下町聖女は光を灯す

きたじまともみ

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31 至れり尽くせり

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 丘を下った先に、建物を見つけた。白い柵で囲われた、青い壁の大きなお屋敷だ。

「なんで一軒だけ、あそこに建っているのでしょうか?」
「別荘かな?」

 ライリーさんが首を傾ける。
 別荘ということは、セレブな魔族が住んでいるってことだよね。

「今日はあそこに泊まらせてもらえないかな」
「それだと助かりますね。この近くに街があるのかわかりませんし。夕暮れまでに見つからなければ、野宿になります」

 太陽は少し西に傾いていた。後二時間もすれば、夕日が辺りを赤く染めるだろう。
 立ち上がって丘を下った。

 近くで見るとお屋敷はすごく大きくて、圧倒される。
 門の奥にはクラシカルなメイド服を着た、緑色の肌でヘビのように先が二股に分かれた長い舌を出している魔族がいた。
 ほうきで落ち葉を集めているようだ。

『すみません、お話を聞いていただけませんか?』

 私が声を掛けると、こちらを見て大袈裟なほど肩を跳ねさせ、大きな叫び声を上げながらお屋敷の方に走って行ってしまった。

『ガマ様ー! 人間です』

 窓からこちらを伺う目がいくつもあった。

「怖がらせてしまったのでしょうか?」
「どうかな? ガマ様とやらが、人間嫌いではないことを祈ろう」

 しばらくして、二メートルほどはある、大きなカエルのような見た目をした魔族が軽やかな足取りで出てきた。まん丸の目が忙しなく動いている。私たちの顔をじっくり見ると、目を細めて大きな口を横に開けた。

『人間にお会いするのは初めてです。何かありましたか?』

 丁寧な口調にホッとする。優しそうな魔族だ。メイドさんも初めて人間を見たから、驚いただけなのかな?

「旅をしているのですが、日暮れまでに着ける街はありますか?」

クロエさんが訊ねると、ガマさんは首を振った。

『それは無理でしょう。半日以上はかかります。ここで休まれてはいかがですか? 夜には雨が降りますし』

 雨? 首を反らして見上げると、青空が広がっている。雨が降るようには見えない。
 ジーンさんが「泊めてもらおう」と言うから、ライリーさんが「よろしくお願いします」と頭を下げた。

『わたくし、ガマと申します』

 ガマさんが丁寧なお辞儀をした。私たちも名乗る。
 ガマさんに続いてお屋敷に入った。
 まず目に入ったのは、大きなシャンデリア。暖色の灯りが暖かく照らしている。青い幾何学模様の絨毯は、水辺にいるような気分になった。

『みなさん、お客様をおもてなししてください』

 ガマさんが声を上げると、大勢のメイドさんと執事さんが集まってきた。

『お嬢様方はこちらにどうぞ』

 メイドさんたちに押されて、長い廊下を進む。

「彼らとは部屋は遠くなるのでしょうか?」

 クロエさんが訊ねると、メイドさんは頷いた。

『女性には女性の、男性には男性のおもてなし方がありますから』

 一度角を曲がり、突き当たりの部屋に通される。
 広大な部屋に足を踏み入れた私は、思わず息を呑んだ。天蓋付きのベッド、大理石のテーブル、高級そうなソファ。その豪華さに圧倒され、入り口で立ち尽くす。
 メイドさんに『どうぞ』と促されて、おずおずと足を進めた。

『お嬢様、お召し物を洗いますので、こちらにお着替えいただけますか?』

 メイドさんが差し出したのは、フワフワと柔らかな手触りの、ノースリーブとショートパンツのつなぎだった。パステルピンクが可愛らしい。手に取ると、その心地よさに顔がほころぶ。

「私もこれを着るのか?」

 クロエさんがたじろいだ。

「絶対に可愛いですよ!」
「私に可愛いは合わないだろう」

 クロエさんは苦笑するけれど、本当に似合うと思ったから言ったんだけどな。
 着替えをすると、今度は移動式のベッドが二つ運ばれてきた。

『今、お風呂の準備を致しております。それまでマッサージなどいかがですか? お疲れでしょう』

 マッサージ用のベッドだったらしく、返事をする前に私たちは寝転がるように促された。
 両手と両足に温かいオイルが塗られる。擦りながら指圧されて、痛いけれど気持ちがいい。

『足がお疲れですね』

 ふくらはぎを揉まれながら言われるけれど、いっぱい歩いたからだろうな。

『お嬢様は、少し手を休めた方がいいかと思います』

 クロエさんの手を撫でながら、メイドさんが嗜めるような声を出した。

「私は騎士だから、それはできませんね。守るためなら、いつでも剣を抜かなくてはいけないので」
『大変なお仕事をされているのですね。せめてここにいる間は、ご自愛なさってください』
「ありがとうございます」

