捧魂契約のリセットスイッチ

白城海

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第七章 限界突破のソウルサクリファイス

6・死ぬか、殺されるか

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 林田の死を確定させたセーブは十月の頭。

 僕は、運命の分岐点で選択肢を間違えた。
 間違えたまま、セーブしてしまった。

「これで授業は終わり。今度は林田クン達じゃなくて、自分の間抜けさを呪うことね」
 もう、本当の意味で道は残されていなかった。《死の引き金》は僕がセーブする前に引かれていたのだから。

「いいわぁ、その絶望。もっと、もっと苦しんで欲しいくらい」
 愛沢は悪鬼の様な笑顔を浮かべ僕を見下ろしている。とことんまで精神的に追い詰めて殺したいのだろうか。だとしたら望み通りに進んでいた。

 僕はどうしようもない大馬鹿だった。
 考えれば分かる事だろうに、目を背けていた。
 セーブ時点から家族が死ぬまで十三時間しか無いのだ。
 十月の事件で九行さんのトリガーはいつ引かれていた? 何日も前ではないか。

「……夢に、中学生くらいの女の子が出てきたことは?」
 最後の力を振り絞り、質問する。
「何を言ってるの? 私の話を聞いてた? 私は今日、ここの夢を見たって言ったじゃない。あなた、本当に成績通りのバカよね」
「……そう、だよ。僕はどうしようもない馬鹿だ」
  まだ、九行さんを救う可能性は存在している。だが、唯一の希望も僕を奮い立たせるには足りない。僕が家族を殺したと言う現実の前には、微かな望みなど蝋燭の火に等しかった。

 僕の全てが闇に呑まれようとしたその時だった。

『夢だ、夢がカギだッ!』
 しゃがれた悪魔の声が僕の意識を震わせた。
 発生源は僕の部屋。スピーカーから放たれた大音量が沈みこんだ心に光をもたらした。

――夢? 夢が、カギ?

 グリードは僕に何を告げようとしているのだ。ただ一つ分かるのは、彼は何の根拠も無しに発言するような男では無い事だけだ。

「……あとで《喰おう》としたのに。鬱陶しいわね」
 愛沢が吐き捨てた瞬間、彼女の姿がかき消えた。

 直後、

『がっ……ああああああああああああああ!!』
 今まで聞いた事に無い、グリードの本当の悲鳴が鳴り響く。
 金属がひしゃげる音。プラスチックがヘシ折れる音。ありとあらゆる破壊音が周囲を揺るがした。

「グリード! グリード!」
 ポケットからぶら下がるイヤホンマイクを再び装着し、呼びかける。
『お前はっ、お前はもうトリガーを見つけているッ! 絶対に阻止しろッ! そいつは、もうただの悪魔――ッ』

  ぶつり、と悪魔の声が途切れた。

「お待たせ。生贄の近くだとこんなインチキもできるの。びっくりでしょう?」
 消えた時と同じように、突然出現した愛沢がからかいの表情を浮かべる。
 こっちは時間移動だってできるのだ。今さら空間移動してきた所で驚きなどない。

「もう、あなたに仲間はいない。一人で、絶望の中で死ぬの。家族殺しの罪も背負ってね」

  家族を殺したのは僕。
 運命は、覆せない
 死の引き金。

 既に、道は無い。

 しかし、引っかかることが一つだけあった。グリードの遺言だ。
 夢がカギ。
 僕は既にトリガーを見つけている。

 どう言うことだ。

――まさかっ。

「引きずり出させてもらうわ。あなたの内臓を」
 ようやく答えに辿りついた瞬間、愛沢の言葉が僕の思考を中断させた。

「内臓を……引きずり出すだって?」
 全てが繋がったと言うのに、ふざけた話だった。
  愛沢はコートから新しいナイフを取り出していた。恐らく、足を止められ動けない僕の腹を裂くつもりなのだ。

「そうよ。最初の子は《首》。次は手。そしてあなたは《内臓》。私が直接やらないと魂は抜けないから」
 ようやく悟る。
 この世界に悪魔はいても神はいない事を。
 もし神がいるのなら、愛沢が《僕の内臓を自らの手で引きずり出す》などと口にするわけがない。

 もはや何者かの作為さえも感じられるリセット条件を思い返しながら必死に頭を巡らせる。
 恐らく、僕が条件を満たそうとすれば妨害される。身体能力に圧倒的差がある以上、勝ち目はあまりにも低い。

「……そうやって、僕の家族も殺したのか?」
 恐怖と嘆きの表情で問いかける。一歩一歩、後ずさりしながら。
 必要なのは《隙》だ。鼻持ちならない契約者を欺く為の僅かな間隙を作るのだ。
 もうグリードはいない。一人で目の前の契約者に立ち向かわなければならなかった。

