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第一章 運命炸動のファーストリープ
三章 ダイジェスト
しおりを挟む十月の朝は、随分と冷え込んでいた。
自宅の前の路上。足元のアスファルトをガソリンが伝い、雫が徐々に道路へと広がって行く。
全身をガソリンの冷たさが覆っていた。
灯油ポンプで吸いだしたガソリンをポリタンク一杯に被ったため、肌は一気に冷やされている。
猛烈な油臭さが鼻を刺激し、胃の奥から吐き気がこみ上げてくる。
気分は、最悪だ。
これから起こる事を想像するだけで死にたくなる。
――違う。
皮肉な思考に、口元が歪んだ。
死にたくなるではない。
僕は、これから死ぬのだ。
手に握られているのは、ガスの残り少ない百円ライター。喫煙者である父の物。
地面に膝をつき、ライターを握る僕の手は当然ながら震えていた。
自分を襲うであろう苦痛への恐怖で。九行さんを襲った理不尽への怒りで。
どうして彼女が死ななければならない。何の罪もない彼女が、何故また残酷な運命に巻き込まれなければならないのだ。
指が、震える。恐れが、怯えが、指先から髪の毛一本に至るまで支配して行く。
それでも、それでも僕は《行かなければならない》。
――やるしか、無いんだ。
思い切り力を込め、ライターを点火させる。
炎が燃え広がったのは、まさに一瞬だった。
爆発はしない。爆発してくれたらどれだけ楽だったろうか。
髪の毛が焦げる音、ガソリンがしみ込んだ服が焼ける音がやけにゆっくりと僕の体の中で響いていた。
ごうごうと、ぱちぱちと。
炎が皮膚を焼いて行く激痛が広がって行く。
煮えた油に突っ込まれた様な痛み。肌が焼け、一瞬でただれて行くのが実感できた。
「ああぁっ。がっ。うああああ」
耐えきれず、声と一緒に呼吸が漏れる。
瞬時に喉が焼け、気管を焦がし、熱が肺にまで浸食する。
喉に焼けた火鉢を突っ込まれ、肺をぐちゃぐちゃにかき回されるような衝撃。
意識を失えれば、気が狂う事が出来ればどれだけ楽だろうか。しかし、残念な事に僕の意識は健在だった。
自分が焼け死ぬ様子が、一秒一秒克明に感じ取ることができた。
皮膚が溶け、
肉が焼け、
やがてようやく僕の意識は闇へと落ち――
――記録地点へと《戻って》来た。
■
僕には道がなかった。リセットし、彼女を救う事しか考えられなかった。
残り人数は、三。
そして、僕は知ることになる。
《九行あかりを殺したのは、実の兄である夏秋であることを》。
僕と真帆の関係が重なり、胸が苦しくなった。
動機は、彼が抱える金銭トラブル。
そんなくだらない理由で、彼女は殺された。
そう、《殺された》のだ。
僕は見ているだけしかできなかった。彼女の命の火が、燃え尽きていくのを。
自身の命を捨て、時間移動した挙句――
僕は、失敗した。
■
次のリセット条件は、首つり自殺。焼け死ぬのに比べれば、はるかにラクだった。
残機数、二。だんだんと減っていく数字に焦りが灯る。
どうすればいい。どうやったら彼女を救える。
憔悴する僕を助けたのは、今まで沈黙を保っていた《悪魔グリード》だった。
「グリー、ド?」
『どうした。まるで幽霊にでも会ってしまったかのようじゃあないか。だが、残念ながらオレは幽霊では無く悪魔だがね』
いつもと同じ、どこか楽しそうな語り口。間違いなく音信不通だった悪魔の声だった。
彼は、いつものようにスピーカーから詠うような口調で語りかけてきていた。
「何で、何でずっと無視してたんだよ。グリードが手伝ってくれてたら九行さんを助けれたかもしれないのに」
『理由があったからだ』
「理由って、何がだよっ」
『お前が失敗する必要だよ』
冷たく、突き放すように言い放つグリード。僕の胸に、槍でも突き刺されたかのような衝撃が走る。
『林田章吾は九行あかりに殺された。しかし、彼女が殺さない世界でも交通事故により命を落とした。九行あかりにも同じ事が起きたのだろう?』
「あぁ、そうさ! 彼女は僕を庇って死んだ! 戻せよ、戻してくれよ! 土曜日に、出来るんだろ? なあっ!」
『落ち着けよ。お前は混乱している。言っている事が支離滅裂だぞ。いいから落ち着け。落ち着いて頭を整理するんだ』
「頭を整理しろって、どうするんだよっ! 九行さんが死んだんだ。それ以外に何を整理しろって言うんだよっ! それに、お前だって僕と一緒に《戻って》きたんだ。説明しなくても分かってるだろっ」
『悪魔の忠告は素直に聞くべきだぜ。落ち着いて、口に出して、順序立てて何が起きたのかを整理するんだ。
オレは意味の無い事は言わない。意味があるからこそ、こうやってお前に言っているんだ。
それに、余り大きな声を出すと家族が来るぞ』
パニック状態でまくしたてる僕を、グリードがゆっくりと諭す。
ここで喚いても仕方がないのは分かっている。
けど、分かってはいるのに、止める事は出来なかった。
『口に出して頭で整理する事で、人間はより理論的に物事を考える事が出来る。テストの暗記でもそうだろう? 口に出し、文字にして書く事でより深く記憶する事が出来るんだ』
不満顔の僕に、辛抱強く言い聞かせてくれるグリード。彼のお陰で、僕の頭はようやく少しだけ冷静さを取り戻す事が出来た。
『それで、お前はこれからどうしたいんだ?』
謝罪の言葉に、満足そうに息を吐くグリード。彼に怒りの色は感じられない。
彼は、僕にこう伝えたかったからずっと黙っていたのだろうか。《考え無しの行動は、不幸しか呼ばない》と。
だが、例え失敗しようと僕の答えは決まっている。彼も、分かっていて質問しているのだろう。
冷静になったからこそ、はっきりと僕の意志は固まっていた。
「僕は、僕は九行さんを救いたい」
迷うことなく言い切った言葉に、グリードは大きくため息をついた。
『そうだろうな。全く、厄介な事になったぜ』
「どう言う意味さ」
嘆息の意味が理解できず、聞き返す。
『前の契約者の死んだ理由が、お前と同じだったからだ。その女は、自分の不注意で死んだ娘の死を《無かった事》にしようとして、失敗した』
「失敗、した?」
『そうだ。残機数全てを使い切り、全てに絶望して自殺したんだよ』
首筋へと、冷たい感触が走った。
『人を殺す事は簡単だ。だが、死んだ人間を生き延びさせるはほとんど不可能なんだよ。どんなに精魂込めて作った料理も、歴史に残る芸術品も、破壊するのは一瞬だろう?
