ミスティック・ツアーズ〜転移魔法の旅行会社〜

きたじまともみ

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19 誘拐

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 次の日は普段よりだいぶ早くに目が覚めた。
 いつも一番最後に出勤するから、今日は一番乗りをしてみんなを驚かせよう、と朝の七時に家を出る。

 空は灰色の雲に覆われ、空気は湿っていて雨が降り出しそうだ。
 足早に隣のお店へ向かい、鍵を開けようとすると後ろに人の気配を感じて振り返る。

 帽子を真深くかぶっており、目元は見えないが若い男性だろう。

「ミスティック・ツアーズの方ですか?」
「はい、そうです。すみません、開店は九時になりますので、それまでお待ちいただけないでしょうか」

 まだ二時間もあるから、申し訳なく思いながらそう声をかけるが、手首を骨が軋むような強い力で掴まれて目を見張る。

 足元には転移魔法の魔法陣が浮き出てきた。
 驚愕で見開いた目を男に向けると、男の口角が上がってゾワリと鳥肌が立つ。

 必死に腕を引いて抵抗するが、びくともしない。
 目の前が白くなる。

「助けて!」

 大きな声を上げたけれど、転移する前に出せたのかはわからない。

 視界が開けると、ソファとテーブルがあるだけのだだっ広いリビングのような部屋に着いた。中には男が五人と女が一人。隣の部屋からも物音がするから、もっと人はいる。

 逃げることはできないだろうし、何をされるかわからないから口を引き結んだ。
 全員が私を見る目が冷淡で、手が震えてしまう。その振動を感じ取ったようで、私を掴んでいる男が嘲笑した。
 別の男に手足を縛られ、私はその場に尻餅をつく。

 多分、アビラドンナを栽培していた犯人たちだよな。
 転移魔法を使える人がいるだろうって話だったし。
 でもなんで私を捕まえたんだろう。ギルドが単独で調査をしたことになっているはずなのに。

「お前はルトアリン遺跡の隠し扉の奥に、なにがあったか知っているか?」

 オーナーにアビラドンナのことは聞いているけれど、私が知っているって犯人たちは知らない。
 私は首を振って否定した。

「知らない。帰ってきた時に様子がおかしかったから聞いたけれど、教えてくれなかった。空気がピリピリしていて、それ以上聞ける雰囲気でもなかったから、気にはなっていた」

 嘘っぽく聞こえていなければいいけれど。
 でも今ので確信した。隠し扉の奥と言った。うちが関わっていることを知っているんだ。
 それを知っているのは、うちとギルドだけ。