「悪い? でも、あなたも偉そうなことを言えないじゃない。私は大切な人を蘇らせる為に人を殺してる。あなただって恨みを晴らす為に三人も殺したのでしょう?」
「ぼ、僕は違う……」
 鮮血溢れる足を引きずり、さらに下がる。
 愛沢は僕が一歩下がるごとに、同じ距離を進んでいた。嬉しくてたまらないと言った表情で。

――《あの手》しかない、か。

 まさか、頭の中で最初に却下した《策》を使うことになるとは思わなかった。
 もし愛沢が僕の内臓を引きずり出そうとしなければ、こんなとんでもない事を行おうとは思わなかった。リセット条件を達成できない可能性があるからだ。

 だが、予測できる訳が無いだろう。

 相手の目的が《内臓を引きずり出して殺す》だなんて。

 そして、僕のリセット条件が――

《自分の手で内臓を引きずり出す事》だなんて。

《本文:自らの手で内臓を引きずり出した後の死亡》。
 くそったれで無機質なリセット条件メールを思い返す。
 考えが甘かった。腕の一本でも引き換えに条件を達成すればいいと思っていた自分を恨む。
 僕が自分の腹を捌こうとすれば、必ず邪魔が入り失敗する。まともな手段では達成できそうになかった。

「最後に、一つだけ聞きたいんだ」
 とうとう逃げる場所が無くなり、敷地を囲う塀が背に触れた。
「あら、意外と殊勝ね。いいわ、先生が何でも答えてあげる。最後の授業よ」

――喰いついたっ!

 最後のチャンス。命懸けのギャンブル。
 失敗すれば、ただ僕は死ぬ。九行さんも、殺される。

「……先生が起きたのって、何時ですか?」
「は?」
 予想外の質問に顔をしかめる愛沢。

――思った通りっ。

 人間、突拍子の無い質問をされれば思考が止まる。誰だってそうだ。
 質問の意味を考えてしまうから。

 問題はこれからだ。
 僕の行動が吉と出るか、凶と出るか。

 既に仕掛けは起動させた。
 あと僅か、たった数秒、僕が襲われなければ勝ちだ。

「ふざけた時間稼ぎね。そんなに死にたくないの?」
 狂気に満ちた瞳で睨まれ、緊張で体が跳ねそうになる。明らかに、怒っていた。

 頼む。気を変えないでくれ。
 このまま襲いかからないでいてくれ。

「でもいいわ。約束は守ってあげる」
 にぃ、と口角を吊り上げ微笑みかける。吐き気がする笑顔だった。

「起きたのは、そうね。朝の八時かしら。日が沈むのを待って動きだしたから」
――オーケー。もう、十分だ。
 必要な時間も、最後の鍵も僕は手に入れた。
 
 瞬間。

 視界を赤く染める光と共に、鼓膜を揺るがす炸裂音が夜の闇を引き裂いた。
 炎が、衝撃が肌を炙る。皮膚が焼け、髪の毛が燃え上がる。

 爆圧で吹き飛ぶ体、筋肉が千切れ、骨が悲鳴を上げる。途切れそうになる意識を必死で繋ぎ止める。

 必要だったのは仕掛けが起動するまでの時間だった。
 塀を乗り越えて侵入してきた殺人犯を死なない程度に足止めする為設置していたトラップが起動するまでの時間を。

 僕が用意したのはワイヤーと連動した爆弾。
 三下達を殺す為に用意した物を改造して威力を落としたものだった。

 僕は勝利したのだ。ワイヤーと連動した安全弁が抜かれ、中の薬剤が化学反応を起こして着火するまでの数秒を求める賭けに。

「馬鹿ねぇ。無駄よ、無駄なの。この中では私は死なないわ」
 煙の先から愛沢の笑い声が投げかけられる。
 シェイクされた脳といかれてしまった鼓膜のせいで、まるで地の底から響く悪魔の声に感じられた。

――せいぜい言ってろ。

 既に準備は整った。お前はたった一つミスをしたんだ。
 自分を、過信しすぎると言う。僕を見下し過ぎたと言う。

「だって、そう言う契約だもの。この中では私に傷一つ付けることが――」
  煙が晴れていく中、雄弁だった愛沢の口が止まった。
「な、何やってんのよ! ふざけないで! そ、そんなことしたらっ」
 当然だ。
 生贄の対象が自分から腹を開き、手を突っ込んでいたのだから。
 慌てて愛沢が足を踏み出すが、もう遅い。

 僕は爆発で吹き飛ばされる中、懐に仕込んだナイフで全ての準備を終えていたのだから。

 世界がスローモーションになって行く中、告げる。

「……僕の、勝ちだ」と。

 冗談みたいな量の血を噴き出す腹部から、僕はどことも知れないぬめつく物体を引きずり出した。

『行って来い……!』
 薄れ行く意識の中、微かに悪魔の声が聞こえた気がした。
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―――――――――
スタイリッシュ切腹。
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