捧魂契約のリセットスイッチ

白城海

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第六章 恋理無常のテンダーライアー

8・奪、葛、失

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「一つだけ、希望があるんだ」

 彼女とは別の、もう一つの拠り所。

「グリードは、生きているかもしれない」
  それはあの口の悪い友人の生存している可能性だ。
 事件に直接関わった彼ならば、何かを知っているに違いない。
 そして、解決の糸口を示してくれるはずだ。

「どうして? グリードはミライさんのパソコンに住んでた……って言うか、ミライさんのパソコンそのものになってたんでしょ?」
「だけど、彼は電子の悪魔だ。今までもハッキングをしたり、九行さんの家に遊びに行ったりもしていた。ネット回線を通じてね」
 バラバラになったパーツの集まりから一つを拾い取る。USB接続の無線機器だ。
 先程確認したが、リビングのブロードバンドモデムは生きていた。無線の親機としての機能を持っているモデムだ。そして僕は以前、グリードの頼みでこの無線機器をパソコンに増設した。

「だったら、例え回線を引き千切られ壊されても逃げきってるかもしれない」
「でも、それならどうして今まで連絡が無いの?」
「人間だって腕を切断されたくらいじゃ中々死なない。けど、そんな大怪我をすればまともには動けないからね。
 グリードも、重要な部分だけを外に逃がすことに成功はしたけれど、身動きが取れない状態なのかもしれない」

 一週間の間、ずっと考え続けていた事。以前の僕なら想像もできないような推理。
 家族を、友を失った事で余計なことに気持ちが逸れずに、思考に没頭出来ていたからかもしれない。
 だとしたら皮肉な話だった。

「それに、ちゃんとした根拠もあるんだ」
 ポケットから携帯電話を取り出し、メール画面を開く。

「《エクステンドメール》は前に説明したよね」
「うん。ミライさんの《乗り越えるべき人生の壁》がメールで送られてくるんだよね」
「そう。メールに書かれた条件を達成した時、僕の残り人数は増える」
「えっと、それに何の関係が?」
 疑問の声を上げる九行さんに携帯電話を見せる。

《送信者:夜澤ミライ》《送信日時:2012年11月25日 20時55分》
《件名:ボーナス条件》
《本文:九行あかりへ自分から告白する。達成した場合残機数は5へと回復する》

「そして、もう一通」

《送信者:夜澤ミライ》《送信日時:2012年11月25日 21時03分》
《件名:エクステンド失敗の通達》
《本文:九行あかりからの告白により、残機数に変動は無し。※尚、リセット後に同条件が提示される事は無いので注意》

 九行さんを救うのに失敗した時と違い、今回は失敗通知メールが届いていた。恐らく、僕がしがらみを振り切り、彼女へ告白する事を拒んだからだろう。

「内容はどうでもいいんだ。大切なのは《送信日時》の方」
 本文を指で隠し、送信日時の部分を目立たせる。内容にも、残り人数に関しても質問されたくなかったからだ。
「送信日時……あっ」
  どうやら、気付いたようだった。

「事件が起きたのは午後七時ごろ。だけど、このメールが届いたのは午後九時ごろなんだ」
 しかも、パソコンは原形をとどめないほどに壊れているのに関わらずメールは送られてきた。
 理由は分からないが、パソコンではなくメールサーバーから直接送られているのかもしれない。
「契約はグリードか僕が死ぬまで有効だ。つまり、エクステンドメールが事件の後に届いているってことは……」

「グリードは、まだ生きている?」

「そう言う事。だから僕は、まだ壊れないで済んでる」
 ポケットに携帯電話を収め、薄く微笑む。まだ、笑顔を作る事は出来るようだ。
「警察の捜査に進展があるか、グリードと連絡が取れるまでリセットを待つ。僕はまだ絶望していないよ。トリガーを解除する望みはあるんだから」
 強がりなのは分かっている。死の引き金を解除するのがどれだけの事かは誰よりも知っている。
 それでも、僕が落ち込む事で彼女が悲しむのは耐えられなかった。

「けど、ミライさん。それってやっぱり、最終的には《リセット》するんだよね」
  顔を伏せた九行さんが奇妙な疑問を口にした。質問の意図が分からない。
「当たり前だよ。こんな結果を、僕は認めない」
  口にするまでも無いことだ。僕には過去を変える力があり、まだ可能性は消えていない。
 残りリセット回数は三回。余裕があるとは言えないが、諦める謂われはどこにもない。

