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第51話
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耳を叩いた声に私が緩慢に、アナスタシア王女が弾かれた様に振り向いた先に佇んでいたのは一人。
「テオ……ドール殿下」
「テオさま!」
そこに立っていたのはテオだった。
護衛の一人もつけず、険しい顔で佇むテオは私を見て、それからアナスタシア王女を見ると、
「書庫で何をしていた?」
途端、アナスタシア王女はぱっと振り上げていた手を隠すように動かし、
「テオさま、聞いて下さいませ! この方がわたくしに意地悪をなさるのです!」
縋るように、甘えるように、あるいは媚びるように。
さっきまでとは違う、演じるようにアナスタシア王女はテオに擦り寄ろうとする。
なんというか、一応は我が姉であるはずなんだけど、この変わり身の早さは理解に苦しむわよね。
そもそも昨日、テオに一蹴されたばかりだっていうのに……とんでもなく屈強なメンタルを持ってるようで。
心の内でそっと溜息を吐きつつ、私はテオに気付いてひっつこうと身を乗り出したリフを片手であやして留まらせる。
その目の前で、テオはアナスタシア王女の指先が届くより早く、
「俺には貴女が激昂し、彼女に手を振り上げていたようにしか見えなかったが?」
冷たく告げるテオに、アナスタシア王女はぴたりと動きを止め、
「ご、誤解ですわ! わたくしはそのような事……!」
「誤解? 我が国の大切な客人に黙れと言い放っていたというのに? 空耳とは思えぬはっきりとした声を、俺は耳にしていたんだが?」
「そ、それは……」
まあ、言い逃れは出来ないわよねえ。
テオがいつから聞いていたのかは知らないけど、姉さんは静かな書庫に似つかわしくない程に張り上げた声を響かせていたしわけだし、それを聞き間違いだなんて言い張れるはずもない。
付け加えて、対する私は声を張り上げることはしていなかったのだから、私が言っていたんだなんて言い訳も出来ないだろう。
しどろもどろになりながら目を泳がせるアナスタシア王女を、テオはじっと見下ろしている。その目は鋭く咎めるように細められていた。
アナスタシア王女はえっと、やらその、やらを繰り返すだけで何も言えないようだった。
そりゃそうだ、って感じではあるけどこれじゃ埒が明かないわね。私は小さく嘆息して口を開く。
「テオドール殿下、申し訳ありません。悪いのは私です。私が不快にさせるような発言をしてしまったが為に、アナスタシア王女殿下は激昂なさっただけなのです」
と、割って入るように告げると、テオは驚いたように目を見張り、アナスタシア王女は信じられないものでも見たかのように目を丸くして私へと振り向いた。
けどアナスタシア王女とは目を合わせるつもりはない。
真っ直ぐにテオを見ると、テオはややあってから形の良い唇を動かした。
「……それは事実なのか?」
「はい、事実にございます」
実際、嘘は言ってないのよね。
いい機会だから、って姉さんの神経を逆撫でするような事を言ってた自覚はあるし、怒るなら怒るで構わないと思ってたし。テオが割り込まなければあのまま叩かれてただろうけど、それもそれで覚悟はしていたところはあったしね。
だから、テオに確かめるように聞き返されても迷わず答えられる。
じっと真っ直ぐにテオを見据えていると、テオは一度目を伏せ、
「そうか。……しかしそうだとしてもあれは許される行為ではないと思うが」
「確かにそうかもしれません。ですが、元を正せば全ての責は私にあります。……叱責するのであれば、どうぞ私になさってください」
言い切って深く深く頭を下げる。
これも嘘は言ってない。例え姉さんがまた勝手な言葉ばかりを並べていたとしても、意に背き続けていたのは事実なのだ。どこまで行っても怒らせるようなことをしたのは私なのである。
テオはすぐには何も言う事はなかった。
だけど少し間を置いてから、
「…………片方道理はないものと思うが、当事者である貴方がそう言うのであれば、俺はこれ以上の追求は止めるとしよう」
ふう、と軽く息を吐いて言って、テオは更に言葉を続けた。
「すまないが、これから時間はあるだろうか?」
「……時間、ですか? ええ、ございますが」
「実は陛下がお呼びでな。頼まれて貴方を探していたんだ」
顔を上げると、テオが僅かに表情を柔らかくさせて小さく首を傾げる。私はその顔を見上げながら、答える理由はない、と二つ返事で頷いた。
するとテオは満足げに一つ頷いて、踵を返す。
「ではついてきてくれ。……アナスタシア王女、これで失礼させていただく」
言うだけ言って答えを待つことなく、つかつかと歩き出したテオを慌てて追いかけ――アナスタシア王女の横を過ぎるときに私は彼女の顔をちらりと見た。
窺ったアナスタシア王女の表情は酷く歪んでいた。
