捧魂契約のリセットスイッチ

白城海

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第七章 限界突破のソウルサクリファイス

7・護れ、大切なものを。掴め、自分自身の未来を

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 木目の天井。白い壁紙。スカスカの本棚。殺風景な部屋。
 見慣れた光景を視界に収め、僕は深く息をついた。

「グリード。今度は覚えてる?」
 僕の声は機械のように淡々としていた。
 当然だろう。リセットに成功したとは言え、一手のミスも許されない地獄のチェスゲームは未だに続いているのだ。

『……どう言う意味だ?』
「その様子だと覚えてないね。だったら頼みがある。うちの学校の数学教師、愛沢珠希の住所だ。説明はその間にするから」
 案の定、グリードの記憶は継続していなかった。
 記憶の継続条件がダメージの多寡にあると言う推理は合っているのかもしれない。

『あのなあ。お前、オレを便利屋か何かと勘違いしてないか?』
「……便利屋でも悪魔でも使うよ。家族や、君の命を救う為なら」
 ベッドから体を起こし、携帯電話の電源を入れる。
 リセット条件の確認をしなければならない。こんな所でもたついてはいられなかった。
 僕のただならぬ様子に気づいてか、グリードが舌打ちを一つ漏らす。

『どうやら、余程の事態のようだな。オレは作業に入る。三十分はかからないはずだ。お前はいつも通りの《儀式》をしろ。一字一句漏らさずにな』
 それきり無言になるグリードの元へ歩み寄り、一つずつ起きた出来事を説明する。

 家族が、九行さんが殺された事。
 リセット先でグリードが記憶を失っていた事。セーブした事すら覚えていない事。
 連続猟奇殺人事件の犯人が愛沢珠希である事。
 愛沢が契約者で、愛する者を復活させる為に多くの生贄を必要としている事。命を奪う対象は夢に出てきた人間。当初は林田達三人が生贄になるはずだったのが、僕の行いのせいで家族が狙われた事。
 犯行現場は外界から隔離され、相手は無敵の力を得る事。

 そして、どうにか隙をついてリセットした事。

『なるほど、な。それでお前はどうするつもりなんだ?』
「《今から愛沢を殺しに行く。夢を見る前に》」
 以前、グリードは言っていた。浅い眠りであるレム睡眠中に人は夢を見る。しかし、その夢が映像や音声として構築されるのは目が覚める一瞬の間だと。

 ならば、夢を見る前に即死させれば《死の引き金》は解除できるはずなのだ。

『おいおい、さっきと言っている事が違うじゃあないか。お前の話ではトリガーは林田の死だと言っていたろう?』
「僕もそう思ってた。だけど、違うって言ったのは君自身なんだよ」
《取り消した世界》での彼の遺言を思い返す。

『夢だ、夢がカギだッ!』『お前はもうトリガーを見つけている!』

 目の前にいる悪魔は意味の無い事は言わない。彼は勝機があるからこそ命懸けの叫びを上げたのだ。
「九行さんの事件の事、覚えてるよね。僕がロト6をわざと外そうとしたのに九行さんが当てちゃったこと。多分、同じなんだ。例え林田達を僕が殺さなくても、愛沢珠希が次に見る夢はきっと、僕の家族だ。林田達三人を殺した後、僕の家族を殺しに来るはずなんだ」
 きっと僕の家族を殺した後は九行さんの家が狙われる、と心中で補足する。

「だったら逆に、こうも言えるよね。《林田達の生死は夜澤家の死の引き金とは無関係》って」
 確信はあった。今までに乗り越えてきた試練が、積み重ねてきた経験が正しいものであると。

『まさか。いや、待て……あながち的外れでも無い、か。よくもまあ、その答えに辿りついたな』
「君のお陰だよ」
 彼がいなければ、僕は自分が《引き金》を引いたと思い込み絶望していただろう。リセットする意思さえ失っていたかもしれない。
 グリードの叫びがあったからこそ、今僕はここにいる。

