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2章 お父様とお母様
お父様との初対面
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部屋を出ると、何人かの兵士の方たちが私に注目した。それがなんだか気恥かしい。
見られれば見られほど、自分の格好が不釣り合いな気がしてきた。もしかしたら、全然似合っていないのかもしれない。
「うーん。おかしくないかな?」
私は苦笑いでそう言った。
「そんなことはありません。よくお似合いですよ、ヒメカ様」
シグルドはお辞儀をすると、こちらです、と歩き始めた。私はその後を慣れないヒールでついてゆく。
長い脚を優雅に動かし、進んで行くシグルド。歩調に合わせて、結われた長い髪が揺れる。闇を連想させるような、見事な漆黒。
「綺麗な髪だね」
艶やかで、決して絡む事のない美しい髪。
「どうして伸ばしてるの?」
私は何気なく問いかけた。
「気になりますか?」
「えっ――」
しまった。ここでは髪を長く伸ばす事は普通の事なのかもしれない。しかし、後悔してももう遅い。
次の言葉を冷や汗をかきながら待ったが、シグルドが口にしたのは意外な言葉だった。
「やっぱり男の長髪は不潔でしょうか?」
ふぅ、安堵から溜息が出た。それを勘違いしたらしいシグルドは露骨に困った顔になる。
「あ、ごめん。そういう意味じゃないの。シグルドの髪、とっても綺麗だと思うよ」
「そうですか、良かった。ヒメカ様を不快にさせてしまったかと思い、肝を冷やしましたよ」
言葉の最後の方に混じっていた笑いに似た声色。それを聞いて、私もつられて笑った。お姫様の世話係にしてはずいぶんと打ち解けた人だ。
「内緒ですが――」
彼はそう言って振り返り、私の耳元に口を寄せ、いたずらっぽい口調で続けた。
「実はこの髪には魔力が宿っているんですよ」
耳にかかった息がくすぐったくて、私は思わず身をすくめた。
「もう、冗談ばっかり!」
彼の瞳は私を見つめているが、何も言わない。
「まさか――」
本当に? と問いかけるより早く、彼はにっこりと微笑み右手を壁についた。
「さ、着きましたよ」
左を見ると、私の背丈の五倍はあるであろう大きな扉が目に入って来た。
予想していたよりも、はるかに音も無く扉は開いた。二つある玉座の向かって右側には、荘厳なたたずまいの男性が座っている。
予想していた通り、『お父様』は私のお父さんとは別人だった。
もう片方の玉座に目を移すが、そこには誰もいない。きっと本来ならお妃さまが座る場所なのだろうけど……。
「ヒメカ」
低く唸るような声に、私は心と体を震わせた。
すごい威圧感。この人の言葉に逆らってはいけない、そう思わせた。
私はここへ、婚約の話を断りに来たのだ。それなのにとてもじゃないけど、それを切りだす気にはなれない。
「――七日後の夜、六時だ」
「な、何がでしょうか?」
震える声で、なんとか尋ねた。
「ルカ王子との対面だ」
間髪入れずに返って来た答えに、頭を殴られたような衝撃を受けた。
ルカ王子というのが、人魚姫に出てくる『王子様』で間違いないだろう。それにしても……七日後?
