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第八章 運命叛逆のファイナルリープ
6・生への渇望/6:01
しおりを挟む「……さよなら」
全てを終わりにする《嘘》を放とうと、口を開く。
グリードが何かを叫び、遮ろうとするが僕の耳には届かない。
これで、いいんだ。
一度死んだ僕が、ほんの二カ月とはいえ人生をやり直せた。
九行さんとロト6を当てようとした冒険。
僕を殺した相手への復讐。
愛する人と心が通じ合った充足感。
全ての記憶が映像として、頭の中を駆け巡る。
何もかもを失った僕に、もう怖い物なんて無かった。
息を吸い、喉を震わせる。
だが――
「……出来ない、よ」
僕の喉から漏れたのは、あまりにも情けない言葉だった。
「嫌だ、死にたくない。まだ、生きてたいよ」
自分でも疑問だった。
大切な人を守るためにこの身を捧げる覚悟を決めたと言うのに、どうして僕は「死にたくない」などと口にしたのだろうか。
僕が消えれば全てが解決する。そんな事は分かっている。
勿論、恐怖など無い。死ぬ事は怖くない。
理屈でも感情でも無い。
ただ、死にたくなかった。生きていたかった。
『恥じる事は無い。それが今のお前だからだ。人間として当然の事に目覚めただけだ』
惨めさに顔を歪ませる僕に向かって、グリードが満足そうに笑う。
『幾つもの壁を乗り越えた達成感、そして人を愛し、愛される喜びを知ったお前が、残機数ゼロで自殺する事なんて出来る訳が無い。悪魔と契約しながらにして《健全》に強くなった証拠だ』
他人と話す事で自分の世界が広がって行く快感。
今まで拒否していた物が温かく心に染み込んでいく多幸感。
九行さんの声を聞き、顔を見た時の胸の高鳴り。
生きる喜び。そして、生きているからこその痛み。
全てを捨てて、消え去る事は、今の僕に出来そうもなかった。
『死にたくないのに、死ぬ。それがお前の《最後の絶望》だ』
悪魔の言葉で、身体の全ての力が抜けてベッドへと倒れこむ。
死にたくない。
生きていたい。
例えこの先にどんな絶望や困難が待っていたとしても。
二度とリセットできないのだとしても、生き抜きたい。
生きていれば、立ち向かうことができる。
解決に向かって進むことができる。
だけど、死んでしまえばそこで終わりなのだ。
考える事も、悲しむ事も、悔む事も、喜ぶことも、笑う事も出来ない、完全なる無。
「……ここまで、全部計算だったの?」
『お前を信じていたから、ここまで追い込めた』
彼と出会ったばかりの僕は、自分の置かれた環境に立ち向かうことなく最悪の結末を迎え、死を選んだ。
『死を望み、選んでいたお前が今では生きる事を望んでいる。美しいとさえオレは思う。よくぞここまで辿りついた、と褒めてやりたいくらいだ』
鉤爪が、そっと頭を撫でる。
彼にとって、僕はもう自暴自棄になって自殺するような愚かな存在では無いらしい。
歪んだ信頼が、どこか可笑しかった。
「僕はまだ、生きている」
悪魔の手を振り払う力も、今の僕にはない。
それでもまだ、生きている。心臓が動いている。生きたいと考える事が出来る。
『オレとしては、早く死んでくれた方が手っ取り早いんだがな』
「また起き上がって噛みついてやるさ」
『口だけは達者だな。出来ると思っているのか? その青ざめた顔で。震えて丸まった体で?』
嘲る悪魔の言う通りだった。
今の僕には、ベッドから起き上がる力もない。
ただ、死にたくないと願うだけの無力な肉の塊だ。
力が、欲しかった。
リセットスイッチの様な常軌を逸したものではない。
もっと純粋な、戦う為のもの。
立ち上がり、生きる残る為の意志が。
――生きたい。
強く、願う。生物としての、純粋な本能。何人もの命を奪ってきた僕の我儘。
それでもまだ、僕を起きあがらせるには足りない。
――生きて、九行さんを護りたい。家族を、助けたい。
純粋に、願う。
両親への、妹への、九行さんへの想いが、全身を巡る血液に熱を与える。
ベッドに手をかけ、震えの止まらない体を起こす。呼吸は荒く、酷い寒気が全身を襲っていた。
――まだ、足りない。
僕を立ち上がらせる為には、生き残るための戦いを挑むにはもっと《何か》が必要だった。
――死ぬ事は、怖い。だけど、逃げるのはもっと怖い。目を背けちゃ駄目だ。現実を、自分の前に立ちふさがる壁を真っ直ぐ見なくちゃ。
僕のせいで大切な人たちが死んでしまう。
胸を締めつける後悔。自らの愚かさに怒りさえ覚える。
――僕はまだ生きている。体を動かす事も、考える事が出来る。だったら、やる事は一つしかないだろ。
絶望を恐れてはならない。自分を嫌悪してはならない。誇りを捨ててはならない。
――全部、飲みこんでやる。それが僕が今生きているって事なんだから……!
