捧魂契約のリセットスイッチ

白城海

文字の大きさ
62 / 62
第八章 運命叛逆のファイナルリープ

エピローグ・GOING HISTORY

しおりを挟む

 春の風が街を吹き抜ける。
 温かな光が、体に熱を与える。
 三月も終わりの週末。九行あかりは天野丘駅前の商店街で人を待っていた。
 来月からは受験生。体が重くなるような肩書だったが、成績は落ちていないのでどうにかなるだろう。

――来ないな。

 時計を見ると、待ち合わせの時刻にはまだなっていない。随分早く来てしまったようだ。
 軽くため息。舞い上がると我を忘れてしまうのが彼女の欠点だ。
 周囲を見回すと、書店の店先に陳列された雑誌コーナーが目についた。
 最新の週刊漫画誌に、ファッション誌、そして刺激的な煽り文句の書かれた週刊誌。

『激化する少年犯罪。今だから書ける! 地方都市で起きた連続レイプ事件の真相!』
『呪われた街? 猟奇殺人事件と連続レイプ事件に驚愕の関連性!』

――最低。事件も、記事も。
 どちらもここ数カ月で彼女の住む街で起きた事件だ。
 見るも無残な姿で発見された死体と、巧妙に隠蔽された強姦事件。
 しかも、同じ学校の教師と生徒が起こしたと言うのだから驚きである。

 とは言っても、二つの事件が解決したのは半年近く前の十月。しかも、殺人犯に至っては既に死んでいるのだ。今更になって再び蒸し返される意味があかりには分からなかった。
 興味を覚え、雑誌を手に取る。軽くめくり、思わず噴き出す。

「冗談でしょ」
 口の中で呟きが漏れるほどに、記事はどう見ても眉唾物だった。

『同じ学校で起きた二つの事件。解決のカゲには天才高校生探偵?』
 天才探偵では無く、天才《高校生》探偵である。
 安っぽい紙に印字された字を読み進める。読めば読むほど胡散臭さが増してくるものだった。
 四季上しきのかみ市内で起きた二つの事件。なんと、両方の事件を解決に導いたのは同じ学校に通う男子生徒だと言うのだ。

 冗談としか思えなかった。漫画やドラマでは無いのだ。
 一介の高校生が猟奇殺人事件や、隠蔽された連続レイプ事件の解決に貢献できる訳が無い。
 週刊誌特有のセンセーショナルさだけが取り柄の出まかせ記事だろう。

 雑誌を元の場所に戻し、深く息を吐いた瞬間。

「お待たせ」
 ようやく、待ち望んでいた男の声があかりのもとに届いた。
「ううん、大丈夫。疲れてない?」
「平気」
 相変わらず、口数の少ない男だ。だが、彼女は知っている。彼が誰よりも優しい事を。
「じゃあ、行こ?」
「あぁ」
 二人で並んで、街を歩く。およそ一カ月ぶりの事だった。
 会話は無い。いつものことだ。
 言葉などなくても、心は繋がっている。

 何せ、《家族》なのだから。

「今日はハンバーグだよ。兄さんの好きな」
「今日も、だろ」
「イヤ?」
「そんな事無い。楽しみだ」
 兄が、薄い笑みを浮かべる。今日は兄の夏秋が実家で過ごす日だった。
 去年の秋ごろに起きたある事件により、彼は月に一度、必ず家族のもとに顔を見せ、一ヶ月間の間に起きた事を報告する義務を負っている。
 二人で夕食の買い物に行き、帰宅するのはもはや儀式の様な物になっていた。

「なあ、あかり」
 珍しく、隣を歩く男から話題を振ってくる。
「何、兄さん?」
「ごめんな」
 囁くような、謝罪の言葉。
「俺、頑張るから」
「私なら大丈夫だよ。父さんたちも怒ってないと思う」
 五百万。
 暴力団紛いの連中に騙され、兄が背負わされた借金の額。あかりは細かい事を聞かされていないが、警察や弁護士が絡む大騒動になった。

