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8章 選択
結び直される縁
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〈姫香、大丈夫ですか?〉
〈魔法使いさん……?〉
どのタイミングで眠りに落ちたのか気がつかなかった。けれど、魔法使いさんの声が聞こえるということはここは夢の中だ。
〈泣いていたみたいですけど、どうしたんですか?〉
〈魔法使いさん……私、何をやっても駄目なんです。マリンちゃんを救うということすら、上手く出来そうにありません……〉
〈どういうことですか? 僕の渡した石に願えば、人魚姫は助かりますよ。そのためにあの石を渡したんですから……〉
私はためらいながらも、言葉を作り上げる。
〈……いいえ。泡にならないようにしたとしても、きっとマリンちゃんは助からないと思うんです。……私とルカ王子の結婚を、マリンちゃんが平気で受け入れられるはずなんてありません。ありえないんです。だから私は……ルカ王子を説得して、結婚を回避し、元の世界に戻らないといけないんです〉
〈元の世界に戻る?〉
少しびっくりした様子が声に混ざっている。
〈姫香はそれでいいんですか? ……貴女は、ルカ王子のことが……好き、なのでしょう?〉
〈……〉
魔法使いさんは勘違いをしている。ルカ王子のことは決して嫌いではないけど、この世界に残ろうと思うほど好きなわけじゃない。
姿を思い浮かべるだけで、切なくなる相手は他にいる。
――シグルド。
シグルドと離れたくなかったから、ルカ王子と結婚しようとしていたなんて、言いたくない。自分に好意を持ってくれる人を、最悪の形で利用しようとしていたなんて……誰にも知られたくない。
絶対軽蔑される。それほど卑怯なことだというのは分かりきっている……。
〈姫香……?〉
でも、と思う。
魔法使いさんになら言ってもいいかもしれない。
この世界に来た頃こそ魔法使いさんを恨んでいたけれど、私がこの世界で上手くやっていけるように手助けをしてくれるし、今みたいに相談相手になってくれる。
〈魔法使いさん、私がこの世界に残ろうと思ったのは……ルカ王子のことが好きだからってわけじゃないんです〉
〈はい?〉
〈私は……〉
「ヒメカ――――ッ!」
え?
魔法使いさんの声ではない。
意識が浮かび上がるような奇妙な感覚とともに、頭の中に直接聞こえていた声がなくなり、耳から音を拾うようになった。
目が覚めた。もう、魔法使いさんの声は全く聞こえない。
代わりに私のものではない呼吸の音が聞こえ、慌てて体を起こし、人の気配がするほうに振りむいた。
「ヒメカ……」
ルカ王子がそこにいた。
「ヒメカ、ごめんっ!」
「……え」
彼は唐突に頭を下げた。
突然眠っているところに押し入られて、何がなんだか分からない。
ルカ王子は早口でまくしたてる。
「俺、何も知らずにヒメカを責めちまった。あの後、マリンに聞いたんだ。……そしたら、マリンが、驚いたみてぇだったけど、泣きながらうなずいたんだ。ヒメカの話は本当だって。だから、その……疑って、悪かった」
「それって……私の話を、信じてくれるってこと……?」
「あぁ。怒鳴ったりして悪かった。本当に、ごめんな。頭に血が上っちまって、冷静に話を理解しようともしなかった」
ルカ王子の真剣さは痛いほど伝わってきた。
「ルカ王子、顔を上げて」
彼は顔を上げた。その表情からは不安と申し訳なさが見て取れる。
私なんかに謝ることないのに。私のほうがルカ王子に酷いことをしているのに……。
ルカ王子の素直さや純粋さを目の当たりにすると、自分がいかに醜いかを思い知らされる。
「もういいから。ルカ王子は分かってくれたんでしょ? だから、もう気にしないで」
「ヒメカ……ありがとう。こんな俺を許してくれて……ヒメカは優しいな」
「…………それで、ルカ王子。マリンちゃんとのことはどうするの?」
いたたまれなくなって、無理やりに話題転換を試みた。
「……それに関しても、謝らなきゃなんねぇんだが……。悪いが、ヒメカとの婚約を白紙に戻してもいいか?」
「え?」
「いや、悪いとは思ってるんだ。誰に救われたかに関係なくヒメカの事を好きだって言ったし。けど――」
その後のルカ王子の声は小さくて何を言ってるか聞き取れなかった。
でも内容は想像がつく。
「やっぱり、マリンちゃんを選ぶんだ」
「えっ、いや、その……なんというか……選ぶっていうか……」
別にうらみがましく言ったつもりはないんだけど。
私の言葉をどう受け取ったのか、ルカ王子はしどろもどろだった。
「そんなに罪悪感を感じることないよ、ルカ王子。……お互い様でしょ」
「ヒメカ……」
私もルカ王子が一番なわけじゃない。ルカ王子だってそのことを分かってる。
「マリンちゃんを、幸せにしてあげてね……」
「……分かった。色々、すまなかった。それと――ありがとう」
ルカ王子は眉間にしわを寄せたままの……微妙な笑顔を作った。
「明日の式は中止になったけど、今日はもう遅いからな。ヒメカはこのままここで休んでくれ。……おやすみ」