もうすでに私の婚約の話は進められているようだ。
「ま、待って下さいッ!」
ありったけの力と勇気を込めて叫ぶ。
「一体何を待てというのだ」
「婚約のお話です。私の意思に関係なく進めるなんて……」
あまりの迫力に言葉が尻つぼみになっていく。
「ヒメカ、どうしたというんだ。以前話した時には承諾してくれたじゃないか」
その言葉にギクリとした。
「――あ、あぁ……そうでした、ね。忘れていました」
取り繕うために慌ててそう言った。
私は姫香だけど『ヒメカ』じゃない。この世界には私ではない『ヒメカ』が存在していたのだ。彼女の積み重ねてきた過去を否定すれば怪しまれてしまう可能性もある。
私はおとなしくうなずいて話を合わせるしかなかった。
「もう日取りも決まっているんだ、ヒヤリとさせないでくれ」
お父様はため息とともに言葉を吐きだした。
「もう一度言う、七日後の午後六時だ。今度は忘れるなよ」
「はい」
そう返事をしたものの、気持ちの上では忘れてしまいたいと思っていた。
「……話はそれだけだ。それまでに気持ちの整理をつけておきなさい、ヒメカ」
最後にそれだけ言うと、私から視線を外した。それきりシンと静まりかえる室内。
その状況にいたたまれなくなったのか、シグルドが私の肩を抱き扉の方へと促した。私は特に逆らうこともせず、流れに任せて部屋を出た。
「大丈夫ですか、ヒメカ様」
扉が閉まるとほぼ同時にシグルドがそう言った。
「ん……」
私は言葉の内容など耳にも入ってない状態で適当に相槌を打つ。
私の頭の中は、怪しまれず断ることでいっぱいだった。
「ヒメカ様は……この結婚を受けるつもりですか?」
唐突に、シグルドはそう言った。
一体どういうつもりなのだろう。そう疑問に思うと同時に、私が結婚を回避しようとしていることが見透かされたようで、心臓が一拍飛んだ。
彼の真意が分からなくて、なんとなしにシグルドの深い海色の瞳を見つめた。
しかし彼は至って真顔。何かを考えているようには見えなかった。
「ヒメカ様?」
「あ、えっと……受けなきゃいけないのかなーって思ってるけど……」
何言ってるんだろう、私。こんな言い方じゃ結婚したくないってバレてしまう。
「つまり、まったく乗り気ではないのですね?」
「え、いや」
気持ちを完ぺきに言い当てられて、ごまかしの言葉さえも浮かばない。
けれどシグルドはそんな私の様子を気にすることもなく、笑顔で話しだした。そして、私はその内容に衝撃を受けることになった。
「そうですよね。ヒメカ様が結婚に乗り気なわけないですよね。気が変わったのかと思って、少々びっくりしましたよ」
「はぁ?」
それではまるで『ヒメカ』が結婚したくなかったみたいではないか。
なにがなんだか分からなくて、状況が整理できない。
「ヒメカ様は昔からそう思っていましたからね、今さら考えが変わるわけないんですよ。あぁ良かった、安心しました」
「安心? どういうこと?」
「いえ……何でもありません。さしでがましいことを申し上げてしまいましたね。すみません、忘れて下さい」
言い終わると同時に、シグルドは笑顔を作りなおした。
見られれば見られほど、自分の格好が不釣り合いな気がしてきた。もしかしたら、全然似合っていないのかもしれない。
「うーん。おかしくないかな?」
私は苦笑いでそう言った。
「そんなことはありません。よくお似合いですよ、ヒメカ様」
シグルドはお辞儀をすると、こちらです、と歩き始めた。私はその後を慣れないヒールでついてゆく。
長い脚を優雅に動かし、進んで行くシグルド。歩調に合わせて、結われた長い髪が揺れる。闇を連想させるような、見事な漆黒。
「綺麗な髪だね」
艶やかで、決して絡む事のない美しい髪。
「どうして伸ばしてるの?」
私は何気なく問いかけた。
「気になりますか?」
「えっ――」
しまった。ここでは髪を長く伸ばす事は普通の事なのかもしれない。しかし、後悔してももう遅い。
次の言葉を冷や汗をかきながら待ったが、シグルドが口にしたのは意外な言葉だった。
「やっぱり男の長髪は不潔でしょうか?」
ふぅ、安堵から溜息が出た。それを勘違いしたらしいシグルドは露骨に困った顔になる。
「あ、ごめん。そういう意味じゃないの。シグルドの髪、とっても綺麗だと思うよ」
「そうですか、良かった。ヒメカ様を不快にさせてしまったかと思い、肝を冷やしましたよ」
言葉の最後の方に混じっていた笑いに似た声色。それを聞いて、私もつられて笑った。お姫様の世話係にしてはずいぶんと打ち解けた人だ。
「内緒ですが――」
彼はそう言って振り返り、私の耳元に口を寄せ、いたずらっぽい口調で続けた。
「実はこの髪には魔力が宿っているんですよ」
耳にかかった息がくすぐったくて、私は思わず身をすくめた。
「もう、冗談ばっかり!」
彼の瞳は私を見つめているが、何も言わない。
「まさか――」
本当に? と問いかけるより早く、彼はにっこりと微笑み右手を壁についた。
「さ、着きましたよ」
左を見ると、私の背丈の五倍はあるであろう大きな扉が目に入って来た。
予想していたよりも、はるかに音も無く扉は開いた。二つある玉座の向かって右側には、荘厳なたたずまいの男性が座っている。
予想していた通り、『お父様』は私のお父さんとは別人だった。
もう片方の玉座に目を移すが、そこには誰もいない。きっと本来ならお妃さまが座る場所なのだろうけど……。
「ヒメカ」
低く唸るような声に、私は心と体を震わせた。
すごい威圧感。この人の言葉に逆らってはいけない、そう思わせた。
私はここへ、婚約の話を断りに来たのだ。それなのにとてもじゃないけど、それを切りだす気にはなれない。
「――七日後の夜、六時だ」
「な、何がでしょうか?」
震える声で、なんとか尋ねた。
「ルカ王子との対面だ」
間髪入れずに返って来た答えに、頭を殴られたような衝撃を受けた。
ルカ王子というのが、人魚姫に出てくる『王子様』で間違いないだろう。それにしても……七日後?