「けど、あの《手紙》……誰からのだったんだろうね」
「結局、分からないままだ」
「……そっか」
 兄の借金が明るみに出たのは、一通の手紙からだった。
 差出人不明。だが、兄の住所と借金の額。そして貸出している金融業者の名前と住所が書かれた手紙は、九行家を震撼させた。
 数日の間は、悪夢のようだった。悲鳴と怒号が絶えない日々。あまり、思い出したくない記憶だ。

 ただ、少しだけ良い事もあった。

「昨日さ、おかあさんと少し、お話できたんだよ」
「どんな?」
 事件をきっかけとし、血の繋がりが無い家族に連帯感が生じたのだ。
 事件発生前は顔を合わせる事すら少なかった義母とあかりではあったが、今は僅かながら会話が成立している。

「ハンバーグの作り方。ちょっとひと工夫するだけで、肉汁がぎっしり詰め込めるんだって」
「じゃあ、今日はそのレシピで?」
「うん。失敗したらごめんね」
「きっと、上手くできるさ」

 再び、薄い微笑みを見せようとした兄の表情が固まる。
 彼は目を細め、ある一点をじっと見つめていた。

「どうしたの、兄さん?」
「変な奴がこっちを見てた。知り合いか?」

 兄の視線の方へと目を向ける。

「予備校の所にいる、背の高い奴だ。もう、後ろを向いてる」
 言われてみると、確かに長身の男が背を向けて歩いている。周囲の群衆より頭半分ほど高いので随分と目立っていた。
 見たことのない男だ。

 なのに、何故だろうか。
 あかりは今にも男の元に駆けだしたい気持ちに襲われていた。

「笑ったかと思ったら、すぐ泣きそうな顔になって。知り合いじゃないなら良い。最近、物騒だから気をつけろよ」

 兄の言葉はあかりの耳に入っていない。

 彼女は、ただ見つめ続けていた。

 男の背中を。
 細身の体が折れんばかりに、何かを背負っているような後ろ姿を。

 悲しみと葛藤が溢れんばかりに積み重なったかのような。
 この世の全ての罪と試練を背負ったかのような。

――まるで、背中で泣いてるみたい。
 だが、どう言う訳だろう。
 計り知れないほどの重荷を担いでいるはずの彼の背筋は、天へと向かい真っ直ぐに伸びていた。

 あらゆる逆境や絶望を跳ね返そうとするように。
 未来に何が待っていていようと、折れずに立ち向かう覚悟を見せるかのように。

「知らない人、だと思う」
「じゃあ、何で……」

 兄が、心配そうにあかりの背を撫でる。
 兄が心配するのも当然だ。

 どうしてだろう。

 理由は、分からない。


 あかりは、泣いていたのだ。


 男の背を見た瞬間、胸が熱くなり、突然涙が溢れだした。
 止まる事を知らない、涙が。


「……ありがとう」


 礼の言葉は、兄に向けたものではない。かと言って、男に届く訳が無い。

 それでも、自然と口から漏れた。

 否、言わずにはいられなかった。


 何故なら――


 何故なら、それは――


 彼女の記憶からでは無く、《魂》からの言葉だったのだから。




――――――――――――――――――――――


 捧魂契約のリセットスイッチ 終
************************************************
四カ月もの間、お付き合いありがとうございました。
空白の半年に関しては、設定としては存在しますが、皆さんの想像の中で埋めていただきたいと思います。
彼の試練の物語は親友と愛する人との別れこそが決着であり、その後の事は後始末でしか無いのですから。

語りたい事は山のようにありますが、捧魂契約のリセットスイッチはここで終幕とさせていただきます。

また、どこかでお会いしましょう。
重ね重ね、お付き合いありがとうございました。

※感想欄において、新規読者様の為に八章のネタバレはご容赦ください。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...