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第七章 限界突破のソウルサクリファイス
8・振り返ってはならない
しおりを挟む『オレを連れていかないってどう言うことだ?』
非常階段を駆け上がりながらグリードの言葉を思い返す。
僕は、今回の計画に彼を連れていくのを拒んだ。イヤホン越しとはいえ、会話だなんてとでも出来ない。
それに、《取り消した世界》で愛沢はグリードの気配を感じ取っている素振りを見せていた。ならば、少しでも気付かれる可能性は減らしたい。そう説得し、携帯電話は家に置いておくことにしたのだ。
――そんな理由、こじつけなのに。
本当の所は、彼に僕が殺人を犯すのを見られたくなかっただけ。三下達の時と同じだ。友達に、汚い姿を見せたくないと言うただの我儘だった。
『ならば、忠告だけはしておく。愛沢や悪魔が何を言おうと耳を貸すんじゃあないぜ。悪魔は人の心に付け入る。自分を保たなければ、喰われるぞ』
おかしな話だった。僕がやらなければならないのは目を覚ます前に愛沢を殺す事なのだ。
相手が話せる状態になった時点で僕の敗北だと言うのに、妙な事を心配する。
『オレの見立てでは悪魔は《愛沢と一体化》している。殺しても油断するな。既に人間ではない可能性だってあるんだからな』
彼の優しさを噛みしめながら、僕はようやく屋上へと辿りついた。
愛沢の部屋は最上階にある2DK。
グリードが手に入れてきた来た間取り図を頭に浮かべる。
カギは当然掛っているので、窓から侵入するしかない。それも、寝室となっているであろう部屋から離れている方が理想的だ。
『サービスは気に入ってもらえたか?』
彼が愛沢の住所と一緒にモニターに表示した《サービス》とは空き巣の手口を纏めたものだった。
音の出ない窓の割り方、泥棒がどうやって入ってくるかなど事細かに書かれている記事。逆を言えば、人に見つからないように住居に侵入する方法でもあったのだ。
間取り図と屋上から見下ろす光景を重ねながら考える。
――やっぱり、トイレからかな。
トイレには、人間が一人滑り込めるかどうかという小さな窓が付いていた。理想の侵入経路と言えるかもしれない。
ショルダーバッグから古雑誌を縛る為のビニール紐を取り出し、何重にも結わえる。自宅にロープが無かった為の代用品だが、僕の体重くらいなら支えられるだろう。グリードが送ってくれた情報には、体全体に引っかけて命綱にする為の結び方も入っていたが、練習する時間は無かった。
スパイ映画の様なアクロバティックな作業が僕に出来るだろうか。だが、やるしかない。手摺と左手にそれぞれ紐をくくりつけ、両の手で握り締める。
壁に足をかけ、体重を預けながらゆっくりと降下。二メートルほど下りた所で目標の窓へと辿りついた。
幸いなことに、防犯対策の金網などは窓に仕込まれていないようだった。
――勝負はここからだ。
何せ、ぶら下がる為に片手が塞がっている。音も無く窓を割ると言う作業を右手一本で僕は行わなければならない。
右手を離すと分散されていた体重が左手に集中し、ビニール紐が喰いこむ。防寒用の手袋でガードしているとは言え痛みはあった。
――構わない。痛いのは慣れてる。
肩にかけたバッグからガムテープを取り出し、右手と口を用いて引き剥がす。
何度も失敗しながら、テープを窓へと貼り付ける。
気が遠くなるような作業。
何度も手が滑り、ガムテープを取り落としそうになる。左手は痺れ、もはや感覚は無い。
それでも、諦めれば無意味な死が待っている。
――大丈夫、やれる。僕なら、出来る。
やっとの事でテープを張り終えたが、息をつく暇は無い。
額からは汗が吹き出し、左手は千切れてしまいそうだった。
テープをバッグにしまい、雑巾を窓へと押し付け、さらにぴったりとテープで固定する。これで下準備は完了した。
――後は、割るだけ……っ!