もうすでに私の婚約の話は進められているようだ。
「ま、待って下さいッ!」
ありったけの力と勇気を込めて叫ぶ。
「一体何を待てというのだ」
「婚約のお話です。私の意思に関係なく進めるなんて……」
あまりの迫力に言葉が尻つぼみになっていく。
「ヒメカ、どうしたというんだ。以前話した時には承諾してくれたじゃないか」
その言葉にギクリとした。
「――あ、あぁ……そうでした、ね。忘れていました」
取り繕うために慌ててそう言った。
私は姫香だけど『ヒメカ』じゃない。この世界には私ではない『ヒメカ』が存在していたのだ。彼女の積み重ねてきた過去を否定すれば怪しまれてしまう可能性もある。
私はおとなしくうなずいて話を合わせるしかなかった。
「もう日取りも決まっているんだ、ヒヤリとさせないでくれ」
お父様はため息とともに言葉を吐きだした。
「もう一度言う、七日後の午後六時だ。今度は忘れるなよ」
「はい」
そう返事をしたものの、気持ちの上では忘れてしまいたいと思っていた。
「……話はそれだけだ。それまでに気持ちの整理をつけておきなさい、ヒメカ」
最後にそれだけ言うと、私から視線を外した。それきりシンと静まりかえる室内。
その状況にいたたまれなくなったのか、シグルドが私の肩を抱き扉の方へと促した。私は特に逆らうこともせず、流れに任せて部屋を出た。
「大丈夫ですか、ヒメカ様」
扉が閉まるとほぼ同時にシグルドがそう言った。
「ん……」
私は言葉の内容など耳にも入ってない状態で適当に相槌を打つ。
私の頭の中は、怪しまれず断ることでいっぱいだった。
「ヒメカ様は……この結婚を受けるつもりですか?」
唐突に、シグルドはそう言った。
一体どういうつもりなのだろう。そう疑問に思うと同時に、私が結婚を回避しようとしていることが見透かされたようで、心臓が一拍飛んだ。
彼の真意が分からなくて、なんとなしにシグルドの深い海色の瞳を見つめた。
しかし彼は至って真顔。何かを考えているようには見えなかった。
「ヒメカ様?」
「あ、えっと……受けなきゃいけないのかなーって思ってるけど……」
何言ってるんだろう、私。こんな言い方じゃ結婚したくないってバレてしまう。
「つまり、まったく乗り気ではないのですね?」
「え、いや」
気持ちを完ぺきに言い当てられて、ごまかしの言葉さえも浮かばない。
けれどシグルドはそんな私の様子を気にすることもなく、笑顔で話しだした。そして、私はその内容に衝撃を受けることになった。
「そうですよね。ヒメカ様が結婚に乗り気なわけないですよね。気が変わったのかと思って、少々びっくりしましたよ」
「はぁ?」
それではまるで『ヒメカ』が結婚したくなかったみたいではないか。
なにがなんだか分からなくて、状況が整理できない。
「ヒメカ様は昔からそう思っていましたからね、今さら考えが変わるわけないんですよ。あぁ良かった、安心しました」
「安心? どういうこと?」
「いえ……何でもありません。さしでがましいことを申し上げてしまいましたね。すみません、忘れて下さい」
言い終わると同時に、シグルドは笑顔を作りなおした。
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