捧魂契約のリセットスイッチ

白城海

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第八章 運命叛逆のファイナルリープ

2・その呪縛は、オレが打ち砕く/5:48

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 十月六日のあの日。
 悪魔と契約した瞬間、《林田達との遭遇》を回避した僕のトリガーは再び引かれた。
 グリードと契約した事により、僕の死が確定したのだ。
 ただ、定められた死の中でも僕に出来る事があった。
 死に方を選ぶことだ。リセット条件通りに死ぬか、抗って別の形で死ぬか。

「《リセット条件》メールは予言だった。予言の内容は、僕の死に方。違う?」
『……ふざけている。どうやら今のお前に何を言っても無駄なようだな』
 再び返答を避けるグリード。無視して言葉を続けてやる。
「けど、予言は百発百中じゃない。それも分かってるんだ」
 運命の流れに逆らおうとしなければ、ほぼ確実にメール通りに死ぬ。
 落石が起きたように。ウィスパーに喰われたように。
 だが、リセット条件に逆らっても、必ず死んでいただろう。その場合の死はリセットなど起きない《純粋な死》だ。

「僕には常に失敗のリスクが付きまとっていた。中途半端に運命を知っているせいで。何も知らなければ《リセット条件》通りに死んでたんだろうけどね」
 だからこそグリードは能動的にリセットさせるよう、挫けそうな僕を煽り続けた。
「何故なら、僕が腕を斬り落とすのに失敗した時、柄にもなくグリードは焦ったんだ。自分が死ぬと聞いても顔色一つ変えない君がだよ。何故か、答えは簡単。《リセット条件》を満たしていない僕が死ぬと困るからだ」
 今まで起きた出来事が、聞いた言葉が、ジグソーパズルを組み合わせるように高速で繋がっていく。
 喉が痛み、声がつっかえそうになる。胸が苦しくなり、息ができなくなる。
 それでも、僕は言葉を繋げていくことを止められなかった。

「《取り消した世界》で悪魔から聞いたんだ。悪魔は、契約を行使する度にエネルギーを得るって。その為に僕を騙して操り続けてたんだろ!」
『そんな戯言をお前は信じた訳か。そんな馬鹿げた事をオレの言葉より信じる訳か……!』
 すっ、と怒りに肩を震わせる悪魔の幻影が姿を現した。硬質な唇を噛みしめ、屈辱に表情を歪めているようだった。
『いい加減目を覚ませっ! 他の悪魔がそうかもしれない。だが、オレは例外だ。お前がリセットした事で得られるエネルギーなんて存在しない。何故なら、時間が巻き戻るからだ。オレにとってお前がリセットを繰り返すメリットなんて存在しないんだよ!』
 鉤爪のような指が僕の肩を掴み、喰いこむ。
『いいか、落ち着け。悪魔は人の弱みに付け込み、魅了する。お前が何を言われたのかは知らない。だが、オレの事が信じられないって言うんなら好きにすればいい』
 肩を掴んだ腕が、僕を強く突き放す。
『オレはお前の選択を尊重し、今後裏切り者の契約者が勝手に死ぬまで見ているさ』
 まるで拗ねたかのように後ろを向き、言い捨てる。
『十秒時間をやる。その間に決めろ。共にいたオレを信じるか、降って湧いたような他の悪魔を信じるか』

 共にいた彼か、僕を喰らったウィスパーか。
 彼の怒りが演技とは思えない。だが、僕の疑念が全くの杞憂である根拠もないのだ。

『オレを信じろ。どこのどいつに何を吹き込まれたかは知らない。だが、このオレが、お前の友が必ずその呪縛を打ち砕いてやる……!』
 背を向けたまま静かにグリードが続けていく。いつもの謳うような口調ではなく、苛立ちが混じっていた。
『《嘘を吐かない》契約を忘れたか? いつだかの事を思い出せ。オレは《契約にデメリットはない》と口にしたはずだ』

 そうだ。彼は間違いなく言った。契約にデメリットは無いと。
 僕たち三人のコンビが結成された日。ロト6を狙う事を思いついた日のことだ。
《互いに嘘を吐かない》契約が僕たちを縛る以上、グリードの言葉に嘘は無い。

