ミスティック・ツアーズ〜転移魔法の旅行会社〜

きたじまともみ

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32 傷

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 ホテルに着いてみんなで美味しい夕食をいただく。

 食べ終えるとセレスティアさんとホテルを出て、レンタル衣装のお店に向かった。

 着替え終わって更衣室から出てきたセレスティアさんは、上着を羽織って両手で合わせ目を掴んでいる。
 海の底のような濃い青色をしたパンツの下で、足が震えているように見えた。

「なにか飲み物でも買っていきましょうか?」
「そうね」

 緊張した面持ちでセレスティアさんが頷いた。
 お酒やジュースを買ってホテルに戻る。

 フィンとライナスの部屋の前に立ち、セレスティアさんの様子を伺う。
 口を引き結び、奥歯に力が入っているのがわかった。

「大丈夫ですか?」
「やっぱり緊張する。お医者様以外に、傷を見せるのは初めてだから」
「……え? その間に彼氏とかいなかったんですか?」
「いないわ。恋愛なんて諦めていたから」

 セレスティアさんが大怪我を負ったのは、六年前の二十歳の時だったはず。
 それほど見られたくなかったんだろうな。

「でも、ライナスの言葉で、恋愛をしてみたいって欲が出たの」

 セレスティアさんは合わせ目を掴む手に力を込めた。服に皺が刻まれる。

「ノックしてもいいですか?」

 セレスティアさんは大きく深呼吸をして、力強く頷いた。
 コンコン、と扉をノックする。
 すぐに「はい」と返事があり、フィンが扉を開いた。

「飲み物を買ってきたから入れて」

 フィンにドリンクを渡す。
 セレスティアさんの格好を見て大きく目を見開いた。上半身は隠れているけれど、私と同じパンツを履いているから着替えたことに気付いたのだろう。

「どうぞ」

 部屋に入るとライナスはベッドで足を投げ出して座っていた。
 ライナスがこちらに目を向ける。……と言っても私には一切目もくれず、後ろから着いてくるセレスティアさんに視線がとらわれている。

「あ……あのね、昼間ライナスが好きな格好をしてって言ってくれたでしょ。着替えたから見てくれる?」
「あっ、はい。もちろんです」

 ライナスが驚きながらも返事をする。ベッドを降りて、セレスティアさんの前に立った。
 ライナスはセレスティアさんの震える手にそっと自分の手を重ねて包み込む。

「無理はしないで下さい。僕はセレスティアさんに辛い思いをさせたいわけではありません。好きな格好をして欲しいですが、見せたくないなら見せなくてもいいんです。僕に見せることより、セレスティアさんが好きな格好をしてくださる方が大事です」

 セレスティアさんは首を振って視線を上見向ける。
 ライナスの目を見据えた。

「気を遣ってくれてありがとう」

 セレスティアさんは合わせ目から手を離した。ゆっくりと脱いで片手でギュッと上着を握る。

 セレスティアさんの白い肌には、右肩から左脇腹にかけて大きな傷跡があった。胸元は隠れているけれど、肩と脇腹の傷が繋がっていることは明らかだ。

 ライナスは大きく目を見開いて固まった。
 朝のフィンみたい。

 何も言われないことに不安になったセレスティアさんが、ライナスの袖を掴み「ライナス?」と上目遣いで名前を呼ぶ。

「あっ、すみません。……すごくお綺麗です。ごめんなさい。僕の語彙が乏しいのか、こんな言葉しか出てこなくて」

 ライナスはバツが悪そうに頭を掻く。
 セレスティアさんの瞳が潤んだ。瞬きをすると、涙が頬を伝う。

「ありがとう」

 濡れた声でセレスティアさんは笑う。
 でもとめどなく涙が溢れて俯いてしまった。

「大丈夫ですか? 僕、変なことを言ってしまいましたか?」

 ライナスは狼狽えて視線を彷徨わせる。
 私とライナスの視線がかち合った。
 私は自分の体を抱きしめてジェスチャーで、抱きしめろ、とライナスに無言で圧をかける。

 ライナスは大きく目を見張って、セレスティアさんに視線を移してまた私に目を向けた。できない、と首を横に振る。

 セレスティアさんの了承を得ていないから無理だと言うのだろうが、そこは優しく抱きしめるのがセオリーなんじゃないの?
 もっと強引に行けばいいのに、と肩をすくめてライナスにティッシュを渡した。

「セレスティアさん。顔を上げてくれませんか?」

 セレスティアさんがゆっくり顔を上げた。赤くなってしまった目元を、ライナスが丁寧な手つきで拭う。

 フィンも目元をティッシュで押さえていた。
 なんでフィンまで泣いてんの?
 小さく息を吐いて、極力明るい声で話しかける。

「セレスティアさん、お酒を飲みませんか?」

 フィンに渡したドリンクからりんご酒をグラスに注いで差し出した。

「ありがとう」

 目元は赤いけれど、柔らかく笑って受け取ってくれた。
 ソファに座ってライナスと私の分も注ぐ。フィンにはリンゴジュースを渡した。
 グラスをカチリと鳴らして乾杯をし、一口含む。

