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第八章 運命叛逆のファイナルリープ
エピローグ・GOING HISTORY
しおりを挟む春の風が街を吹き抜ける。
温かな光が、体に熱を与える。
三月も終わりの週末。九行あかりは天野丘駅前の商店街で人を待っていた。
来月からは受験生。体が重くなるような肩書だったが、成績は落ちていないのでどうにかなるだろう。
――来ないな。
時計を見ると、待ち合わせの時刻にはまだなっていない。随分早く来てしまったようだ。
軽くため息。舞い上がると我を忘れてしまうのが彼女の欠点だ。
周囲を見回すと、書店の店先に陳列された雑誌コーナーが目についた。
最新の週刊漫画誌に、ファッション誌、そして刺激的な煽り文句の書かれた週刊誌。
『激化する少年犯罪。今だから書ける! 地方都市で起きた連続レイプ事件の真相!』
『呪われた街? 猟奇殺人事件と連続レイプ事件に驚愕の関連性!』
――最低。事件も、記事も。
どちらもここ数カ月で彼女の住む街で起きた事件だ。
見るも無残な姿で発見された死体と、巧妙に隠蔽された強姦事件。
しかも、同じ学校の教師と生徒が起こしたと言うのだから驚きである。
とは言っても、二つの事件が解決したのは半年近く前の十月。しかも、殺人犯に至っては既に死んでいるのだ。今更になって再び蒸し返される意味があかりには分からなかった。
興味を覚え、雑誌を手に取る。軽くめくり、思わず噴き出す。
「冗談でしょ」
口の中で呟きが漏れるほどに、記事はどう見ても眉唾物だった。
『同じ学校で起きた二つの事件。解決のカゲには天才高校生探偵?』
天才探偵では無く、天才《高校生》探偵である。
安っぽい紙に印字された字を読み進める。読めば読むほど胡散臭さが増してくるものだった。
四季上市内で起きた二つの事件。なんと、両方の事件を解決に導いたのは同じ学校に通う男子生徒だと言うのだ。
冗談としか思えなかった。漫画やドラマでは無いのだ。
一介の高校生が猟奇殺人事件や、隠蔽された連続レイプ事件の解決に貢献できる訳が無い。
週刊誌特有のセンセーショナルさだけが取り柄の出まかせ記事だろう。
雑誌を元の場所に戻し、深く息を吐いた瞬間。
「お待たせ」
ようやく、待ち望んでいた男の声があかりのもとに届いた。
「ううん、大丈夫。疲れてない?」
「平気」
相変わらず、口数の少ない男だ。だが、彼女は知っている。彼が誰よりも優しい事を。
「じゃあ、行こ?」
「あぁ」
二人で並んで、街を歩く。およそ一カ月ぶりの事だった。
会話は無い。いつものことだ。
言葉などなくても、心は繋がっている。
何せ、《家族》なのだから。
「今日はハンバーグだよ。兄さんの好きな」
「今日も、だろ」
「イヤ?」
「そんな事無い。楽しみだ」
兄が、薄い笑みを浮かべる。今日は兄の夏秋が実家で過ごす日だった。
去年の秋ごろに起きたある事件により、彼は月に一度、必ず家族のもとに顔を見せ、一ヶ月間の間に起きた事を報告する義務を負っている。
二人で夕食の買い物に行き、帰宅するのはもはや儀式の様な物になっていた。
「なあ、あかり」
珍しく、隣を歩く男から話題を振ってくる。
「何、兄さん?」
「ごめんな」
囁くような、謝罪の言葉。
「俺、頑張るから」
「私なら大丈夫だよ。父さんたちも怒ってないと思う」
五百万。
暴力団紛いの連中に騙され、兄が背負わされた借金の額。あかりは細かい事を聞かされていないが、警察や弁護士が絡む大騒動になった。
「けど、あの《手紙》……誰からのだったんだろうね」
「結局、分からないままだ」
「……そっか」
兄の借金が明るみに出たのは、一通の手紙からだった。
差出人不明。だが、兄の住所と借金の額。そして貸出している金融業者の名前と住所が書かれた手紙は、九行家を震撼させた。
数日の間は、悪夢のようだった。悲鳴と怒号が絶えない日々。あまり、思い出したくない記憶だ。
ただ、少しだけ良い事もあった。
「昨日さ、おかあさんと少し、お話できたんだよ」
「どんな?」
事件をきっかけとし、血の繋がりが無い家族に連帯感が生じたのだ。
事件発生前は顔を合わせる事すら少なかった義母とあかりではあったが、今は僅かながら会話が成立している。
「ハンバーグの作り方。ちょっとひと工夫するだけで、肉汁がぎっしり詰め込めるんだって」
「じゃあ、今日はそのレシピで?」
「うん。失敗したらごめんね」
「きっと、上手くできるさ」
再び、薄い微笑みを見せようとした兄の表情が固まる。
彼は目を細め、ある一点をじっと見つめていた。
「どうしたの、兄さん?」
「変な奴がこっちを見てた。知り合いか?」
兄の視線の方へと目を向ける。
「予備校の所にいる、背の高い奴だ。もう、後ろを向いてる」
言われてみると、確かに長身の男が背を向けて歩いている。周囲の群衆より頭半分ほど高いので随分と目立っていた。
見たことのない男だ。
なのに、何故だろうか。
あかりは今にも男の元に駆けだしたい気持ちに襲われていた。
「笑ったかと思ったら、すぐ泣きそうな顔になって。知り合いじゃないなら良い。最近、物騒だから気をつけろよ」
兄の言葉はあかりの耳に入っていない。
彼女は、ただ見つめ続けていた。
男の背中を。
細身の体が折れんばかりに、何かを背負っているような後ろ姿を。
悲しみと葛藤が溢れんばかりに積み重なったかのような。
この世の全ての罪と試練を背負ったかのような。
――まるで、背中で泣いてるみたい。
だが、どう言う訳だろう。
計り知れないほどの重荷を担いでいるはずの彼の背筋は、天へと向かい真っ直ぐに伸びていた。
あらゆる逆境や絶望を跳ね返そうとするように。
未来に何が待っていていようと、折れずに立ち向かう覚悟を見せるかのように。
「知らない人、だと思う」
「じゃあ、何で……」
兄が、心配そうにあかりの背を撫でる。
兄が心配するのも当然だ。
どうしてだろう。
理由は、分からない。
あかりは、泣いていたのだ。
男の背を見た瞬間、胸が熱くなり、突然涙が溢れだした。
止まる事を知らない、涙が。
「……ありがとう」
礼の言葉は、兄に向けたものではない。かと言って、男に届く訳が無い。
それでも、自然と口から漏れた。
否、言わずにはいられなかった。
何故なら――
何故なら、それは――
彼女の記憶からでは無く、《魂》からの言葉だったのだから。
――――――――――――――――――――――
捧魂契約のリセットスイッチ 終
************************************************
四カ月もの間、お付き合いありがとうございました。
空白の半年に関しては、設定としては存在しますが、皆さんの想像の中で埋めていただきたいと思います。
彼の試練の物語は親友と愛する人との別れこそが決着であり、その後の事は後始末でしか無いのですから。
語りたい事は山のようにありますが、捧魂契約のリセットスイッチはここで終幕とさせていただきます。
また、どこかでお会いしましょう。
重ね重ね、お付き合いありがとうございました。
※感想欄において、新規読者様の為に八章のネタバレはご容赦ください。
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