彼女は明確な敵意と嫌悪と憎悪に染まった顔で、私を射殺さんばかりに睨みつけていたのだった。
「テオ……ドール殿下」
「テオさま!」
そこに立っていたのはテオだった。
護衛の一人もつけず、険しい顔で佇むテオは私を見て、それからアナスタシア王女を見ると、
「書庫で何をしていた?」
途端、アナスタシア王女はぱっと振り上げていた手を隠すように動かし、
「テオさま、聞いて下さいませ! この方がわたくしに意地悪をなさるのです!」
縋るように、甘えるように、あるいは媚びるように。
さっきまでとは違う、演じるようにアナスタシア王女はテオに擦り寄ろうとする。
なんというか、一応は我が姉であるはずなんだけど、この変わり身の早さは理解に苦しむわよね。
そもそも昨日、テオに一蹴されたばかりだっていうのに……とんでもなく屈強なメンタルを持ってるようで。
心の内でそっと溜息を吐きつつ、私はテオに気付いてひっつこうと身を乗り出したリフを片手であやして留まらせる。
その目の前で、テオはアナスタシア王女の指先が届くより早く、
「俺には貴女が激昂し、彼女に手を振り上げていたようにしか見えなかったが?」
冷たく告げるテオに、アナスタシア王女はぴたりと動きを止め、
「ご、誤解ですわ! わたくしはそのような事……!」
「誤解? 我が国の大切な客人に黙れと言い放っていたというのに? 空耳とは思えぬはっきりとした声を、俺は耳にしていたんだが?」
「そ、それは……」
まあ、言い逃れは出来ないわよねえ。
テオがいつから聞いていたのかは知らないけど、姉さんは静かな書庫に似つかわしくない程に張り上げた声を響かせていたしわけだし、それを聞き間違いだなんて言い張れるはずもない。
付け加えて、対する私は声を張り上げることはしていなかったのだから、私が言っていたんだなんて言い訳も出来ないだろう。
しどろもどろになりながら目を泳がせるアナスタシア王女を、テオはじっと見下ろしている。その目は鋭く咎めるように細められていた。
アナスタシア王女はえっと、やらその、やらを繰り返すだけで何も言えないようだった。
そりゃそうだ、って感じではあるけどこれじゃ埒が明かないわね。私は小さく嘆息して口を開く。
「テオドール殿下、申し訳ありません。悪いのは私です。私が不快にさせるような発言をしてしまったが為に、アナスタシア王女殿下は激昂なさっただけなのです」
と、割って入るように告げると、テオは驚いたように目を見張り、アナスタシア王女は信じられないものでも見たかのように目を丸くして私へと振り向いた。
けどアナスタシア王女とは目を合わせるつもりはない。
真っ直ぐにテオを見ると、テオはややあってから形の良い唇を動かした。
「……それは事実なのか?」
「はい、事実にございます」
実際、嘘は言ってないのよね。
いい機会だから、って姉さんの神経を逆撫でするような事を言ってた自覚はあるし、怒るなら怒るで構わないと思ってたし。テオが割り込まなければあのまま叩かれてただろうけど、それもそれで覚悟はしていたところはあったしね。
だから、テオに確かめるように聞き返されても迷わず答えられる。
じっと真っ直ぐにテオを見据えていると、テオは一度目を伏せ、
「そうか。……しかしそうだとしてもあれは許される行為ではないと思うが」
「確かにそうかもしれません。ですが、元を正せば全ての責は私にあります。……叱責するのであれば、どうぞ私になさってください」
言い切って深く深く頭を下げる。
これも嘘は言ってない。例え姉さんがまた勝手な言葉ばかりを並べていたとしても、意に背き続けていたのは事実なのだ。どこまで行っても怒らせるようなことをしたのは私なのである。
テオはすぐには何も言う事はなかった。
だけど少し間を置いてから、
「…………片方道理はないものと思うが、当事者である貴方がそう言うのであれば、俺はこれ以上の追求は止めるとしよう」
ふう、と軽く息を吐いて言って、テオは更に言葉を続けた。
「すまないが、これから時間はあるだろうか?」
「……時間、ですか? ええ、ございますが」
「実は陛下がお呼びでな。頼まれて貴方を探していたんだ」
顔を上げると、テオが僅かに表情を柔らかくさせて小さく首を傾げる。私はその顔を見上げながら、答える理由はない、と二つ返事で頷いた。
するとテオは満足げに一つ頷いて、踵を返す。
「ではついてきてくれ。……アナスタシア王女、これで失礼させていただく」
言うだけ言って答えを待つことなく、つかつかと歩き出したテオを慌てて追いかけ――アナスタシア王女の横を過ぎるときに私は彼女の顔をちらりと見た。
窺ったアナスタシア王女の表情は酷く歪んでいた。
彼女は明確な敵意と嫌悪と憎悪に染まった顔で、私を射殺さんばかりに睨みつけていたのだった。
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