捧魂契約のリセットスイッチ

白城海

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第一章 運命炸動のファーストリープ

5・たった一つの冴えたやり方

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 説明は出来ない。だが、金は貸してほしい。
 自分で言っておきながらデタラメだと思う。恐らく「絶対に儲かる話があるから金を貸してほしい」レベルの胡散臭さだ。

 それでもあの時、九行さんは首を縦に振ってくれた。お年玉の残りの二万円を僕に預けてくれたのだ。

 勿論、彼女に説明できないことには理由がある。
 僕の計画を知ることが、間接的に《死の引き金》に影響を与える可能性があるからだ。
 彼女と別れ帰宅する途中、計画と理由をテキストメッセージでグリードに説明をする。
『それだよ、ミライ! 完璧じゃあないか!』
 文字だけだと言うのに、彼の興奮が僕にも伝わって来た。どうやら、問題は無さそうだ。
 家に帰ってからは、ただひたすらにグリードと計画を煮詰める。

 時間がない。

 明日までに全ての行動を終える必要があった。

 ■
 
 そして翌日。辿りついた場所は、僕の住む街から二つ県を越えた地方都市。電車を乗り継ぎ、さらにバスで三十分走った場所にある住宅街だった。

 学校は最初だけ行くフリをして、途中で欠席の連絡を入れた。両親は仕事に出かけているのでバレることはないだろう。
 自分でも驚くほどの行動力だった。新幹線に乗ったのは去年の修学旅行以来だし、一人旅など初めてだ。

 時刻は、正午。知らない街。知らない風景。人は、ほとんど歩いていない。
 秋の昼間とは言え、今日は妙に冷え込んでいた。冷たい風が鼻孔を刺激し、神経へと不安を運んでくる。

 その時――

 自転車に乗った制服警官が僕の横を通り過ぎた。
 一瞬、鳥肌が立ったが、必死に平静を貫く。
 私服ではあるが家出少年と間違われて補導されるのは勘弁願いたい。制服だってバッグの中に詰め込みっぱなしなのだ。早い所《仕事》を終えないといけなかった。

 警官をやり過ごすと、深く息を吐き携帯電話のナビソフトを起動した。
 僕が目指す場所。それは、九行夏秋のアパート。

 住所はグリードの集めた資料で調べが付いている。
 あとはネットの検索エンジンで入力すれば詳細な場所も丸わかり。経路だってネットを使えば調べが付く。
 しかも、こちらには電子の悪魔グリードが付いているのだ。下準備は完璧。後はアクシデントに気をつけるだけだ。
 
 ナビを頼りに、見知らぬ道をただひたすらに進む。不安は勿論ある。
 だが、迷いは無かった。

「ここだね。ここが、決戦の場所」
 僅かに燻る弱気を振り払う為、大仰に口に出してみる。とは言っても、目の前にあるのは古びた木造二階建てのアパート。いかにも大学生の男が一人暮らししていそうな外観は、決戦の場所には程遠いイメージだ。

『調べ通りだな。これなら仕事がやりやすい』
 携帯電話に繋がれたイヤホンマイクからはグリードの声。
 カメラも無い。入口に暗証番号式のドアも無い。セキュリティなど二十世紀に置いて来たかのようなアパートは僕達にとって都合が良かった。

「じゃあ、行くよ。これで終わりにするんだ」
『あぁ。運命を、お前の望むままに変えてやれ』
 言葉を交わし、足を踏み出す。
 目的の部屋は二階の201号。郵便受けに目を向けると、大量に溜まったダイレクトメールらしき郵便物に溢れた《201 九行》と書かれたプレートが確認できた。

 どうやら、間違いないらしい。

 郵便受けを通り過ぎ、階段を踏みしめる。

 一段、二段、三段。

 一歩進むごとに緊張が増し、体に痺れが広がって行く。

《仕事》はいたってシンプルだ。ただ、彼の部屋の新聞受けに《あるモノ》を入れるだけ。
 僕の懐に収められた《あるモノ》は間違いなく彼女の死の引き金を解除することだろう。

 唯一の懸念である夏秋は今の時間は学校にいるはずだ。僕の計画を妨害する者はいない。
 勝算はある。それでも今回がラストチャンス。失敗すれば九行さんの命は無い。否応なくプレッシャーが僕の精神を責め立ててくる。