 オーナーの話はみんなで聞いた。うちの誰かが漏らしたのなら、私が知っていると伝わっているはずだ。だから漏らしたのは、ミスティック・ツアーズの人間ではない。

 ギルドに、犯人たちに加担している人がいるんだ。
 下唇を噛んで瞼を下ろす。

「転移魔法の旅行会社なんだろう? お前も使えるのか?」

 私が転移魔法が使えることを知らないってことは、レオンやレオンと一緒に転移したことのある人も犯人じゃない。
 瞼を上げて首を振った。

「私はただの事務員。魔法は使えない」
「転移魔法を使えるのは、ひょろっとした男らしいし、このお嬢ちゃんは違うだろ」

 ライナスのことは知っているんだ。
 遺跡にレオンたちを助けにきた中か、次の日に調査をした中に犯人がいそうだ。

「どうして私は捕まったの?」

 恐る恐る聞けば、しゃがんで私と目線を合わせる男に、片手で頬を挟まれる。

「お嬢ちゃんはなーんにも知らないみたいだけど、君たちの会社が俺たちの大事なものを無くしちゃったんだよね。お嬢ちゃんを人質にして、ぶっ潰そうと思って」

 ドスの効いた声に身震いする。
 乱暴に頬を挟む手を離し、男は立ち上がった。
 私は反動で床に転がる。手足を縛られているから、自力で起き上がれない。

「奥の部屋に閉じ込めておけ」

 一番大きな男が、私を肩に担いだ。
 奥の部屋の床に下ろされる。
 窓はカーテンが閉められ、室内は薄暗い。

 男の代わりに、女が入ってきて扉を閉める。
 明かりを点けてイスに座ると、私なんていないかのように本を読み出した。

 これじゃあゲートを繋げない。
 早くみんなに知らせないといけないのに。

「あの、帰らせて……くれませんよね」

 話かけると鋭い眼光を向けられ、首をすくめて視線を逸らす。
 出勤前に攫われたから、私がいないことをみんなはすぐに気付くはず。

 でも転移魔法で連れ去られたから、目撃者もいないだろうし、ここがどこか私にもわからない。
 窓の外が少しでも見えたらいいのに。

「カーテンを開けて……もらえませんよね」

 剣のある目を向けられ、目だけで黙らせる力がある。
 いつまでこの部屋にいるんだろう。

 こそっと女の表情を盗み見る。無表情で本に視線を落としたまま。
 ときおりページを捲る音だけが聞こえる。

 おとなしくしていれば、今のところは何もされないってことだよね。
 手首と足首に食い込む縄が擦れて痛い。キツく縛られた。

 緩くしてって頼んでも、また怖い顔を向けられるだけなんだろうな、と肩を落としてジッとしていることにする。

 私が何もできない、恐怖で震えていると思わせておけば、脱出のチャンスは巡ってくると信じて今は耐える。

 膝を曲げて、顔を埋めた。
 逃げ出せた時に情報を伝えるために、頭の中を整理しよう。

 犯人は六人以上。
 ギルドに犯人の仲間がいる。
 転移魔法を使ったから、ここがどこかもわからない。

 私が得た情報は少ない。
 でもゲートさえ繋げれば、逃げた後にギルドか騎士団をここに連れてきて犯人を捕まえることができる。





 ただ時間だけが過ぎ、お腹が空いてきた。
 そろそろお昼なのかもしれない。

 無遠慮に扉が開かれ、男がお弁当を二つ持ってきた。置くと部屋を出ていく。
 マルデリのお弁当箱だ。じゃあここは王都?

 転移魔法を使ったから、全く違う街に移動したのかと思っていた。
 転移魔法は魔力消費が激しい。

 私が攫われたのが七時。マルデリの開店時間が十時半。
 お弁当を買うためだけに、王都へ転移するとは考えにくい。
 お弁当を目の前に置かれる。

「食べな」

 女は私を気にすることもなく、お弁当を完食した。

「まだ食べてないの?」

 嫌そうな顔を向けられるけれど、両手を縛られていて食べることができない。

「縄を解いてください。食べられないので」
「それは無理」

 女は大きく息をついて、お弁当を食べさせてくれる。
 飲み込むとすぐに差し出され、次から次へと口に運ばれた。

 せっかくの美味しいお弁当を、しっかり味わうこともできずに完食する。
 お弁当のゴミを扉の外に置くと、女はまた本を読みだした。

 食事もここで取るのか。一人になれそうな時間もなくて、こっそりと息を漏らす。
 刻々と時間だけが過ぎていく。
 扉が開いた。

「お前も話し合いに参加しろ」

 男が女を呼ぶ。

「この子はいいの?」
「ただの事務員だろ? 手足を縛っているんだ。この部屋からだって出られねーよ」
「それもそうね」

 二人が出ていき、やっと一人になれた。
 耳をそばだてて、外の様子を伺う。
 数人の話し声が聞こえるけれど、何を言っているかはわからない。

 今しかない。
 ゲートを開くために、深呼吸をして心を落ち着かせる。

 床に光が現れた。
 集中して光を動かして魔法陣を描いていく。
 座っていることで、いつもより視線が低いから描きにくい。
 もっと俯瞰で見たいのに。

 そこでライナスの言葉を思い出す。描くことだけに集中している、と。
 座っていることで全体が見えにくく、描くことだけに集中できるかもしれない。

 光を動かし、魔法陣を描いていく。
 慣れなくて、いつもより時間がかかってしまったような気がする。
 でもゲートは繋がった。

 魔法陣から眩い光が溢れ出す。
 瞼を閉じて「王都のミスティック・ツアーズへ」とか細い声で呟くと、転移魔法が発動した。

 目を開けると、店の真ん中で座っていた。
 戻ってこられてホッとする。
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