だが、同じ物を作ることは不可能だ。例え寸分たがわぬコピーを作ったとしても、それはオリジナルとそっくりなだけの別の物なんだからな。命もそれと同じだ。お前は間違いなく無意味に残機数を使い果たすだけになるだろう』
グリードが放つのは、否定の言葉。
『さあ、そこで本題だ。だが、その前に一つ約束をしてもらおうか』
「約束?」
悪魔が放つには少々怪しげな単語に眉を寄せる。
『そう身構えるなよ、簡単な事だ。これからオレはお前にいくつか問題を出す。お前は、口を挟まずに答えればいい。勿論、真剣に考えてな。それが約束だ』
ベッドに腰掛け直し、「分かった」と素直に首を縦に振る。
僕の答えにグリードは気分を良くしたようだった。
機嫌良さげな笑みが僕の目に映った。もちろん、現実にはグリードの肉体は存在しない。しかし、今のグリードにはまるで現実に存在し、僕の目の前に立っているかのような存在感があった。
『まず最初の質問だ。お前には、九行あかりと林田章吾が命を落とし、夜澤真帆だけが助かった事について合理的な説明は出来るか?』
「そんなの、分からない。出来るわけがないよ」
質問は、最初から意味不明だった。
もし僕に説明ができるならば、今頃は九行さんの事で悩んでなどいない。
『諦めるのが早すぎるぞ、ミライ。じゃあ質問を変えてやる。《何故、夜澤真帆は死ななかったと思う?》』
「それは、《真帆があいつらにレイプされなかったから》」
次に出された質問は簡単な物だった。小学生でも分かる簡単な論理展開だ。僕の答えに、満足顔で悪魔が頷く。
『正解。じゃあ次の質問だ。《妹はどうしてレイプされる事になったと思う?》』
「それは、《僕が奴らに見つかって、家まで押し掛けられたから》」
『つまりだ、《妹が死んだ理由は、お前が土曜日に三人組に出会ったから》と言い替える事ができると思わないか?』
彼の言葉に再び頷く。もっと突き詰めれば、違う高校に行っていれば《奴ら》に出会う事も無かったので妹がレイプされる事も無かったと言えるが黙っておく。
要らない事を口にすればまたグリードがキレるかもしれないからだ。
『それが、夜澤真帆の《死の引き金》だ』
デッド、トリガー? 言葉の意味が分からず、オウム返しに聞き返す。
突然出てきた言葉に、思考が追いつかなかった。
だが僕とは反対に、グリードはとても楽しそうだ。
好奇と、歓びが彼の全身から溢れだしているように見える。
『そう、《死の引き金》。
それこそがお前の妹が生き延び、林田章吾が死んだ理由。
そして、九行あかりの命を救う為の唯一にして最大の障害』
「障、害?」
『あぁ、障害さ。お前はその障害を知らなければならない!
運命を覆す為、世界を変える為、最悪の結末を覆す為に!」
■
死の引き金。それは人の死を決定づける《死亡フラグ》とも言えるものだった。
例えば、山中の竹藪である男が一億円拾ったとしよう。
テレビは大々的に報じ、大騒ぎになるのは間違いない。
その報道に釣られた狂人が、男の家に強盗に入り、殺す。
この場合、男のデッドトリガーは《竹藪で一億を見つけたこと》となる訳だ。
僕以外の人間にとって、歴史にIFはない。
だが、僕は過去に戻る事が出来る。そして、変える事が出来る。
救出に失敗した《取り消した世界》で、僕は彼女の《死の引き金》を見つけていた。
九行さんのデッドトリガー、それは――
《夏秋の、金銭トラブル》
金銭難に陥った兄と揉め、彼女は殺された。
ならば、僕がやることはたった一つだ。
《ロト6を再び当て、夏秋の借金を完済する》
たったそれだけ。
それだけで、九行さんを救う事が出来る。
力がみなぎってくるのが分かった。
その時、一通のメールが届いた。
僕の心が成長するための《乗り越える壁》が記された、《残機数増加メール》が。
《エクステンド条件→九行あかりの救出。成功すれば残機数は5に回復する》
勝利を、確信する。
僕にできないことはない。僕は、無敵だ。
この力、リセットスイッチさえあれば、なんだってできるのだ!
だが――
だが――!!
僕は、再び失敗することになる。
そう。
彼女の死の引き金は《夏秋の借金》だなんて生易しい物ではなかったのだ。
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