 もし、作業を邪魔されたら。

 もし、僕の行動でトリガーを解除できなかったら。

 夏秋の部屋に近付けば近付くほど、不安と重圧は増し、僕の足にじりじりと絡みついてくる。

 四段、五段、六段。

 足を進めるたびに空気が湿り気を帯びていき、身体が重くなって行く。
 何かが、自分の足を締めつけ、引きずり落とそうとする感覚。
 異様な雰囲気、この世の物とは思えない違和感が僕の周囲を覆い尽くしていく。

 七段、八段。

 とうとう最後の段を目前にして、僕の足は止まってしまった。

「……なんだよ、これ」
 僕の目の前には、《とんでもないモノ》が立ち塞がっていた。

 広がるのは、現実から剥離した光景。
 信じられない異形。

 それを一言で表現するなら、《バケモノ》。

 血走った巨大な単眼。爛れた歯茎から飛び出す乱杭歯。鋭く尖った耳に、頭部の至る所から生えるサメの歯の様な突起。
 紺と黒の斑に染まった表皮は不気味に僕を威圧し、通路一杯に広がる筋骨隆々の巨躯が進むべき道を完全に塞いでいる。

「うぐっ」
 怪物の四本腕が僕の四肢を掴み、背中から生えた無数の蛇が身体へと絡みつく。
『どうした、ミライ。何故足を止める』
 グリードが怪訝な声で問いかけてくるが、締めつけられる僕は声を出す事すらできない。

『おい、落ち着けっ。何かが、何かが見えているんだな。何かがお前の邪魔をしているんだな』
 慌てるグリードの声も、僕を助ける事は出来ない。彼には肉体が無いのだから。

『正気に戻れ! ソイツはお前の生みだした幻覚だ!』

――幻覚?

 まさか。ありえない。腕を握りつぶされるような痛みが、体を締め付けられる苦痛が、幻なわけがないではないか。

『恐らくソイツはお前自身の怨念だ。今まで失敗し続けた恐怖が、不安が、怒りが、憎しみが、自己嫌悪が、孤独感が、恐れが、悲しみが自暴が自棄が絶望が失望が破壊衝動が!
 それら全てが作り出した怪物の形をとった幻だ! お前自身の内に潜む魔物なんだよ!』

――僕自身が作り出した魔物?

 思い込みが強い人間は、熱湯と教えられた冷水を被って火傷することがあると以前テレビで見た。僕にも、同じ現象が起きているとでも言うのか。

 今まで、現実に存在しないグリードの幻影を見る事はあった。触れたと感じた事もあった。
 同じように、僕の中に潜む、《死の引き金や変えることのできない運命への恐怖》が形となって見えているとでも言うのか。
 積み重ねてきた失敗への不安が僕を闇の底に引きずり落とそうとしているとでも言うのか。

『大丈夫だ。自信を持て。思い出すんだ、今までの苦難の道のりを。乗り越えてきた絶望を。今のお前ならばやり遂げられる。このオレを、そしてお前を信じた九行あかりを信じろ。今が、お前の本当の弱さを振り切る時だッ!』

――私はミライさんも信じたい。命を賭けて私を救ってくれたんだから。
 心が折れそうになった僕を信じてくれた少女のメールが脳裏に蘇る。何も言わずに現金を渡してくれた彼女の信頼が、決意に満ちた瞳が、崩れ落ちそうな身体に活力を与えてくれる。

「絶対に、助けるんだ」
 腹の奥から必死に声を振り絞ると、怪物の力が僅かに緩む。グリードの黒光りする腕が、蛇を引き離そうとしていた。勿論、これも幻影なのだろう。

『あぁ、そうだ。お前ならできる。九行あかりを救える。お前は《死の引き金》を打ち砕く最強の一手を編み出したんだ。
 ぶつけてやれ、全身全霊を。教えてやれ、目の前のバケモノに。お前の切り札が何であるかを、懐に隠された物の存在をッ!』

 僕の懐にある《切り札》。九行夏秋の新聞受けに投下するべきもの。

《それ》は僕達にとってのジョーカー。
《それ》は僕達にとって切り札であり、ババにもなりうる諸刃の剣。
《それ》は九行さんのデッドトリガーであり、同時に彼女を救う奇跡を起こす紙切れ。

