いえいえ。私は元の世界に帰るから結婚は却下しますっ!

月宮明理

文字の大きさ
8 / 36
2章 お父様とお母様

フローラさんとの初対面

しおりを挟む
 食事を終えた昼下がり、シグルドに案内されてやってきたのは、城から少し離れたところにある小さな建物だった。もちろん、お城と比べれば小さいだけであって、普通の一軒家よりは大きいくらいだ。

 私たちは玄関口に居た二人の兵士に軽く会釈をして中に入った。建物の内部はお城のものと変わらない。
 さすがはお妃様、というべきなのだろう。彼女の部屋の前には何人もの兵士が、背筋をピンッと伸ばして立っていた。
 シグルドがドアを軽くノックをすると、

「はーい、どうぞー」

 女の声で返事が返ってきた。随分と気の抜けた声だ、とぼんやりと思いながらドアを開けると――

 ムギュッ!

 得体のしれない柔らかいものに顔が飲み込まれ、両側から伸びてきた細長いものに胴体を締め付けられた。なにやら温かいものだ。

 何が起きたのか全く理解できなくて、私は目をパチクリさせていると、

「待ってたのよー! 貴女、なかなか私のところに遊びに来ないんだもの!」

 頭上から降ってくるアルト。ようやく自分が誰かに抱きしめられてると理解した。

 やっとのことで首だけを上に向けると、その人は黒い瞳を輝かせて私を見ていた。絵に描いたように スゥーッと通った鼻筋、薄い唇には真っ赤な口紅が塗られている。かすかに香ってくる甘い香りに、ほんのわずかだけどくらくらした。

「そんなに見つめないで! 照れちゃうわ」

 言葉とは裏腹に、彼女は私の額にそっと唇を押しつけた。

「えっ……あの」
「フローラ様、もうその辺にしておいてはいかがですか?」
「えー、久しぶりに会えたのに……」

 シグルドの言葉に、しぶしぶといった様子で離れていったフローラという女性。離れたことでようやくその人の全身が確認でき、そして絶句した。

 女性にしては結構な長身で、なおかつドレスを着ていても目を引く素晴らしく豊満なバスト。そこに顔をうずめていたと思うと……同じ女性だけど、ちょっとドキドキした。
 ウエストはほっそりとしていて……よくもまぁ、その大きな胸を支える事ができるな、と感心してしまうほど。
 肩よりも少し長いくらいの髪の毛はふんわりとした内巻きで、彼女の雰囲気を柔らかいものにしていた。

 ――女神だ。でなければ神に愛された女性だ。

 そう思えるほどに完成された美しさだった。

「ヒメカ、ほらほら中に入って!」

 彼女に腕を引かれるままに部屋に入る私にシグルドも続く。静かにドアが閉まると、そこは私たち三人だけの世界になった。
 部屋の中央にはお菓子と飲み物のおかれたテーブルがあった。私の視線がそこに注がれているとわかると、彼女は青いドレスを翻し、踊るようにしてテーブルに近づいた。

「ヒメカが来るって言われたから、大慌てで用意したのよ。――ほら見て、このクッキー。私が焼いたのよ。一緒に食べましょう!」

 破顔させて言う彼女は、容姿に反して子供っぽく見える。
 彼女の強烈な魅力――容姿、テンション、強引さ、その他諸々にすっかり飲み込まれてしまっていたが、私はお妃様に会いに来たのだ。病床にふけっているといわれているお妃様に。

 しかし、部屋を見回しても他には誰もいない。ベッドもきれいに整えられている。となるとまさか――

「ほらヒメカ、こっちにいらっしゃい」

 何事もないように振舞っているこの女性が……お妃様?

「お、お母様……?」

 おずおずと、誰にともなく呼んでみる。もし予想が違っていたとしても、『お母様はどこにいらっしゃるの?』という意味合いだと理解してくれるだろう。
 と、彼女にいきなり顔を手で挟まれた。

「……?」

 戸惑って見上げると、彼女はぷーっと頬を膨らませ、口をとがらせていた。

「お母様って呼んじゃ嫌っ! 『フローラ』って呼んで!」

 思いもがけない内容に、私はそのままの状態で唖然とした。
 何なの、この人は! 子供じゃないんだから……。これではまるで病気だ。……あぁもしかして、こういう病気……?
 『お母様』という呼び掛けに拒絶の意思を示したものの、『お母様』であることに対しては否定していない。ということは、残念ながらこの人がお妃様に間違いないことか……。
 あれこれ考えていると、今度は頬に鈍い痛みが走った。一拍おいて、つねられているのだと分かった。

「聞・い・て・る・の?」
「い、いひゃい! いひゃいでふぅ。きいふぇまふかりゃ!」
「何言ってるかわからないわ」

 引っ張られたり押されたりと、落ち着かない頬の状態ではまともに話すこともできない。そんな状況をみかねてシグルドがフローラさんをなだめようと声をあげた。

「フローラ様、もうその辺で勘弁してあげては……」
「シグルド、少し黙ってて。そしたらあとでイイコトしてあげるわ」
「結構です」

 フローラさんの含みのある発言に、きっぱりと否定の意思を示したシグルド。フローラさんは妖しげな笑みを口元に浮かべた。

「そうよね、だって貴方はロリコンだものね」
「……なッ!」

 フローラさんは私の頬から手を離し、身体ごとシグルドの方に向いた。そしてピッと彼を指差す。

「私、知っているのよ! シグルドが本当はヒメカを……」
「うわぁぁぁぁあああ!」

 シグルドは似つかわしくない大声をあげ、そしてそのままフローラさんの口を軽くふさぐ。同時に私は、自身の耳をふさいでいた。細い体のわりに随分と大きな声が出るものだ。一瞬遅れていれば、鼓膜が痛んでいたに違いない。
 しかし結局、シグルドのせいでフローラさんの言葉の最後は聞こえなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...