「うん、おやすみ」
ルカ王子は部屋を出る時に一度だけ振り返った。
〈魔法使いさん……?〉
どのタイミングで眠りに落ちたのか気がつかなかった。けれど、魔法使いさんの声が聞こえるということはここは夢の中だ。
〈泣いていたみたいですけど、どうしたんですか?〉
〈魔法使いさん……私、何をやっても駄目なんです。マリンちゃんを救うということすら、上手く出来そうにありません……〉
〈どういうことですか? 僕の渡した石に願えば、人魚姫は助かりますよ。そのためにあの石を渡したんですから……〉
私はためらいながらも、言葉を作り上げる。
〈……いいえ。泡にならないようにしたとしても、きっとマリンちゃんは助からないと思うんです。……私とルカ王子の結婚を、マリンちゃんが平気で受け入れられるはずなんてありません。ありえないんです。だから私は……ルカ王子を説得して、結婚を回避し、元の世界に戻らないといけないんです〉
〈元の世界に戻る?〉
少しびっくりした様子が声に混ざっている。
〈姫香はそれでいいんですか? ……貴女は、ルカ王子のことが……好き、なのでしょう?〉
〈……〉
魔法使いさんは勘違いをしている。ルカ王子のことは決して嫌いではないけど、この世界に残ろうと思うほど好きなわけじゃない。
姿を思い浮かべるだけで、切なくなる相手は他にいる。
――シグルド。
シグルドと離れたくなかったから、ルカ王子と結婚しようとしていたなんて、言いたくない。自分に好意を持ってくれる人を、最悪の形で利用しようとしていたなんて……誰にも知られたくない。
絶対軽蔑される。それほど卑怯なことだというのは分かりきっている……。
〈姫香……?〉
でも、と思う。
魔法使いさんになら言ってもいいかもしれない。
この世界に来た頃こそ魔法使いさんを恨んでいたけれど、私がこの世界で上手くやっていけるように手助けをしてくれるし、今みたいに相談相手になってくれる。
〈魔法使いさん、私がこの世界に残ろうと思ったのは……ルカ王子のことが好きだからってわけじゃないんです〉
〈はい?〉
〈私は……〉
「ヒメカ――――ッ!」
え?
魔法使いさんの声ではない。
意識が浮かび上がるような奇妙な感覚とともに、頭の中に直接聞こえていた声がなくなり、耳から音を拾うようになった。
目が覚めた。もう、魔法使いさんの声は全く聞こえない。
代わりに私のものではない呼吸の音が聞こえ、慌てて体を起こし、人の気配がするほうに振りむいた。
「ヒメカ……」
ルカ王子がそこにいた。
「ヒメカ、ごめんっ!」
「……え」
彼は唐突に頭を下げた。
突然眠っているところに押し入られて、何がなんだか分からない。
ルカ王子は早口でまくしたてる。
「俺、何も知らずにヒメカを責めちまった。あの後、マリンに聞いたんだ。……そしたら、マリンが、驚いたみてぇだったけど、泣きながらうなずいたんだ。ヒメカの話は本当だって。だから、その……疑って、悪かった」
「それって……私の話を、信じてくれるってこと……?」
「あぁ。怒鳴ったりして悪かった。本当に、ごめんな。頭に血が上っちまって、冷静に話を理解しようともしなかった」
ルカ王子の真剣さは痛いほど伝わってきた。
「ルカ王子、顔を上げて」
彼は顔を上げた。その表情からは不安と申し訳なさが見て取れる。
私なんかに謝ることないのに。私のほうがルカ王子に酷いことをしているのに……。
ルカ王子の素直さや純粋さを目の当たりにすると、自分がいかに醜いかを思い知らされる。
「もういいから。ルカ王子は分かってくれたんでしょ? だから、もう気にしないで」
「ヒメカ……ありがとう。こんな俺を許してくれて……ヒメカは優しいな」
「…………それで、ルカ王子。マリンちゃんとのことはどうするの?」
いたたまれなくなって、無理やりに話題転換を試みた。
「……それに関しても、謝らなきゃなんねぇんだが……。悪いが、ヒメカとの婚約を白紙に戻してもいいか?」
「え?」
「いや、悪いとは思ってるんだ。誰に救われたかに関係なくヒメカの事を好きだって言ったし。けど――」
その後のルカ王子の声は小さくて何を言ってるか聞き取れなかった。
でも内容は想像がつく。
「やっぱり、マリンちゃんを選ぶんだ」
「えっ、いや、その……なんというか……選ぶっていうか……」
別にうらみがましく言ったつもりはないんだけど。
私の言葉をどう受け取ったのか、ルカ王子はしどろもどろだった。
「そんなに罪悪感を感じることないよ、ルカ王子。……お互い様でしょ」
「ヒメカ……」
私もルカ王子が一番なわけじゃない。ルカ王子だってそのことを分かってる。
「マリンちゃんを、幸せにしてあげてね……」
「……分かった。色々、すまなかった。それと――ありがとう」
ルカ王子は眉間にしわを寄せたままの……微妙な笑顔を作った。
「明日の式は中止になったけど、今日はもう遅いからな。ヒメカはこのままここで休んでくれ。……おやすみ」
「うん、おやすみ」
ルカ王子は部屋を出る時に一度だけ振り返った。
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