 クロエさんから穏やかな声が聞こえた。




 メイドさんたちのマッサージで、手足がすごく楽になる。

「とっても贅沢な時間でしたね」
「ああ、すごく気持ちがよかった」

 今はソファに座って冷たいハーブティーを頂いている。ソファは柔らかくて、浮かんでいるかのように錯覚するほどだった。

「お姫様になった気分です」

 そう漏らせば、クロエさんが同意して微笑む。

『おかわりはいかがですか?』

 グラスが空になると、すかさず声をかけられた。もう一杯注いでもらう。

『すみません、お聞きしたいのですが、この果実はどうやって食べるのが美味しいですか?』

 酸っぱすぎて食べられなかった果実を取り出して見せる。

『食べられるのですか?』
『はい、朝にかじりました』

 メイドさんたちが狼狽えたようザワザワしだす。あれ? もしかして食べたらダメなものだったの? こんなに美味しそうな匂いなのに。
 今のところ、身体に不調はない。すぐに吐き出したからかな?

『身体に悪いものなんですか?』

 心配で訊ねれば、メイドさんたちはいっせいに首を振る。

『いえ、それは問題ありませんが、私たちは酸っぱくて食べることができません。人間との味覚の違いに驚いて、夕飯はもっと酸味を強くしなければと相談していただけです』

 悪いものじゃないと知ってホッとする。

『私も酸っぱかったです。だから吐き出してしまいました。でも、こんなにいい匂いなんだから、美味しく食べられるかもと思いまして』
『そうですね、匂いはとてもいいです。だから私たちはお風呂に入れていますよ。この匂いにはリラックス効果があるとされています。今からお風呂に入れて試してみますか?』

 食べられないとわかり、全てをメイドさんに渡した。

『お嬢様、よくわからないものを口にするのは危険です。安全だと調べてからになさってください』

 もっともな意見に首を竦めて頷いた。




 お風呂の準備ができたと言われ、部屋の奥にある大きな扉が開かれた。
 大理石の大きなお風呂に果実が浮いている。お風呂に入れることで、熟れたようにもっと甘い香りに変化して、充満していた。
 でも、それよりも気になるのは、お風呂がガラス張りなところ。

「これは外から見えるのではないですか?」

 お屋敷は柵に囲われているけれど、お庭からは丸見えだ。
 小さな池と、腕を広げたように伸びた枝を覆う、赤い葉はすごく綺麗だけれど。

『大丈夫でございますよ。この庭に入るには鍵がいります。それはメイド長である私が持っていますから。掃除の時はメイドに鍵を渡しますが、終わればすぐに返してもらいます』

 メイド長はカメレオンのような見た目だ。大きな口の口角を上げる。

『景色を見ながらのお風呂は気持ちいいですよ』

 メイドさんたちに服を脱がされた。自分で脱げるのにやってもらうのは恥ずかしい。

『滑るので、お気をつけください』

 注意されて足を慎重に進める。
 乳白色のぬめりがあるお湯だ。ゆっくり肩まで浸かる。少しぬるめのお湯が心地良い。
 綺麗な景色を見ながらのお風呂は気持ち良すぎた。クロエさんも頬を緩めて庭を眺めている。

『こちらは美人の湯と言われておりまして、お肌にとてもよろしいんですよ』

 メイド長が笑う。お屋敷に仕えているメイドさんは全員、毎日このお湯に浸かっているらしい。だからみんなツヤツヤな肌をしていると教えてくれた。

『歳をとると肌が硬くなってきますの。六十五歳の私が柔らかい肌を保っているのは、このお湯のおかげです』

 メイド長の年齢に目を見張る。全く硬い場所なんてない。
 魔族は長生きなのかと聞いたけれど、寿命は人間と変わらないと教えてくれたから、このお風呂の効果は格別だ。

 朝は八人分の食事を作り、夜はお風呂の後に素っ裸で駆け回る弟を追いかけ回して服を着せる。私は美容にかける時間もなければお金もない。
 贅沢なお風呂を堪能させてもらおう。

「雨が降ってきたな」

 クロエさんが独り言のように呟き、私は外に視線を向けた。
 細かい雨がポツポツと池に落ちて波紋を作る。
 天気が良かったから本当に降るのかなって思っていたけれど、ガマさんの予報は当たっていた。
 
ここに泊めてもらえなければ、雨の中で野宿だったのか。みなさん親切だし、本当に助けられた。
 身体と頭も洗い綺麗になって、身も心も温まった。
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