恋する閉鎖病棟

れつだん先生

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第1章 閉鎖病棟

第8話 友人

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 ここは東京。僕は、H氏の住んでいるアパートに空きができた、という連絡を受け、兵庫くんだりから十三時間夜行バスに揺られて、大都会東京へやってきた。だから、H氏しか知り合いがいない。僕の親ほど歳が離れているが、同じ作家志望ということもあり、話が合った。なぜ東京に出てきたかのかと問われると、いろいろ答えがある。作家志望としては、やはり田舎より都会にいたほうがチャンスがあるだろうというのも一つの理由だし、僕の両親が僕の病気――つまり統合失調症――に対してまったく理解がなかったというのも一つの理由だし、そこにたまたま家賃三万の風呂なしトイレ共同のアパートの空きができたということで、言ってしまえばただの勢いなのだが、上京した。
 東京に出てきてから一年近くが経つが、芽が出るわけでもなく、部屋に閉じこもって読書をし、一円の金にもならない小説を書き、それを繰り返すだけという非生産的な日常を過ごしていた。彼女などできるわけがない。だから僕はこの閉鎖病棟で出会った、あの真理さんとどうしても付き合いたい。当の真理さんは、若い女の子と中年男と、三人で談笑をしている。僕は、それを眺めるだけ。そこには、閉鎖病棟を閉鎖病棟たらしめている、二重の扉よりも分厚い扉があった。いや、扉といえば聞こえがいい。扉はまだ開く可能性がある。僕と真理さんの関係はただの壁だ。あまりにも分厚い壁がそこにはあった。確かに話しかけはできるし、話しかけられることもできる。しかし、会話ができないのだ。それは、僕のもともとの性格がそうしているというのもあるだろう。
 なぜ、普通の男性は女性と普通に話せるのだろう。それには、僕の中で一つ答えがある。正解はたくさんあるだろうが、唯一の答えだ。女性と普通に話せる男性は、相手を女性だと思ってないのではないだろうか。たとえばカバやキリンだと思って話をすれば、しどろもどろになることもないし、話が詰まることもないし、意識することだってない。しかし、だ。それは一般的な女性に対応できる手段であって、恋愛感情を抱いている女性にもそういう対応ができるだろうか? できないと思う。だからやはりこの手段は使えない。しかし、恋愛感情を抱いている女性に対しても、普通に話せる男性など五万といるのではないだろうか? となるとやはりなにかあるんだと思う。でも僕にはわからない。
 可能性を考える。真理さんがひとりでいたら、なんとか話しかけられるかもしれない。しかし、真理さんはいつも、若い女と中年男と一緒にいる。そんな中に割り込んで入れるわけがない。というか大前提が狂うのだが、真理さんがひとりでいても話しかけられない。間違いなく。それは、今までの行動を見ればわかるだろう。若い女と中年男と一緒にいた場合に話しかけられるパーセンテージがゼロだったら、ひとりでいた場合のパーセンテージは、二ぐらいだろうか。我ながら情けない。
 しかし、悪いことばかりではない。ひとつ明確なのが、真理さんは僕のことを嫌っていないということだ。嫌っていたら話しかけることもしないだろうし、話しかけもしないはずだ。そこは僕は自信を持って言える。ずっと考えごとをしながら行動していたので、晩飯がなんだったのか忘れた。いつの間にか消灯の時間になったが、考えごとが頭の中でぐるぐる駆け巡るせいで、追加の眠剤を二回もらって寝た。

 我らが救世主、H氏の登場である。ロビーの端の方で向かい合わせに座りながら雑談。「持ってきたよ」と小説十五冊ほど。お礼を言う。近況報告をしあうが、僕は寝て起きて飯食って寝て起きての生活を繰り返しているため、特に報告しうる近況がなかった。十五分ほどしてH氏は帰っていった。
 一旦小説を自分のベッドへ運び、その中から一冊を選んでロビーへと戻る。昼飯を食って、風呂に入るというルーティン・ワーク。その合間合間に読書。真理さんに話しかけられないので、読書をしつつ行動を監視する。僕はなんだ、ストーカーか?
 いろいろ考えていても仕方がないので、僕は院内外出をすることにした。看護師にそれを伝え、貰いもののベンチ・コートを羽織り、二枚扉の隣に置いてあるノートに名前と目的を書くと、普段なにをしようが絶対に開かない扉の一枚目が、看護師の手によって開いた。そして、一枚目と二枚目の間の空間に入ると一枚目が閉じられ、二枚目が開き、僕は久々に外の世界へと出た。廊下を歩きエレベーターを使い一階へと――ここはE4だから四階だ――降りた。二月とあって寒い。閉鎖病棟は、常に一定の温度が保たれているので、そういう感覚がマヒする。僕は売店へと行き、ぬるい缶のミルクティを購入し、外へと出た。久々の外だが、特に感慨深いということもない。ぬるいミルクティを飲みながら、病院の外を一周。どうせ暇なのでもう一周。途中のベンチで休んでいると、人懐っこい茶毛の子猫が足に擦り寄ってきたので喉を触ると、「ごろごろ」と鳴いた。しばらくして僕に飽きたのか、どこかへ去っていった。僕もベンチから立ち上がり、もう一周した後、病室へと帰った。
 閉鎖の扉と扉の間に立ち、金属探知機で体中を探られる。そして扉が開き、ノートに時間を書いてロビーへ入り、ベンチ・コートをロッカーの上にしまい、小説を手に取ってロビーへと行った。
 真理さんと僕が一緒に閉鎖にいられる時間が、どんどん減っている。だから、早く勝負にでないとまずい、ということはわかっている。頭ではわかっていても、携帯を手に取って真理さんの近くまで行くことができない。そこにはさまざまな障害が存在している。まず僕に勇気がないということ。そしてその次に、なかなか一人にならないということ。大体若い女か中年男と一緒にいること。いくら僕に話しかける勇気があったとしても、一人にならなきゃ話が始まらない。じりじりと、タイミングを見計らうだけなのだが、時間は非情にもどんどん過ぎ去っていく。
 まぁ、作家志望の端くれ、たくさん読書ができたのはいいこと。
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