下町聖女は光を灯す

きたじまともみ

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52 プロポーズ

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 翌朝、早い時間にジーンさんが迎えにきてくれた。
 ローとチーと後ろ髪を引かれながらも別れ、昨日の夜のことをジーンさんに聞いてもらう。

「楽しかったんだね」
「はい、ものすごく!」

 ゆっくりと下町まで歩いていく。

「あのさ、アメリアは僕の学校で働く気ない?」
「私が先生ですか?」
「それもいいけれど、魔族の国にある学校には、医者が常駐していたんだ。アメリアは医者ではないけれど、古代語も話せるし、治癒魔法が使える。子供たちの怪我を治したり、寄り添って悩みを聞いたりといったことに興味はないだろうか?」

 人間と魔族が一緒に学べる学校と聞いた時から、興味はあった。ジーンさんは共存のために東奔西走していたようだし。でも私には診療所の仕事がある。
 すぐに返事ができないでいると、ジーンさんは私の頭をポンとした。

「三年後のことだから、ゆっくり考えて」
「はい、後日お返事します。お誘いいただけて、嬉しかったです」

 のんびり歩いていたのに、もうすぐ診療所に着いてしまう。
 少し早いから、コーヒーを飲んで一息ついてから掃除を始めようかな。

「送ってくれてありがとうございます」
「ううん、僕がアメリアと一緒にいたいだけだから。もう仕事の時間?」
「いえ、ゆっくりしようかなって思っていました」
「それなら、もう少し一緒にいてもいい?」

 ジーンさんに顔を覗き込まれ、頬に熱が集まる。私は小さく頷いた。

「よかった。ねえ、やっぱり僕との結婚は嫌?」

 ジーンさんの声は少し沈んでいるように聞こえた。

「嫌なんて思っていません」

 両手と首を目一杯振って否定する。

「じゃあなんでプロポーズを受けてくれなかったの?」
「私が王族になる覚悟がありませんでした」
「今は僕、王族じゃないよ」
「それで受け入れたら、私の都合が良すぎませんか?」

 王族になれないと結婚を断ったのに、そうでなくなった途端受け入れるなんて、虫が良すぎるんじゃないだろうか。

「ちょっと待って。アメリアは僕のことが好きなの?」

 ジーンさんは片手で頭を押さえて、眉間を寄せる。
 あれ? 伝わってないの?
 そういえば私、ジーンさんに好きだなんて言ったことない。

「あの、お父さんやクロエさんに、私がお断りした理由を聞いたんじゃないんですか?」

 そうでなければ、王位継承権なんて捨てることなんてしなかったんじゃないの?
 ジーンさんの顔はさらに険しくなる。

「ガイラとクロエは知っていたの? あの二人は何も言ってないよ。アメリアもさ、思ってることは僕に言ってよ」
「すみません。私は王族になれないと、自分のことばかり考えていました」
「それは当たり前のことだからいいんだけど、僕のことを好きだってことは教えて欲しかった。そうしたらもっと早く、一緒にいられたんじゃないの?」

 口を尖らすジーンさんに、おずおずと訊ねる。

「あの、本当に私でいいんですか? 身勝手すぎませんか?」
「僕がそれを望んでいる。アメリア、僕と結婚して」

 嬉しすぎて涙が溢れ、返事をしたいのに唇が震えて言葉が出てこない。口元を両手で覆い、何度も頷いた。

 ジーンさんに抱きしめられる。
 腕の中が温かくて心地良くて、心はいつもジーンさんを渇望していた。

「やっとアメリアと一緒になれるんだ。一回振られて諦めてたら、アメリアが僕のことを好きって知らずに一生を終えてたんだよね。僕、しつこくてよかった」

 ジーンさんは肩の力が抜けたように、穏やかな声をしていた。

「ジーンさんが好きです。私を思ってくれて、ありがとうございます」

 ジーンさんは私の肩に手を乗せ、自分の腕の長さだけ私と距離を取る。

「もう一回言って」

 改めて面と向かって言うのは照れくさい。目を輝かせてジーンさんが待っている。年上の男の人に変かもしれないけれど、可愛いと思ってしまった。口元が緩む。

「ジーンさんが好きです」
「僕もアメリアが好き!」

  ジーンさんは散歩中の老夫婦に「僕の可愛い妻です」と私を紹介する。

「あら、アメリアちゃん結婚するの? おめでとう」
「うちの孫と結婚して欲しかったのにな」
「ダメ! アメリアは僕のだから」

 おじいさんの言葉に、ジーンさんは私を背に隠した。

「ねえアメリア、ユージーン・フローレスっていい名前だと思わない?」

 ジーンさんが思いついたように手を叩いた。王族じゃなくなったから、名前を変えなければいけないんだ。

「私のファミリーネームでいいんですか? 自分で決められないのですか?」
「好きに名乗れるはずだけど、僕はフローレスがいい。アメリアと家族になったって実感できて。それに、義弟と義妹ができるんでしょ? 僕が弟だから、それも楽しみなんだよね」
「弟が四人と妹が二人ですね」
「アメリアは一番上だけど、君にも義兄と義姉ができるよ」

 それってハロルド殿下と王子妃様のこと?

「王位継承権は破棄したけれど、家族であることに変わりはないから」
「ご家族と仲が良いんですね」
「そうだね。お忍びで遊びに来ることもあると思うよ」

 王族の方が遊びに来る? 考えただけで目眩がした。

「アメリア、鍵を忘れたのかい?」

 先生が隣の家から出てきた。診療所の前にいる私を見て、首を傾ける。

「先生おはようございます。ジーンさん、仕事の時間になりましたので」

 私はジーンさんに頭を下げる。

「うん、今日も迎えに来るよ。先生、アメリアは僕の妻になるので、手を出すことのないように」

 ジーンさんに肩を抱かれて引き寄せられた。

「私は先生の好みではないので、大丈夫ですよ」
「そうなの? こんなに可愛いのに」

 不思議そうに見られるけど、先生はグラマーな子が好きだから。

「待って! やめないよね? 今アメリアにやめられると困る」

 先生は顔を青くして、繰り返し「やめないで」と私に懇願する。

「三年後にやめてもいいでしょうか?」

 先生は大きな息を吐いた。眉尻を下げて笑う。

「よかった。アメリアにはずっといて欲しいけど、君の人生だからね。結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
「さあ、診療所を開ける準備をしようか」
「はい、ジーンさん、お迎え待っています」
「うん、僕もやることできたから、またあとでね」

 ジーンさんに手を振って見送り、私は診療所に入った。
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