下町聖女は光を灯す

きたじまともみ

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 一時間ほど走ると馬車が停止する。
 降りると、薄暗い森の中だった。伸びた枝がトンネルのように頭上を覆う。ところどころ細い光が、地面を照らしていた。

『この森を抜けると、すぐに魔王様のお城です。みなさんとはここでお別れになります』

 ガマさんが一人一人と握手をする。ガマさんにはお世話になりっぱなしだった。お礼を伝えて、馬車を見送る。

「心の準備は?」
「大丈夫だ」
「問題ありません」

 ジーンさんが全員に視線を移す。ライリーさんとクロエさんが頷いた。

「私もバッチリです!」

 胸の前に両手で拳を作って、グッと脇をしめる。気合いじゅうぶん!
 十分ほど歩くと森を抜けた。

 魔王の城というからには、禍々しい建物を想像していたけれど、煌びやかな宮殿のようなお城だった。
 余計な争いを避けるために、城門から離れた場所へ回る。

 ジーンさんが全員を風の魔法で浮かせて、白い柵を越えた。
 白い大理石で作られたお城は、荘厳で華やかな外観だった。中庭には、大きな噴水や繊細な彫刻が配置されている。緑豊かで、爽やかな風が吹く神秘的な場所だった。

 中庭を少し進むと「どこから入った。出ていけ」と厳しい口調で叫ばれた。懐かしい声に、私は自然と駆け出していた。

「お父さん!」

 懸命に走って思いっきり飛びついた。お父さんに軽々と受け止められる。
 胸に埋めていた顔をあげた。

「お父さん」

 もう一度呼べば、お父さんの口元が震えた。

「アメ……リ、ア」

 信じられないものを見るように、お父さんの目は見開かれた。
 先ほどかけられた声とは打って変わり、私にしか聞こえないような声量だった。

「そうだよ! アメリアだよ」
「アメリア」

 太い腕に抱きしめられる。私たち家族を守ってくれる、強くて優しい腕だ。何も変わっていない。
 私は子供のように声を上げて泣き続けた。落ち着くまでお父さんはずっと抱きしめてくれた。

 鼻を啜り、深呼吸をすれば、お父さんの身体が離れていく。お父さんは私の肩を掴んで、視線を合わせるように身を屈めた。

「アメリアがなんでこんなところにいるんだ?」

 お父さんは私の後ろに目を止めた。

「お父さん、一緒に旅をしてる勇者のライリーさんと騎士のクロエさんと魔法使いのジーンさんだよ」

 ライリーさんとクロエさんが会釈すると同時に、お父さんが片膝をついて頭を下げた。

「ユージーン殿下」

 ……ユージーン殿下?
 理解ができなくて、ジーンさんに目を向ける。ライリーさんもジーンさんに困惑の表情を向けていた。
 ジーンさんはフードを間深く被る。

「僕はただのイケメン魔法使いだよ」

 辺りは静寂に包まれる。
 沈黙に耐えられなかったのか、ジーンさんは大きなため息を吐いてフードを取った。

「ガイラ、久しぶりだな。跪かなくてもいい」
「殿下もお変わりないようで」

 お父さんが立ち上がる。
 殿下? ジーンさんが?
 謁見の間で王子様が一人いらっしゃらなかったのは、一緒に旅をするからだったの?

 頭の中がぐちゃぐちゃで、その場に立ち尽くす。
 ライリーさんがジーンさんの前で正座をした。ジーンさんを見上げて口を開く。

「俺は処刑されるのでしょうか?」

 ライリーさんは覚悟を決めたような、しっかりとした口調だった。ジーンさんは目を瞬かせて首を傾ける。

「ライリーは処刑されるようなことをしたのか?」
「初日に締め技をかけました」

 ライリーさんの言葉に、お父さんが目を点にして口をあんぐり開けた。

「彼は好青年風なのに、危ない子なのか?」

 お父さんに聞かれるけれど、クロエさんがキッパリと否定した。

「いえ、ガイラ様。彼は見た目通り真面目な好青年です。私とアメリアが一緒にお風呂に入ろうとしたところ、ユージーン殿下も入ってこようとしまして。私が彼に殿下を止めるよう、頼んだことによる行動です」

 クロエさんが必死に弁明すれば、お父さんは両手で顔を覆った。

「殿下、なにをしておられるのですか……」

 クロエさんがユージーン殿下と呼んだ。今まで一度もジーンさんの名前を呼ばなかったのに。本当に王子様なんだ、と飲み込める。
 私もライリーさんの隣で正座をした。

「アメリアも何かしたのか?!」

 お父さんが顔を引き攣らせる。

「バートと間違えて、ベッドに引き摺り込もうとしました」
「待ってくれ! 理解が追いつかない。バート君については聞きたいけれど、アメリアはもう大人だし、口を出さない方がいいのか」

 お父さんがぶつぶつと自問自答をし始めた。

「アメリア、バートは弟だって言ったじゃん」

 ジーンさんが嘆くような声を上げる。

「はい、弟ですよ」
「なんでガイラが息子のことを知らないの」
「バートはお父さんが遠征に出て、半年後くらいに生まれたからです」

 お父さんが顔を輝かせる。

「本当か? じゃあ、妻が書いていた、いいことって……」

 お父さんがポケットに手を突っ込んで固まる。全てのポケットを裏返してみても、何も出てこなかった。
 お父さんは顔を青くして、この世の終わりのような表情を見せた。

「アメリア、お守りを探しているんじゃないのかな?」

 ジーンさんに言われてハッとする。ポケットから取り出して、お父さんのものを差し出した。
 お父さんは安堵の笑みを浮かべる。

「良かった。これだけが俺の拠り所だった」

 お父さんは両手で受け取ると、中から色褪せた紙を取り出した。私たちが書いたメッセージだ。

《いいことがあったの。帰ってきてからのお楽しみね》

 お母さんの文字で、そう書いてあった。きっとバートのことだ。

「そうか、息子がもう一人いるのか」

 お父さんが目に涙を浮かべる。
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