下町聖女は光を灯す

きたじまともみ

文字の大きさ
53 / 56

53 王妃様

しおりを挟む
 仕事が終わる頃に、ジーンさんがお父さんと一緒に迎えにきた。

「お父さんもお仕事終わったの?」
「ああ、それでユージーン様にアメリアと結婚すると聞いて。よかったな。おめでとう」

 お父さんは好きな人と一緒になって欲しいと言ってくれた。それが叶って、喜んでくれている。

「ありがとう」

 大きく頷いて、お父さんに飛びついた。
 私を受け止めたお父さんは、躊躇いながら口を開く。

「それでな、アメリアに会いたいと言う方がいるんだが……」
「だれ?」

 お父さんのはっきりしない物言いに、私は首を傾ける。

「僕の母上だよ」

 ジーンさんのあっけらかんとした声音に、私は目の前が真っ暗になり、意識が遠のきかけた。お父さんが支えてくれる。
 ジーンさんのお母さんって、王妃様ってことだよね。

「王妃様はすごくお優しい方だから。俺も一緒にいるし、な」

 お父さんが子供に言い聞かせるように声を掛けるが、驚きすぎて届いてこない。私は口を開いて固まるだけ。

「アメリア、大丈夫だよ。普通のおばさんだから」

 ジーンさんの発言に、今度こそ意識を手放すかと思った。王妃様に対してなんてことを!

「大丈夫か? 王妃様がお待ちだから、向かおうか」

 お父さんに向かって、小さく頷いた。




 ローたちのいる宿屋に着く。
 てっきりお城に行くものだと思っていた。王妃様がここまで来てくださったの?

「城だとアメリアが萎縮してしまうと思って、ここまでいらしてくださった」

 お父さんは私の頭の中がわかっているかのタイミングで、耳打ちしてくれた。
 王妃様のご配慮に、ありがたい気持ちと申し訳ない気持ちが混ざり合う。

 一階の奥の部屋の扉をノックした。中から開けてくれたのはクロエさんだった。
 クロエさんは王妃様の護衛騎士をしていると言っていたことを思い出す。クロエさんの顔を観て、少しだけ肩の力が抜けた。

 室内に入ると、品の良い四十代くらいの女性が座っている。服装はお城で見たような煌びやかなものではなくて、装飾のない質素なものだった。
 私は緊張のあまり、石のように硬直する。

「母上、アメリアだよ」

 ジーンさんの腕が、私の背に添えられた。
 紹介されてハッと我に返り、思いっきり頭を下げる。

「あ、アメリア・フローレスと申します。よろしくお願いいたします」
「そんなに緊張しないでちょうだい。一緒にお茶をしましょう」

 王妃様は陽だまりのような朗らかな声だった。
 ジーンさんに促され、イスを引かれてそこに腰掛ける。私の隣にジーンさんが座り、お父さんが私たちの後ろに立った。クロエさんは入り口の前に控えている。

 全く余裕がなくて頭が回っていなかったけれど、今更ながらに自分の身なりを思い出す。
 昨日泊まったから、服は同じものだし、まとめている髪も崩れている。匂いも消毒臭いだろう。

「アメリアは紅茶は飲める?」
「はい」

 返事をするのでいっぱいいっぱいだった。

「ユージーンをよろしくね。自由奔放で苦労するかもしれないけれど、叱ってちょうだい」

 私は目を丸くするばかり。

「あの、反対なさらないのですか?」

 戸惑う私に、王妃様は柔らかい笑顔を向ける。笑うとジーンさんとそっくりだ。

「最初は驚いたわよ。結婚したい子が見つかったって急に言い出して、相手は下町の診療所で働いてる子って言うんだもの」
「そうですよね」

 同意するばかり。なんでわざわざそんな相手を選んだんだって思う方が普通だ。

「あ、違うのよ。アメリアのことではなくて、なぜ下町の女の子と出会ったのかってことが問題だったの」
「僕は城を抜け出して、下町に遊びに行ったって言ったでしょ。アメリアと結婚したいと言ったことで、それがバレて説教と家族会議が始まったよ」