 しかし僕の答えのどこに引っかかったのか、九行さんが顔を俯けて目を逸らした。

 無言の時間。彼女は一体何を考えているのだろうか。

「ねぇ、ミライさん」
 ようやく、九行さんが口を開いた。
 顔を背けたまま、迷うように、後ろめたそうに。

「もし、もしだよ? もし私が《もうリセットするのは止めて》って言ったら、どうする?」
 相変わらず質問の意図は分からなかったが、愚問だ。答えは決まっている。
「止めても無駄だよ。僕は間違いなくリセットする」
  どうして彼女はこんな分かり切った質問をするのだろう。
 僕に諦めるつもりが無いのは彼女も分かっているはずだ。

「だよ、ね。うん。ミライさんは、そうだよね」
「どうしたのさ。さっきから、何か変だよ」
  彼女は動揺しているように見えた。そして、迷っているようにも見えた。
 何かを口にしようとし、押し黙る。そして再び考え込み口を開こうとする。しかし、実際に声が発せられる事は無い。
 何度同じ動作を繰り返しただろうか。ようやく彼女が言葉を発した。

「例えば、例えばだよ」
  意を決したように僕へと顔を向ける。きつく目を閉じ、小さな拳を握り締め。

「もし、ミライさんがリセットする為に死んじゃったら、ここにいる私はどうなるのかな」
「……あっ」

  意味を把握できなかったのは一瞬だけだった。
 霧の中に隠れていた謎がようやく判明した。それも、最悪の形で。

 もし、明日にでもグリードが見つかったとしよう。手掛かりを手に入れた僕はすぐにでもリセット条件を満たす筈だ。

 ならば、その後《この世界》はどうなるのだ。

 僕の主観であれば消えてしまうはずの世界。
 しかし、九行さんにとっては続く世界である可能性。
 以前にも話題に上がったはずなのに、完全に見過ごしていた。

 僕が死ねば、彼女は取り残される。

 今までならば取り消すことに躊躇は無かっただろう。
 リセットした世界は消えてしまうと自分を言い聞かせただろう。
 事実、九行さんを助ける時はそうしてきた。

 何故なら、僕の家族は契約の事を知らないからだ。

 知らないままならば、事実から目を背けることができる。エゴに塗れたリセットを行うことができる。
 過去に九行さんが林田を殺した事も、僕が焼け死んだ後の家族の想いも、電車に飛びこんだ後に発生するであろう多額の賠償金も、全て見なかったことに出来る。

 だが、今の九行さんは違う。契約の事を知る唯一の人間なのだ。
 彼女がいる以上、目を背けることのできない問題だった。
 もし、リセットをする事によりこの世界が消えてしまうのならば気にしなくていい。
 家族を救い、改めて彼女に告白し、共に過ごす時間を作ればいいだけだ。

 問題は、僕が死んでもこの世界が続く場合だった。
 僕が死んだ後の世界で取り残される彼女の事を考えない訳にはいかない。

「ごめんなさい。本当は、言うべきじゃなかった。だけど、だけど――」
 九行さんの気持ちは痛いほど分かった。
 僕が彼女の立場なら、やはり伝えてしまうだろう。大切な人を失う辛さは誰よりも理解している。責めることなどできるはずもなかった。

「それに、メールだって……一週間前はまだグリードは生きてたかもしれないけど、もしかしたらケガが酷くてもう死んでるかもしれないんだよ。だったらミライさんはどうなるの?」
「……そのまま死ぬだけだろうね。もう、戻ってくる事は無い」
 もう一つの目を背けていた事実を九行さんが口にする。
 僕の推理は全て仮定でしか無い。一週間前の時点で契約が有効であっても、今この瞬間がどうかなんて僕にはわからないのだ。

「私、いやだよ。ミライさんが死ぬなんて。耐えられないよ……」
 そうだ、僕は忘れていた。《本当に死ぬ可能性》を。本当は、常に隣に存在していたはずなのに。
  腕を切断した時にグリードは言っていた。完全に切断しない限り、条件を満たす事は出来ないと。あの時の彼は、何時に無く狼狽していた。

 地震に巻き込まれた時、僕は全身の骨を折ることに成功した。だが、あの時は運が良かっただけだ。あの時、何か一つでも食い違いがあれば僕はここに座っていない。
 
 リセットするリスク、家族を失った世界で九行さんと共に過ごす未来。
 
 どちらを取るべきか。

「……少し、考えさせて欲しい」
 この時の僕には選ぶことが出来なかった。

 しかし、すぐに迷いは消え去ることになる。

 ある事件が起きたことによって。


 僕が実家を探索してから一週間後。


――九行あかりは、四度目の《死》を迎えることになる。



 僕の家族を殺した、猟奇殺人犯の手によって。



 彼女たち一家四人は、皆殺しにされる。
************************************************


――――――――――――――

すいません。手が滑ってやっちゃいました。
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