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第八章 運命叛逆のファイナルリープ
5・滅びの先で見つけた光/5:59
しおりを挟む『いい面構えだ、最高の絶望だ。さあ、お前はこれからどうする。このまま自ら死を選ぶか、それとも運命が殺しに来るのを待ち続けるか。オレはどっちでも構わないぜ。死体になったお前から魂を頂くだけだからな』
頭を掻き毟る僕へグリードが高らかな笑いと共に両腕を広げる。今にも踊りだしてしまいそうなほどだった。
『ついでに、もう一つだけ教えてやるよ。気付いていないようだからな』
これ以上ないほどに突き落とされた僕に、グリードが最後の絶望を投げかける。
僕の勝利の可能性を、ゼロにするとどめの言葉を。
『契約後に吐いたオレの嘘を見つけたら、どうなると思う?』
「……お前は、消えてなくなる。契約ごと」
瞬間、気付く。当たり前のことに。愛沢珠希の部屋で口にしていた筈なのに。
「……僕も、死ぬ?」
『そうだ。何故なら、オレとの出会いも《体験版》も無くなるんだからな。パラレルワールドだなんて下らない期待は捨てろよ? そんな物があるのなら、過去改変など無意味だ。
世界が分岐するなら、過去を変えても今のお前が置かれている状況は変わらないのだからな』
《嘘を吐けば過去から未来に渡り、存在は消滅する》。
《グリードが消滅すれば、僕と真帆は死ぬ》。
もう、何も考えたくなかった。
このまま死んで楽になってしまえればいいのに。
消え去ることが出来ればいいのに。
――消え、去る?
先の見えない暗闇の中で、何かが光った。
希望のように光り輝く美しい物では無い。
人を惑わす、禍々しい輝き。
「……グリードの嘘を暴いても意味は、無い」
『その通りだ! そもそもオレは契約後のお前に嘘なんて一言も吐いちゃあいないがな』
彼の言う事は真実なのだろう。グリードは、嘘を吐いていない。
例え嘘を見つけ、暴いたとしても真帆は守れない。僕も、死ぬ。
――だけど。
「僕が、お前に嘘をついたら……?」
悪魔の誘惑よりもさらに背徳的な閃きが頭を駆け抜けた。
魂ごと吸い込まれて行ってしまいそうな手段。抗いようのない魅惑。
眉を潜めるグリードに向かって、ゆっくりと告げる。
「みんな、助かる。僕、以外」
全ての《死の引き金》の原因は僕にある。
ならば《僕が最初からいなければ、誰も死ぬ事は無い》。
愛沢の凶行は止められないかもしれないが、僕と言う最大のトリガーが消滅する事で現在は大きく変わることになるだろう。
つまり、《僕が消えれば、みんなは助かる》。
悪魔グリードの目論見も潰す事が出来る。
『そいつはお勧めできないぜ。契約違反の先は《死より辛い永遠の絶望》だ。魂の牢獄に繋がれ、お前のいない世界をただずっと見せられる。例え九行あかりが再び死のうとも、狂う事も許されず、動く事も喋る事もできず、ただ世界を見つめ続ける』
「……関係、無い」
『早まるな、考え直せ。信じて貰えないかもしれないが、オレはお前の事を尊敬さえしているんだ。今まであらゆる絶望を撥ね除け、《取り消した世界》で悪魔の手からも逃れたお前の事を。
オレでも信じられないほどの成長を遂げたお前の魂がこの世界から消えてしまうのは、《あんな所》に囚われるのは耐えがたい』
「だから、お前に喰われろって言うのか?」
『命、そして魂は循環する。こいつは自然の摂理だ。お前の魂はオレの一部となって生き続ける。そして、お前がトリガーを引いて殺した者たちの魂もだ。ずっと、一緒になれるんだ。一つの幸せの形だとは思わないか?』
蝋燭喰らい。ウィスパーの言葉が耳に蘇る。
悪魔グリードは残機数を使い切った僕の魂の他に、家族や九行さん。そして林田達や愛沢までも喰らうと言うのか。
「まさに《強欲》だ」
『《飽食》と言わない辺りがお前らしいな。だが、あまりオレを困らせないでくれ。もういいだろう。十分人生を楽しんだじゃあないか。神にもなれる力を行使し、良い夢を見ることができただろう?』
悪魔が、囁く。ウィスパーのように。心を縛りつけるように。
引き込まれそうな金色の瞳でじっと見つめてくる。
「そう、だね」
彼は、良い夢を見せてくれた。
一度は死んだ僕を助け、チャンスをくれた。
「決めたよ」
静かに、告げる。
「僕は、僕自身の存在を賭けて、みんなを救う。君が与えたリセットスイッチの力じゃ無く、僕が決めた《契約の力》で」
悪魔の顔色が、変わった。
『ふざけるなよ……!』
「ふざけてなんか、いないよ」
返す言葉に、力は無い。それでも、心を覆う絶望から逃れる方法は一つしかなかった。
例え選択の先に死よりも恐ろしいことが待っていようと、僕のせいで何人もの人が死んだという事実を受け入れる事は出来ない。
ならば、全てを覆すしかないではないか。
《取り消した世界》で九行さんと見た映画の事を思い出す。
映画の主人公は絶望の未来を受け入れ、愛する人の幸せな最期の為に奔走した。
結局、僕も同じだった。全てを受け入れ、大切な人の為に自分を捧げる。
「今まで、ありがとう」
不思議だった。ずっと僕を裏切っていた男に、僕はありがとうと口にしたのだ。
生きる為に彼は人を喰らう。上質な栄養素にする為に僕を育て、絶望させる。
とてもシンプルで、ブレのない彼に僕は好感さえ持っていたのだ。
そして、彼も同じなのだろう。
口にした《友情》や《尊敬》と言う言葉に嘘は無い。ただ、立場が違っただけなのだ。
捕食者と、被捕食者。僕は敗北し、逃げ場を失った。だから殺される。それだけだ。
「だけど、僕はやっぱり人間だ。ただ食べられるだけなんて、出来ないよ」
それでもなお、抵抗を止めるつもりは無かった。
契約違反が一時しのぎの逃げでしか無い事なんて分かっている。僅かとは言え、愛沢に殺される可能性だって残っているのだ。だが、全てが確定してしまった今よりは遥かにマシだと言えよう。
もう、楽になってしまいたかった。
「……さよなら」
全てを終わりにする《嘘》を放とうと、口を開く。
グリードが何かを叫び、遮ろうとするが僕の耳には届かない。
――これで、いいんだ。
一度死んだ僕が、ほんの二カ月とはいえ人生をやり直せた。
九行さんとロト6を当てようとした冒険。
僕を殺した相手への復讐。
愛する人と心が通じ合った充足感。
全ての記憶が映像として、頭の中を駆け巡る。
何もかもを失った僕に、もう怖い物なんて無かった。
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