下町聖女は光を灯す

きたじまともみ

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47 大切にされたい

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 なんで通気口から人が落ちてくるのだろう?
 起こったことの理解ができず、身体を打ちつけて庇っている人を無言で見続けた。

「えっ? あっ、ガイラ様? なんでこんなところに?」

 上からクロエさんの焦った声が聞こえて、いっせいに視線を上げる。
 クロエさんが通気口から顔を少し覗かせていた。

 お父さんがシャワー室を調べていたから、一番最初にお父さんが目に入ったようだ。私たちが揃っていることに、クロエさんが気付いた。

「そんなところでどうした? 手を貸そうか?」

 お父さんが通気口に手を伸ばすと、クロエさんが顔を引っ込めた。

「すみません、服を着ていないので、シャワー室から出ていってい頂きたいです。それと、そいつは覗きなので、絶対に逃がさないでください」

 お父さんが従業員の首根っこを掴んで、シャワー室を出ると、扉を閉めた。すぐにトンという軽やかな音が聞こえた。クロエさんが降りてきたんだ。
 水音が聞こえ、私たちは脱衣所からも出て、部屋に戻る。

「クロエは覗きに気付いて、こいつを追いかけるために、自分から出ていったってことでいいのだろうか? 無茶をする……」

 ジーンさんが頭を捻って、私たちに目を向ける。
 クロエさんを短時間で連れ去るよりは、クロエさんが自分から出ていったというほうが納得ができた。

 クロエさんは通気口から覗かれているのに気付いて、自分で捕まえようとしたんだろう。
 クロエさんが無事で本当に良かった。安心したら腰が抜けそうになり、壁を支えに寄りかかった。

「それは、こいつに聞けばいいことです。どうなんだ?」

 お父さんは語尾を荒げ、従業員の胸ぐらを掴んだ。

「まさか、女の子がタオル一枚で追いかけてくるとは思わなくて」

 クロエさんは体にタオルを巻くと、通気口の下でジャンプして、指の力だけで通気口を登ったらしい。クロエさんのような綺麗な人が、そんな芸当できると思わず、恐怖を覚えて逃げ出そうとしたようだが捕まった。クロエさんに殴られたのか、頬が腫れている。
 お父さんは大きなため息を吐いて、手を離した。

「常習犯かもしれませんね。通気口を通っているのに、ほとんど汚れていません」

 今度はジーンさんが従業員の襟元を掴んで、顔を引き寄せる。

「見たのはお前を追いかけた女性だけか? こっちの子は?」

 従業員と私の視線が交わった。「見ました」と従業員が口にして、顔が熱くなって俯く。

「余罪も徹底的に調べてやるからな」

 お父さんが従業員を引き摺るようにして、部屋を出ていった。

「あいつは絶対に許さない!」

 ジーンさんが奥歯をギリギリと鳴らして、怒りを露わにする。
 脱衣所の扉が開いた。クロエさんが髪を拭きながら戻ってくる。

「クロエさん、急にいなくなるなんてびっくりするじゃないですか!」
「すまなかった。物音がして上を見れば、あいつと目が合って。すぐに追いかけなければと思い、説明している暇がなかった」

 無事だったからよかったものの、クロエさんがいなくなって肝が冷えた。もう二度とあんな思いはしたくない。

「いい加減にしろよ」

 ずっと黙っていたライリーさんが、低い声で漏らした。目つきも険しくて、いつものライリーさんと雰囲気が違う。クロエさんの前に立って大声を上げた。

「クロエはもっと自分のことを大切にしろ! クロエだって女の子なんだ。タオル一枚で追いかけて、何かあったらどうするんだ!」
「私は騎士だ。同じようなことがあれば、私はまた同じ行動を取る」

 ライリーさんは激しい剣幕を見せる。
 私はオロオロとするだけで、口を挟むことができない。
 クロエさんがライリーさんの袖を摘んだ。

「だから私のことは、ライリーが大切にしろ。……私はライリーに大切にされたい」

 クロエさんは上目遣いでライリーさんに視線を送る。ライリーさんは目をまん丸にして固まった。
 数秒見つめ合って、クロエさんは下唇を噛み、視線を外す。袖を掴んでいた手も下ろした。

「困らせて悪かっ……」

 ライリーさんはクロエさんが言い終わる前に、腕の中へクロエさんを閉じ込める。思いっきり抱きしめたようで、クロエさんが「うっ」と呻いた。
 ライリーさんは「ごめん」と呟いて、力を緩めたようだ。