金槌を取り出し、軽く窓へと叩く。予想通りほとんど音は無かった。安全を確認し終え、再び振りかぶり強く叩きつける。
鉄の塊が叩きつけられる鈍い音が響く。
思っていたより小さな音だった。だが、今の僕にはやけに大きく感じられた。
何はともあれ、窓は砕けたので善しとする。
金槌をバッグに放り込み、慎重にガムテープを剥ぎ取る。
これが、グリードの《サービス》に書かれていたものの一つだった。
テープで固定されている為、硝子片は飛び散らないし、雑巾によって防音もされている。
『昭和のやり口だな』
とはグリードの弁だが、有効だったようだ。
雑巾とテープを剥がすと、窓には腕がすっぽりと収まる穴が出来ていた。
――あと、少し。
ゴミをバッグに放り込み、歯を食いしばって右腕を伸ばす。
感覚を頼りに鍵を見つけだし、解錠。
ここまでにどれだけの時間がかかった。
休日の住宅街とは言え人通りがゼロと言う訳ではない。もし警察に通報されてたらすべて水泡に帰すのだ。
――考えるな!
自分に言い聞かせ、開けた窓へと体を捻じ込む。《もし》だとか《最悪の事態》を想像するくらいなら体を動かすべきだ。
トイレに体をねじ込み、左手に縛りつけたビニール紐をナイフで切断する。
第一段階、クリアだった。
とは言っても既に体はガタガタで肩で息をしている状態。
こんなにも呼吸を乱していては近付いただけで起きられてしまうかもしれない。
引っかけてあったタオルで汗を拭き、芳香剤の臭いを嗅ぎながら何度も深呼吸する。
ようやく呼吸が落ち着いた事を確認し、僕はそっとトイレのドアを開けた。
■
『サイコパス診断を知っているか?』
ベッドに寝転がり、九行さんから借りたゲームをプレイする僕にグリードが話しかけてきた。
いつもの退屈凌ぎの雑談だろう。
「知らないけど、何それ?」
『なぁに、ただの頭のイカれた奴を診断するテストだよ。例えば、お前は今一人で家にいるとする。そんな中、凶悪な武器を持った強盗が侵入してきた。お前に武器は無い。そんな時、お前はどこに隠れる?』
「どこって、クローゼットは開かれるだろうし、だったら屋根裏とかトイレとか? とにかく絶対に犯人が探さない場所に隠れるよ」
『あぁそうだ、普通ならそう答える。だがな、イカれた奴はこんな答えをするんだ』
意地悪そうに喉を鳴らしてしばし沈黙をした後、彼はこう言ったのだ。
『《ドアの後ろ》ってな』
■
そっとドアを開け、前方を確認する。
どうやら脱衣所のようだ。左には風呂場、右のドアを開ければ廊下に続くはず。
胃が締めつけられるように痛んだ。既に相手の領域、腹の中にいるにも等しいのだ。
勿論、ここが夢に描かれた犯行現場でない以上、相手にバケモノの様な力は無いはずだ。
それでも、奴がイカれた連続殺人犯で、なおかつ幾つもの凶器を隠し持っているのは事実。
細心の注意を払い、廊下へ続くドアのノブに手をかけようとした――
――その時だった。
僕の背後で、物音が鳴った。
何かが動く音、機械のスイッチが入るような音。
思わず飛び跳ね、体が硬直する。
――何、だ?
《ドアの後ろ》
《サイコパス》
《イカれた奴》
いつか雑談の中で聞いたグリードの言葉
《ドアの後ろ》
何度も頭の中で繰り返される。
《ドアの後ろ》
振り返ってはならない。
《ドアの後ろ》
見たら、死ぬ。殺される。
《サイコパス》
だが、見なくても同じだ。背後から襲われ、殺される。
《愛沢珠希は、連続猟奇殺人犯》
ならば、答えは一つしかない。
ゆっくりと、首に力を込め――
僕は、振り返った。
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――――――――
※注意
犯罪の助長をする気は無いので、昭和の手口を使いました。
最近の窓ではそんなに簡単に行くものではないので真似するのは止めましょう。
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