒めてくれたのに、急に表情を固くする。

「どうしてですか? 雨が降っていますよ」

 降り始めよりも雨足は強くなった。窓ガラスをたくさんの雫がつたう。

「ガマから逃げる」

 ライリーさんも表情が強張っている。
 ガマさんから逃げる? 丁寧で優しい印象しかないけれど。

「何があったんですか? 急に上の階で暴れましたよね?」

 私の問いかけに、ジーンさんが口を開く。

「接待をされていたのだが、アメリアとクロエはどこにいるのか聞いても教えられず、ガマが二人を十二番目と十三番目の妻にするというようなことを聞かされた。二人が危ないんじゃないかと思って強行突破した。そしたら痛いだとか気持ちいいだとか聞こえて、扉を開けたら寛いでいたから驚いたよ。何もされていなくて安心した」

 ジーンさんはその場にしゃがみ込む。

『私たちはお嬢様方に、嫌な思いなど、させは致しません』

 メイドさんが真剣な表情で詰め寄ると、ジーンさんとライリーさんはたじろいだ。

『そうですよ。お嬢様方に、ずっとここにいたいと思ってもらえなければ意味がありませんもの』
『ガマさまは無理矢理女性を手篭めにするような方ではありません』

 メイドさんたちに囲まれて、ジーンさんとライリーさんは首を竦めて縮こまる。
 ガマさんがフラフラと部屋に入ってきた。

『お二人とも、お強いのですね』

 私はガマさんに駆け寄った。

『怪我をしているんですか?』
『いえ、たいしたことありません。扉がぶつかってしまって』

 手をかざして治癒魔法をかけた。やっぱり魔族は人間よりも少ない力で治癒できる。

『何か不都合がございましたか? 選りすぐりの美人でおもてなしをさせていただいたのですが』

 ガマさんが大きな身体をかがめて、ジーンさんとライリーさんに訊ねた。
 選りすぐりの美人? ジーンさんたちは美人の魔族と一緒にいたってこと?
 胸の中がモヤモヤと重くなる。

「確かに全員甲乙つけ難い美人だった。だが僕は、アメリア以外に鼻の下が伸びることはない!」

 ジーンさんが声高らかに叫ぶけれど、王国語だからガマさんには伝わっていない。

「カッコつけてるけど、言ってることはカッコ悪いからな! いっぱい飲んだから酔ってるんだろ?」

 ライリーさんが大きく息を吐き出した。
 ジーンさんは顔も赤くないし、足取りも呂律も問題ない。酔ってるようには見えなかった。

「僕を酩酊させるのは、君だけだよアメリア」

 極上の笑みの後にウィンクをされて戸惑ってしまう。
 クロエさんの後ろに隠れた。

「あの、ジーンさんがおかしいです」
「うーん、彼はアメリアに対してはいつもおかしいから、酔っているか判断できないな」

 クロエさんが顎に手を添えて、頭を悩ませている。

「あの、すごくもてなしていただきました。女性たちは悪くありません。でも、クロエとアメリアを妻に迎えると聞いて、二人のことが気になってしまって……」

 ライリーさんは最後の方は、しどろもどろになった。声も聞き取りにくい。
 メイドさんたちにガマさんのことを聞かされたから、どうなのかと迷っているようだ。
 ガマさんは大きく頷く。

『私は美人に目がなくて。アメリアさんとクロエさんを妻にしたいのは本当ですが、お二人ともとても愛されていますからね。そんな相手がいるのなら、わたくしは降ります』

 ガマさんがまんまるの目を糸のように細めた。私はクロエさんと顔を見合わせて目を瞬かせる。

「アメリアはそうだが、私にそんな相手はいませんよ」

 クロエさんの言葉に、ガマさんは意外そうに目を見開く。

『おや、そうでしたか。彼は貴女の名前しか呼んでおりませんでしたよ』
「えっ! ちょっ、……何言ってるんですか!」

 ライリーさんは顔を真っ赤にして、ガマさんに叫んだ。
 クロエさんがライリーさんの方へ足を進める。ライリーさんの目と鼻の先で止まった。

 私はクロエさんとライリーさんのロマンスを期待して、ニヤける口元を両手で覆った。二人の邪魔にならないように、おとなしくしていなければ。

「ライリーは変わっているな」

 ライリーさんは壊れかけのブリキ人形みたいに、ぎこちない動きでクロエさんに顔を合わせる。

「変わってるって?」
「私は騎士学校では、女のクセにと厄介者扱いされ、騎士になれば兄のコネだとなじられた。……兄のコネは事実だが」

 クロエさんは自重気味に漏らした。
 第二王子様の護衛騎士であるお兄さんに推薦されたって言ってたもんね。そう思う人もいるのか……。

「きっかけはそうでも、王妃の護衛騎士になってからは、君の実力だろう」

 ジーンさんの澄んだ声が響く。
 自信に満ち溢れているような表情だ。酔ってはいないのかな?

「クロエは強いけど、すごく努力したんだろ?」
「私より強いライリーに言われてもな」

 ライリーさんはクロエさんの手を両手で掬う。

「俺はこんなに一生懸命剣を振った人の手を、見たことがないよ」

 クロエさんがライリーさんの手首を掴んだ。

「自分の手を見てみろ」

 見つめ合って笑う二人が素敵すぎて、見ているだけで幸せになれる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます

さら
恋愛
家族から「邪魔者」扱いされ、行き場を失った伯爵令嬢レイナ。 望まぬ結婚から逃げ出したはずの彼女が出会ったのは――冷徹無比と恐れられる宰相閣下アルベルト。 「契約でいい。君を妻として迎える」 そう告げられ始まった仮初めの結婚生活。 けれど、彼は噂とはまるで違っていた。 政務を完璧にこなし、家事も器用に手伝い、そして――妻をとことん甘やかす完璧なスパダリだったのだ。 「君はもう“邪魔者”ではない。私の誇りだ」 契約から始まった関係は、やがて真実の絆へ。 陰謀や噂に立ち向かいながら、互いを支え合う二人は、次第に心から惹かれ合っていく。 これは、冷徹宰相×追放令嬢の“契約婚”からはじまる、甘々すぎる愛の物語。 指輪に誓う未来は――永遠の「夫婦」。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

処理中です...