『オレとお前は何だっ! 相棒だろう? 友だろう?』
 僕がどんなに傷ついた時でも傍にいてくれた相棒。
 たった一人の友人。
 そして、互いに嘘を吐かない契約。

 疑心暗鬼に駆られた心が静まり、ささくれ立った感情の渦がゆっくりと収まって行く。

『さあ、十秒が経過した。選べ、お前が信じる者を。オレか、それともデタラメばかり吐き続ける悪魔かをっ!』
 再び僕へと体を向け、グリードが高らかに宣言する。
「答えは、決まったよ」
 そうだ。僕が選べる答えは一つしか無かったんだ。
 悪魔の囁きに惑わされ、大切なものを見失う所だった。
 考えてみればとてもシンプルな問題だったのだ。迷う必要なんて、どこにもない。

「僕は……」

 グリードの瞳を見詰めたまま、しっかりと口にする。

 ごめんよ、グリード。君の事を疑ったりして。

 だって、君は最初から――


「僕自身が掴んだ答えを信じる。君が、僕を騙してるって言うたった一つの答えを」


――疑うまでもなく、僕に嘘を吐いていたのだから。

『ああ、そうかい。お前はオレより見知らぬ悪魔を――』
「それ以上喋るなっ!」
『あぁ? 黙るのはテメェだよ! オレが喋ってんのにクチ挟むんじゃねぇって何度言ったら――』
「演技は止めろっ、黙れよッ!」
 ベッドから立ち上がり、悪魔に向けて横薙ぎに腕を振るう。
 幻影は煙のように吹き飛び、やがて再び僕の前へと立ち塞がった。

「グリード。君は今、ミスをしたんだ。不要な事を口走ってしまった」
 だから、気付けた。彼の怒りが演技だと言う事に。本当は、言葉を遮られたくらいで激昂なんてしない事に。
 そして、ようやく辿りついた。悪魔がどうやって僕を騙したのか。

「《互いに嘘を吐けない契約》は絶対だ。だけど、《契約にデメリットは無い》って言葉は――」

 冷たい瞳で僕を見下ろす幻影を睨みつけ、口にする。

「九行さんに向けられたものだった。彼女にだったら嘘は言える。僕と同じように」

 嘘を言えない契約は、僕とグリードの間に交わされた物だ。
 例え僕の目の前でとは言え、九行さんに向けられた嘘は、契約には縛られない。

『……お前は、オレの事を友人と思ってくれていると思っていたのにな』
 心底残念そうな口調のグリード。思わず鼻で笑ってしまう。
「何が友人だ。そう思い込ませるために僕に《もう一つの嘘》を吐いたくせに」
 言葉を一つ発する度に、身が千切られ、心が引き裂かれていく。
 友を疑い、受け入れがたい真実を直視し、相棒だった男を糾弾する。自分自身を切り刻んでいるかのようだった。

『だから言っているだろうが。《契約》がオレ達を縛っている以上、嘘は言えないと』
 心の痛みに震える僕と違い、グリードは相変わらずの冷静さだった。
 声の苛立ちは隠せていないが、僕よりはずっとましだ。

 だからこそ、癇に障った。

――あんな大嘘を言っておきながら。
 ずっと僕を騙しておきながら平然としている悪魔に怒りの炎が燃え上がっていく。

「《僕と一緒に過去を遡る》」
 炎と共に放った言葉に、悪魔の顔色が変わった。
『何を、言っている?』
「他人と違う時間を生きる者の気持ちなんて、誰にも分からない」
 命と引き換えに《リセット》する僕の気持ちは、誰にも理解されない。家族でも、そして愛する人でさえも。

「僕と同じ時間を過ごす者以外はね」
 孤独に《リセット》を繰り返す僕の理解者は、グリードだけだった。そう思い込むように仕向けられていた。

「一度だけ、君が全く口を開かない時があったんだ」
 九行さんが殺され、僕が衝動的に焼死した時のことだ。
 僕がどんなに話しかけようとも、次のリセットまで彼が口を開く事は無かった。

「理由は簡単。僕に孤独を実感させたかったからだ」
 僕の無力さを実感させ、一緒に時間を共にする相手を理解させるため。そして彼に依存させるためだったのだ。
「人が何より恐れるのは、絶望より《孤独》だ。だから君は《僕と一緒に時間を移動するフリ》をずっとしていた。僕の友達であるため、理解者であるため」
 膨らんでいく疑惑が、巨大なうねりとなり過去の記憶を呼び覚ます。
 彼が嘘を吐いていると言う証拠。そして僕をだまし続けていたと言う確かな事実と一緒に。


「最初から、君の記憶なんて継続していなかったんだよ。ただの、一度たりともね!」
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