『確かにお前の言う通りだ。夢を見た瞬間に殺意を抱いたとすれば、愛沢珠希とやらの《夢》がトリガーとなりうる』
「林田達に関しては分からないけど、他の被害者に愛沢は何らかの感情は持ってないはずなんだ。最初は女子大生、次に男子中学生、その後は僕の家と九行さん達だから。接点が無ければ殺意が生まれるわけが無い」
『あぁ。今、住所と並行して調べているが、関連性は全く見えない。契約が生み出した場当たり的犯行とみて間違いないようだな』
 ならば、まだ勝ち目はあった。なんと言っても悪魔グリードのお墨付きだ。
  愛沢が目を覚ましたのは午前八時。

 寝ている間に即死させれば家族の、そして九行さんの《死の引き金》は解除されグリードも無傷でいられる。

『だが、方法はどうする。一撃で生命活動を停止させるのは難しいぞ。人間はそう簡単には死なない。ギロチンで首を落とした後でさえ数秒間は意識があったと言う記録もある』
 グリードの言う事も最もだった。
 例えマンションの屋上から飛び降りても、心臓を突こうと、業火に焼かれようと、首を吊ろうと、腕を斬り落とそうと、内臓を潰されようと、腹を引き裂こうと、人はそう簡単には死ねない。

 だが、たった一つだけ手段がある。
 人間を一瞬にして殺す方法が。

「狙いは、ここだよ」
 こめかみを指差し、答える。
 既に僕は経験していた。自分の脳が刺し貫かれ、かき回される事を。
  実行最中は途方も無い長さに感じたが、思い返せば一瞬だ。
 ドリルが脳に到達してすぐに意識が混濁し、言葉が紡げなくなり、全てが消し飛んだ。特急列車に轢き殺される次くらいには楽な死に方だったと思う。

「うちの工具箱を探せば出てくるはずなんだ。十五センチくらいありそうな錐がね」
『なるほどな。そいつで眼窩から脳を直接狙う訳か。だが、爆弾を使った方が手っ取り早くないか?』
 グリードの言葉でクローゼットに視線を向ける。中には三下達を殺す為の爆弾が並べられている。
 庭に仕掛けたような威力を落とした物ではなく、殺す事を目的とし、金属片を混ぜ込まれた本物の兵器が。

「駄目だよ。騒ぎになったら《リセット条件》が達成できない」
 携帯電話を弄びながら嘆息する。
 今回も相変わらずサディスティックな文言が並んでいた。

『確かに、な。その条件だと、警察に捕まれば年単位でリセットは出来ないだろう。本当はパイルバンカーか消音器付きの拳銃でもあれば楽なんだがな』
「無い物ねだりをしても仕方ないよ。僕は、出来る事をやるだけだ」
 目に打ち込むのはドリルではなく杭打ち機のほうが良かったかもしれない、と雑念がよぎる。だが、過ぎた事を考えても仕方なかった。今から武器を準備する時間が無いのと同じだ。余計な事は振り払わなければならない。

 何故なら、結局のところ僕が行うのは殺人でしかないからだ。

 僕は、家族や恋人を守るために愛沢の命と望みを奪い去ろうとしている。
 愛沢は、彼女の大切な人を救うために多くの命を奪い去っている。
 僕と愛沢は、結局のところ同じなのだ。

『迷いを捨てろ。倫理など投げ出せ。こいつはもはや戦争だ。何の代償も無しに勝つ事は出来ない生存競争だ。互いの望みを、祈りを、命を賭けた奪い合いだ。それに、もはや愛沢珠希は人としての魂を失いつつある。ならばお前はどうする?』
 沈みそうになった僕に気付いたのか、グリードが問いかける。
 だが、聞かれるまでも無い。僕の意思はもう、決まっているのだ。