「俺、困ってないよ。クロエにそう言ってもらって、めちゃくちゃ嬉しい」
「でもライリーは、故郷に帰るんだろう?」
「帰るけど、絶対にクロエのところに戻ってくるから」

 クロエさんの手がライリーさんの背中に回る。
 クロエさんの啜り泣く声が聞こえた。
 肩をトントンとジーンさんに叩かれる。

「僕たちは出ようか」

 頷いて廊下に出ると、そっと部屋の扉を閉じる。
 ライリーさんとクロエさんが上手くいってよかった。
 私は嬉しくて滲む涙を拭う。

「そういえば、ジーンさんは私とクロエさんになにか用事があったんですか?」

 クロエさんがいなくなったと知る前に、ジーンさんが私たちの部屋を訪ねた。
 そのことを聞けば、ジーンさんは首を横に振る。

「アメリアは旅が終わるとなってから、ずっと元気がなかったように見えたから気になって」

 それはジーンさんと離れなきゃいけないから。
 気にかけてくれて、どうしようもないほど嬉しい。でも私は今まで通り、下町で生きていく。王子妃になんてなれない。

「お気遣いいただき、ありがとうございます。でも大丈夫です!」

 頑張って笑顔を向けた。

「そう……。アメリアはどうする? 部屋に戻れないでしょ? 僕とライリーが使ってる部屋にくる?」

 真剣な表情を向けられる。指を繋がれた。心臓が早鐘を打つ。
 このままジーンさんについて行くことなんてできず、首を振った。

「お父さんと寝ます」
「そう、じゃあ部屋まで送るよ」

 ジーンさんがお父さんの部屋まで着いてきてくれた。私が部屋をノックすると、お父さんは尋問中だった。
 別の部屋にいる部下の人に代わってもらって、私はお父さんの部屋に入った。

「クロエはどうした? クロエも連れてきて、二人がこの部屋を使いなさい。お父さんがアメリアたちが使っていた部屋を使うから」

 お父さんはお風呂の通気口が開かないことを確認した。

「クロエさんはライリーさんが一緒だから、私がお父さんの部屋に来たの」

 お父さんは「そうか」と言って、ベッドに腰掛けた。私も隣に座る。

「怖い思いをしたな」

 お父さんに頭をポンポンとされた。
 私は気付かなくて、後から覗かれていたと知ったから、怖いより恥ずかしいの方が勝った。
 クロエさんがいなくなった時の方が怖かった。

「まだ全てを聞き出せたわけじゃないが、あの部屋の通気口が開くのは、寝静まった後に忍び込んで金品を盗んでいたからのようだ。今回は可愛い子が二人も来たと覗いたらしい」

 お父さんは大きなため息を吐いた。

「騎士団の人が多く泊まってるし、クロエさんも隊服を着ているのに、なんでそんなことをしたんだろう」
「部屋には女の子が二人だけだからだそうだ。騎士といっても、若い女の子がそのまま追いかけてくるなんて思っていなかったんだと」

 私だったらシャワー室から逃げ出していたと思う。クロエさんは怖くなかったんだろうか。本当に無事で良かった。

 クロエさんはしっかりしていて、頼りになる人だ。だから騎士としての責任からか、無茶をする。やっぱりクロエさんのことは、ライリーさんに大切にしてもらわなきゃ!

「ライリーがクロエといるということは、ユージーン殿下はお一人なのか?」
「そうだと思う」
「念の為、殿下の部屋も調べてくる。アメリアはここにいろ。俺以外で部屋を開けるなよ」
「分かった。帰ってくる時は、ノックを五回して」

 お父さんが部屋を出て行くと、しんと静まり返ってもの寂しくなった。
 ベッドに寝転がる。

 明日には王都だ。お家に帰れる喜びよりも、ジーンさんと別れる悲しみの方が心を占めている。
 もっと一緒にいたかった。旅をしていたかった。
 下町の路地で出会った時から、今までのことを思い返しては目頭が熱くなる。

 コンコンコンコンコン、と扉が五回ノックされた。
 目元を拭って扉を開いた。

「おかえりなさい。ジーンさんの部屋はどうだった?」
「なんともなかった。覗き魔が言う通り、通気口が開くのは、アメリアとクロエの部屋だけかもしれないな」

 クロエさんとライリーさんはあの部屋にいて平気かな? 犯人も捕まっているし、一人じゃないから大丈夫なのかな?

「アメリア、今日はゆっくり休め。おやすみ」

 お父さんは私を寝転がらせると、布団を掛けてくれた。

「おやすみなさい」

 私は瞼を下ろした。
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