《それ》は――

「四億の、ロト6だ……!」
 掠れる声で宣言する。自分の意志を、覚悟を、そして行為を肯定するように。
 ずっと不安だった。《当てずに当てる》と言う矛盾を解消するために四億のロト6を購入した事が。
 購入した時点で、九行さんの《トリガー》が引かれてしまうのではないかと。

 その不安が、僕の中から怪物を生み出してしまったのだ。
 だから僕は自分の意志と、魂を以てこの怪物を消し去らなければならない。

「《当てずに当てる》。確かに、矛盾してるよ。けどさ、《僕が買った宝くじを、全く面識のない他人が当てる》と、どうなる」
 句を発する度に、締めつける蛇が一本、また一本と解けていく。ぬるぬるとした蛇の緑皮が首筋を這いずる不快な感触。それでも、今の僕を踏み留めさせることはできない。

「答えは簡単だよ。《ロト6は僕が当てた》だけど《大金は手に入れていない》。矛盾する二つの《死の引き金》の条件を同時に解決する事が出来る」

 ぶちり、ぶちりと異様な音を立て、蛇の体が千切れていく。

 もう、僕を止める事は出来ない。

「唯一の不安は、当たりのロト6を購入した時点で彼女のトリガーが引かれる可能性だ。確かに不安だよ。また九行さんが死ぬのは見たくないよ。
 だけど僕は……もう怯えない」

――ほら、また猫背になってる。
 かけがえのない友達の声が、僕の背中に力を与える。
 前だけを真っ直ぐ睨みつけ、背を伸ばす。気付けば、道幅いっぱいに広がっていた怪物は、僕の目線と同じ程度に小さくなっていた。

「九行夏秋が四億のロト6を拾えばどうなる。これも簡単さ。追いつめられて妹を傷つけるような人間が取る方法はたった一つ。《ネコババ》しかないんだ」
 僕を脅すような人間が素直に警察に届ける訳がない。
 それに、例え警察に届けても問題無いのである。法律上、拾い主は落とし主に二割までの金額を請求する権利がある。と、言うよりそもそも僕自身に届け出をする気が無いので、半年待ては四億は彼の物だ。

「つまり、彼がロト6を拾った時点で《返すアテ》ができるってことだよ」
 両腕を軽く振ると、怪物の二本の腕が引き千切れ、光の粒子となって消え去る。
 足を掴んでいる二本の腕にも、既に力は感じられない。

《取り消した時間》で、僕は夏秋の借金を肩代わりした。
 だが、実際に彼が返済可能になるのは手続きから数日後。現金が振り込まれてからなのだ。

「おかしいよね。実際に借金は返していないんだから、普通なら九行さんは金曜に死ぬはずだ。なのに、実際に彼女が強盗に殺されたのは数日後」

 これらの事実が意味するのは、たった一つ。

「《夏秋の借金に返済の目処が立った時点でトリガーは解除される》」
 最後の一段を踏み、怪物を見下ろす。既に斑の腕は、根元から消滅していた。

「これが、僕の切り札。彼女を縛る三つのトリガー全てを解除する、たった一つの冴えたやり方だ」
 ジャケットの内ポケットに手を突っ込み、封をされたクジを手に取る。ここに来る途中の売り場で購入したものだ。

「換金に必要な《宝くじ売り場の場所》が記入されたレシートも一緒に入れてある。もう、彼女を殺す引き金も、僕の邪魔をする物も、何も無い」

 そのままゆっくりと腕を前に出し、怪物へと突きつけてやる。僕の、僕たちの切り札を。

「さあ、どいてくれ。もう分かったろ? 僕はもう、不安に震える必要は無いって。九行さんを救う事が出来るって」

 紺と黒の皮膚が、徐々に色を失っていく。石のように、灰のように。やがて、陽光を反射し銀色に輝く砂粒が風に流され、僕の横を通り抜けていった。

 目の前に、もう怪物はいない。一歩前へ進み、手摺に手をかけ、上を見上げる。

 階段を越えた先に広がるのは、透き通るような青空。

 となりで、悪魔の幻影が僕に向かって笑いかけてきている。


――そんな気がした。
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