恋する閉鎖病棟

れつだん先生

文字の大きさ
9 / 38
第1章 閉鎖病棟

第9話 外泊

しおりを挟む
 そうこうしている内に、昼飯の時間になる。僕は、六人がけのテーブルにひとりで座って飯を食う。誰も僕には話しかけてこない。僕も誰にも話しかけない。
 今日のOTはビデオ鑑賞だ。日本人のすごい芸人々を紹介していく、というもの。あまり興味が持てなかったので、僕は端のほうで――当然、ビデオを鑑賞している真理さんの背中が見える位置で――読書をしていた。
 はっと思い出した。洗濯しないと、明日風呂に入った後着るものがない! あわててベッドに戻り、汚れた衣類を両手に持ち、口に残金四百円のカードを咥え――洗剤はない――洗濯場へと駆け込んだ。ひとつ空いていたのでそこに衣類を放り込み、カードを挿入する。洗濯一回で二百円……。暴利だ。しかし、それに従うしかない。四十分との表示がされたので、それまでロビーで読書をする。途中、刈り上げ男がやってきて少し話したぐらいで、他はなにもない。あのですね、ひとつだけ言わせてもらいたいことがあるんですが、本当に毎日毎日なにもないんですよ。なにか突拍子もないイベントが起こるわけ――
 がつんという鈍い音がした。
 ――ん? 視線を出入り口とナースセンターのある左へと移す――。
 かなり太った中年男が、自分の体を、あの絶対に開かない二重扉に、何度も何度も体をぶつけている。その度に静寂したロビーに大きな音が鳴り響く。
「ぼ、僕は、ゆうしぇんがききちゃいんだ!」
 看護師が十人ほど慌ててやってきて、かなり太った中年男を羽交い締めにする。
「CDのコンポあるから、これを有線放送替わりにすればいいじゃない!」と一人の男性看護師が言う。
「だ、ダメなんだ、僕は、ゆうしぇんがききちゃいんだ!」
 しばらくして、女性看護師が、かなり太った男性の腕になにかを注射すると、ぐったりとなり、看護師総出で、奥にある個室へと運ばれていった。意外とあるよね、突拍子もないイベント。
 しかし、まぁ……と考える。僕もそうなんだけど、別に好きで精神障害になったわけじゃない。あのかなり太った中年男だって、好きでああなったわけでもないし、好きで個室で拘束されているわけではない。好きで薬を一日数十錠飲んでるわけでもないし、好きでここにいるわけでもない。ちいさなちいさな歯車が少し狂っただけで、僕たちは精神障害イコール頭がおかしいやつ、という認識をされる。誰が悪いんだ! って言っても、誰も悪くない。
 そんなことを考えていると、晩飯の時間となった。今日の晩飯は、サラダとブリの照り焼き。またもやブリの照り焼き。嬉々としていただく。食べ終わったら読書をして、八時半に薬を飲む。そして九時に消灯。当然寝られるわけがないので、三回睡眠薬の頓服を貰いに行く。携帯でラジオを聞きながら、部屋の中が、見回りの看護婦が持つ懐中電灯で照らされたら布団をかぶり、寝ているふりをする。
 は。
 意中の女性に連絡先も聞けず、ただ毎日無意味に時間を潰し、頓服を三度もらっても寝られないというこの体たらく。
 は。
「は」と声に出してみた。なにも変わらない。「願いを三つ叶えよう」などという妖精は現れない。その代わりに看護師がやってきた。携帯とイヤホンを隠し、天井を見つめる。すると僕のベッドのカーテンが開けられた。
 小声で「最近頓服三回飲んでるけど眠れないの?」
 小声で「そうですね、三回飲んでも寝られません」
 小声で「じゃあ明日T先生――主治医――来るから伝えておこうか?」
 小声で「あ、はい、お願いします」
 そうして看護師は去っていった。

 僕がベッドの上で気絶していると、いつもと違う足音が聞こえた。ゆっくりと目を開けてゆっくりと体を起こす。足音は僕のベッドの前で止まった。
「寝られないんだって?」
 あご髭を蓄えた、主治医のT先生だ。
 僕はまだ眠りから覚めたばかりなので、朦朧としながら頷いた。
「じゃあ寝る前の薬に睡眠薬足しておくから。あと措置入院じゃなくて任意入院にするから。それから――退院前に一度家に帰ってもらうから」
 睡眠薬足されたか。なにを足したのろう。ベゲダミンかな。任意になったらいつでも退院できるんだよな。家か。家汚いんだよな。
 今日は風呂の日なので、昼飯を食ったら風呂へ入る。思いっきり湯船に浸かる。思わず声が漏れる。僕の住んでいるアパートは、風呂なしトイレ共同なので、銭湯に行くしかこんなお大きな湯船に浸かれることはない。銭湯は有料だが、ここは無料だ。時間いっぱい風呂を楽しんで、ゆっくりとあがった。
 すると、担当の看護師が僕のもとへやってきた。なんだろうと思っていると、朝に主治医が言ったことだった。一度家に帰って家の生活に慣れるために一泊するという。僕は内心、二日近く真理さんと会えなくなるという気持ちと、久々に煙草が吸えるという嬉しさに引き裂かれそうになっていた。
 真理さんに会えない――煙草が吸える。
 真理さんに会える――煙草が吸えない。
「家に帰るのは強制ですか?」
「そうですよ」

 電車を乗り継いで家に帰る。トイレ共同風呂なしの四畳半。軽い手荷物を部屋に置いた後、世話になっているH氏の部屋へと行く。ノックをし、中へ入ってコーヒーをもらい、久々に煙草を吸った。ヤニクラだ。それから僕はH氏にそろそろ退院だと言った。H氏は一言、よかったねぇと言った。それから僕たちは小説の話で盛り上がった。僕は入院中一日一冊読んでいたので、いろいろと話ができた。
 一時間ほど話して、僕は自室に戻った。そしてパソコンを立ち上げ、インターネットに勤しんだ。
 夜になり、久々にH氏の手料理を食べた。鶏皮鍋だ。これがうまい。とろとろになった鶏皮がご飯にあう! 野菜たちも柔らかくなっていてこれもうまい! ――ただし、三度目の鶏皮鍋で飽きてしまうのだが――
 
 起きたら病院に戻らなければならない。僕は、読み終わった本をリュックから本棚に戻し、まだ読んでいない――なおかつそういう時でしか読まないでああろおう本――を選んでリュックに入れた。そしてH氏にしばしの別れを告げ、電車で揺られ病院へ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【短編集】こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

処理中です...