 ジーンさんが当時を思い出したようで、肩を竦めた。

「そのすぐ後にアメリアが聖女に選ばれて、ユージーンはあなたを守ために同行するって聞かなかった。クロエを連れて行きたいって言うから、クロエにはユージーンが迷惑をかけたら叱って、とお願いしたの」

 クロエさんは王子であるジーンさんに、キツイ言葉を使ったりしていたことを思い出す。

「あの、下町の診療所で働いていると聞いた時はどう思いましたか?」

 王子であるジーンさんの相手に相応しくないと思わなかったのだろうか。

「アメリアを好きになった経緯も聞いて、素敵な子と出会ったのねって思ったわ。あのね、身分なんて気にしないわ。ユージーンが好きになった子なんだから。本当に好きな子と幸せに暮らしてほしい。親とはそういうものよ。そうよね、ガイラ」
「全くその通りでございます」

 王妃様に声をかけられ、お父さんが同意した。

「今日は突然会いに来てごめんなさいね。話せて嬉しかったわ。また遊びに来るわね」

 お父さんが王妃様の後ろに回る。王妃様が立ち上がるためにイスを引いた。
 私も慌てて立ち上がる。

「ありがとうございました」

 頭を深々と下げる。扉が開き、すぐに閉まった。そこで私は顔を上げる。王妃様はクロエさんと一緒に部屋を出て行った。

「緊張しました」

 喉が張り付き、カラカラに乾く。いただいた紅茶を飲み干した。

「そう? 普通のおばさんって言ったでしょ?」

 全然違う。空気感とか所作とか。

「アメリア、新居はどうしよか? 下町がいい?」

 気を張りすぎていたせいか、今は何も考えることができない。

「結婚式はどこでする? また僕がドレスを選んでもいい?」

 ジーンさんは嬉々として話し続ける。

「ハネムーンはどこに行こうか。魔族の国にもいい場所があるか聞いておくね」

 甘いとびっきりの笑顔で、ジーンさんは私を見つめる。

「僕、アメリアと結婚できるって、朝からずっと浮かれっぱなし。大好きだよ、アメリア」

 顔が熱くなって、うっとりと見惚れる。

「ユージーン様、アメリアをよろしくお願いいたします」

 お父さんが頭を下げた。

「様も敬語もいらない。僕は家族になるんだよ」
「そうです……。そうだな、二人の幸せを願っている」

 お父さんは部屋を出て行った。

「私も帰ります」

 お父さんを追いかけようとすれば、後ろからジーンさんに抱きしめられた。

「帰ってほしくないな」

 耳に吐息がかかり、瞬時に顔へ熱が集まる。
 お父さんは先に帰ってしまった。ジーンさんと一緒にいてもいいってことかな。
 私の体の前で組まれているジーンさんの腕に手を添えた。

「はい、私も一緒にいたいです」

 素直な気持ちを言葉にしたけれど、拍動は激しくなり、全身が茹っているかもと錯覚するほど熱い。

「うん、これからはずっと一緒だね」

 ジーンさんの弾んだ声を聞き、私は幸福感を噛み締めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます

さら
恋愛
家族から「邪魔者」扱いされ、行き場を失った伯爵令嬢レイナ。 望まぬ結婚から逃げ出したはずの彼女が出会ったのは――冷徹無比と恐れられる宰相閣下アルベルト。 「契約でいい。君を妻として迎える」 そう告げられ始まった仮初めの結婚生活。 けれど、彼は噂とはまるで違っていた。 政務を完璧にこなし、家事も器用に手伝い、そして――妻をとことん甘やかす完璧なスパダリだったのだ。 「君はもう“邪魔者”ではない。私の誇りだ」 契約から始まった関係は、やがて真実の絆へ。 陰謀や噂に立ち向かいながら、互いを支え合う二人は、次第に心から惹かれ合っていく。 これは、冷徹宰相×追放令嬢の“契約婚”からはじまる、甘々すぎる愛の物語。 指輪に誓う未来は――永遠の「夫婦」。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

処理中です...