《前へ進む意思》が体の震えを止める。
足を伸ばし、床を踏みしめる。
――まだだ。まだ、足りない。
もっと、もっとだ。
心を奮わせろ。思い出せ。僕が生きる意味を。僕が何度もリセットしてきた理由を。
――「私、思うんだ。《人は、困難を受け入れて強くなる》って」
兄の裏切りを受け入れ、強くなった少女の言葉を思い出す。
――「全部、ミライさんのお陰だよ」
愛する人の、甘い声。
――「私さ、ミライさんの事……好きだよ」
残った力を振り絞り、立ち上がる。
悪魔が怪訝な顔をしているが、気にしている余裕は無かった。
心を奮わせるにはまだ足りない。
思い出せ。僕が立ち上がる理由を。運命に、悪魔に抗う理由を。
――「ねぇ。お願いだから卑下しないで。私の中でミライさんはヒーローなの!」
ヒーロー。主人公。僕には最も縁遠いもの。
だけど、今だけ。今だけで良い。物語の主人公のように、運命と戦う力が欲しかった。
例え、行きつく先が死と言う無だとしても、何もせずに消えてなくなる事だけは今の僕には出来そうもない。
残機ゼロ。
セーブポイントは今、この場所。
覆せない死の引き金。
耐えがたい現実が僕の上を天井のように覆っている。
――この世に完璧な物や完全な答えは存在しない。
ふと、悪魔の言葉が脳裏をよぎる。人を殺した僕を慰める時に放った言葉。
ぼんやりとした蝋燭のような光。今にも消えてしまいそうな輝きだったが、闇に沈んだ僕の心を照らすには十分だった。
映画の主人公は、絶望の運命を受け入れた。
けれど、僕は主人公にはなれない。そんな器じゃない。
美しいエンディングなんて、クソ喰らえだ。
だから、受け入れた上で立ち向かおうと思う。
例えその先に、さらなる悲しみと絶望しか待っていないとしてもだ。
縮こまる魂を燃やすため、もっと大きな希望。
悪魔と戦うための灯火が必要だった。
――彼は嘘は言わない。ならば、どこかに突破口があるはずだ。
僅かに光が、強くなる。闇色の天を払う意思の炎。人間の最大の武器、知恵の灯。
――考えろ。知恵を振り絞れ。誇りを持って、例え死んでも後悔しないくらい。
もっと、もっと。
――燃やすんだ。勇気を、信念を。未来を掴むと僕は決めたんだから。
もっと、もっと。
――探し出せ、奴を倒す方法を。照らし出せ、悪魔の論理のほころびを。
もっと、もっと。
――記憶の底から、引きずり出せ!
グリードの弱みは《嘘を吐けない》こと。ならば、彼の言葉の中に答えがある。
見つけ出せ。虚飾の中の本物を。事実の中の真実を。
今まで聞いてきたグリードの言葉を一字一句思い出す。
本当は、隣に九行さんにいて欲しかった。だけど、彼女はまだ夢の中だ。
本当は今すぐ電話でもして声を聞きたい。彼女に勇気をもらいたい。
――電、話?
頭に、電撃が走った。
同時に、まだ僕はやれることをやり切ってはいない事に気付く。
契約違反を犯し全てを無かった事にするだなんて許せる訳が無かった。
何故なら、見つけてしまったのだから。
《僕たちのトリガーを解除する方法》を。
あまりにも残酷で、これ以上ないほどの手段が僕の手に届こうとしていた。
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次回更新は0時過ぎまでに。
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