 キレのある酸味としっかりとした炭酸が爽快だった。りんごの風味が豊で甘さは控えめ。

 お酒に強いわけじゃないから、チビチビと飲んでいく。
 隣に座るセレスティアさんの肩に、頭を倒した。

「どうしたの? もう酔った?」
「これくらいじゃ酔いませんよ。私はセレスティアさんと恋愛はできませんが、セレスティアさんのことが大好きですよ。だから今度社員旅行をする時は、大きなお風呂のあるところに泊まりましょう。時間で貸切できたりするので、それなら大きなお風呂を楽しめますよね」

 セレスティアさんの頭もこちらに寄る。

「私もステラが大好きよ。ありがとう。大きなお風呂がある宿に泊まっても、お部屋の小さなお風呂で済ませていたからとっても楽しみ」
「セレスティアさんが傷で我慢をしていたこと、いっぱいしましょう。海で泳ぐのだって、僕が無人の海まで連れて行きます」
「うん、連れて行って」

 セレスティアさんがライナスの方に体を向けるから、私は頭を離した。
 セレスティアさんの頬が少し赤い。お酒のせいなのか、ライナスのせいなのかわからないけれど、ライナスのせいならいいのにと思う。

 グラス一杯飲み切ると、フィンがりんご酒を注いでくれた。
 それもゆっくりと減らしていく。

 ほろ酔い気分でふわふわと気持ちよくなってきて、セレスティアさんのお腹に触る。セレスティアさんはビクリと体を跳ねさせて、見開いた目をこちらに向けた。

「セレスティアさんも夕飯をいっぱい食べたのに、なんでこんなにお腹がぺったんこなんですか?」

 ぽっこりしている自分のお腹を、空いている手で触る。
 セレスティアさんは私の耳に口を寄せて「気合いで凹ませているわ」と囁いた。

 セレスティアさんも一緒なんだ、と笑った。
 この服はやっぱり大変。

 ライナスがセレスティアさんに触るな、と目で訴えかけてくるけれど、無視をして撫でる。
 羨ましいだろう、と気持ちを込めて片方の口角を上げた。

 ライナスは一気にお酒を飲み干す。フィンが注ごうとしたけれど、セレスティアさんがお酒を受け取り、ライナスのグラスを満たした。

 優しい笑みを向けられて機嫌が浮上したようで、ライナスは表情を緩める。
 ライナスとセレスティアさんの纏う空気が、今までより甘いような気がした。
 話しながらお酒を飲み、楽しいひと時を過ごす。




 日付が変わる頃にお開きになり、普段より飲んで足元がふらつく。
 フィンに支えられ「大丈夫ですか?」と顔を覗き込まれた。

「大丈夫。隣なんだから」

 まっすぐ歩いているつもりでも、体が傾いてしまう。

「フィン、ステラに付き添ってくれる?」
「はい、わかりました。ステラさん、送りますね」

 フィンに支えられて部屋を出る時に後ろに目を向ける。
 セレスティアさんが内緒話をするように口に手を添えて、ライナスの耳元に顔を寄せた。

 何かを言ったようで、ライナスは顔を染めて動揺しながらも頷いていた。
 ラブラブなの?

「ステラさん、部屋の鍵をください」

 二人に気を取られていたら、フィンに声をかけられた。
 パンツのポケットから鍵を取り出して渡す。
 部屋の中まで連れて行ってくれて、そっとベッドに座らせてくれた。

「お水を持ってきますね」

 グラスに注いだお水を渡される。それをグッと飲み干した。

「酔っていますか?」
「酔っているけど、意識ははっきりしてるから平気」
「そうですか。ゆっくり寝てくださいね。おやすみなさい」

 頭をポンとされる。
 フィンが出ていくのと入れ替わりに、セレスティアさんが入ってきた。
 順番にシャワーを浴びてベッドに寝転がる。

「ステラ、ありがとう」

 隣のベッドで横になるセレスティアさんが礼を言った。

「どうしたんですか?」
「ステラが一緒だったから、民族衣装を着ようと思ったの。私が気にしすぎていただけなのかもしれないわね。今すぐには無理だけれど、人のいる中で大きなお風呂や海も楽しみたいわ」

 それはライナスがセレスティアさんの心を軽くしてくれることに期待しよう。

「いっぱい遊びましょうね」

 そう返すと、ふふっ、と嬉しそうな笑い声が聞こえた。
 瞼を下ろすと、すぐに夢の中へ落ちていく。
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