「大切な人たちを守るために、戦う。例え人の心を失ったとしても。だって、僕はその為に《リセット》したんだから」
『グッド。その決意を忘れるな。それに安心しろ。お前は間違いなく人間だ。今の段階で《エクステンドメール》が来てきないのだからな』
「どう言う意味さ?」
『人を殺す事で得たものなど自分の成長になどならないと思っているんだろう。そんな物、乗り越えるべき壁じゃあ無いってな。馬鹿みたいに優しい奴だよ……っと、住所が分かったぜ』
 相談は終わりとばかりにモニターが点灯し、幾つものウィンドウが開かれる。

『思いの他近所だな。ついでにサービスだ。お前にとって必要な情報を纏めておいた』
  瞬間、自分自身の目を疑った。グリードの声も聞こえないほどに。
 彼が提供した《サービス》を見たせいだからではない。
 もっと、異質で、重要な物だ。

「どう言う、事さ」
『何か気になる事でもあったのか?』
「気付いてないのっ? この住所。この写真……」
  グリードが調べ上げた場所を、僕は知っていた。なんと言っても、近所なのだから。

 防犯管理がいい加減な古びた建物。部外者でも簡単に立ち入れる欠陥構造。

《取り消した世界》で九行さんと深夜に語り合った屋上。

 同時に。

「僕が最初に飛び降りたマンションじゃないか!」
 愛沢珠希の住んでいる住所。そこは、全ての始まりの場所。
 僕が最初にリセット条件のメールを受け取ったマンションだったのだ。

『なるほどな。最終決戦には相応しい場所じゃあないか』
 心底楽しそうに笑う悪魔。呆れてしまう。
 僕が失敗すれば死ぬかもしれない可能性を考えているのだろうか。

『業か因果か因縁か。運命はお前の最後の戦いをそこに選んだ』
 くつくつと喉を鳴らしながらグリードが詠う。いつものように現れた幻影は、声と同じように笑っていた。

『ならば、決着を付けてやれ。ありとあらゆる試練を乗り越えた今のお前に不可能は無い。あらゆる道が塞がれた絶望の中で僅かに輝く光へと辿りついたお前なら!』
  悪魔が僕の手を握り、じっと見つめる。
そして彼の金色の瞳に宿るのは、信頼の色。

『今こそ、全てを終わらせる時だ』
 全ての終わり。最後のリセット。
 残り人数はたった一つ。愛沢を殺し、《死の引き金》を引いた後に僕がリセットする為の物しか残されていない。

 つまり、実質的には最後のチャンスなのだ。

 分かっている。

 ここまで来たら、もう誰にも止められない事くらい。

 強く頷く僕へと笑いかけ、グリードが、握り締めた僕の手を天へと振り上げる。

『さあ、その手でお前は何を掴む。家族の命か、それとも希望か? いいや、どれも違うね』
 再び金色に輝く両の眼で見つめられる。
 目と目が合う数秒の沈黙。
 そして、高らかに、天を突き破るかのように彼は宣言した。

『答えは《未来》だ。誰の為でも無い、お前自身の未来を掴み取るんだよっ!』
 未来を、掴む。後悔だらけの過去を振り切り、僕が望む僕自身の未来を。

「……そのつもりだよ」
 意識せず、口に出していた。
「必ず、やり遂げて見せる」
 掲げられた右手を強く握り返し、僕も宣言する。
 答えに満足したのか、彼の興奮はさらに増していく。

『エクセレントッ! そうだ、お前ならできる。自分を信じろ。何故ならお前は――』
「最高の契約者だから?」
『……っ?』
 勢いを挫かれたグリードが鼻白んだのが手に取るように分かった。普段の彼ならば遮られた事により激昂してもおかしくは無い。

 だが、今日の彼は違った。

 満面の笑みを浮かべ、こう返してきたのだ。

『最高って言葉でも足りないくらいだ』と。
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今、事象の地平を撃て!みたいな。
今日の更新はこれで終わりです。お疲れさまでした。
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