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第2章 保護室と閉鎖病棟
最終話 真里
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と同時に真理さんという三十一歳の女性が僕たちの輪に入ってきた。僕の中で完璧な程に美人だった。バツイチで二人の子持ちで、そのせいか妙な色気があり、僕はYさんを忘れて真理さんに夢中になった。向こうも乗り気で様々な話をした。僕はジャパニーズ・ヒップホップが好きなことを話すと、まるで運命なのか、真理さんも好きらしく、その話で盛り上がった。あまりに二人だけで親密に話すので、消灯後デイルームでKさんと話していると、「Yさん忘れて真理さんと付き合いなよ」と言ってきた。僕は、「あんな美人と付き合えるわけないじゃないですか」と笑いながら否定したが、僕の頭の中は完全に真理さんで一杯になっていた。バツイチ子持ちを好きになったのは、これで二度目だった。
しかし、好きになった理由は単に美人だったからということだけではない。真理さんは、肩と左薬指と両腕と両足首に入墨を入れていた。僕は昔から入墨を入れたいと思っていることは前述したし、そのために貯金をしていたし、入墨を入れた女性に色気を感じる変な性癖を持っていた。仲良くなって入墨を詳しく見せてもらうと、とても綺麗に入っており、色気を感じた。
「入れるのにどれぐらいお金かかったんですか?」
「左薬指は一万円ぐらいで、肩と両足首はそれぞれ三万から五万ぐらいだったかな」
「痛くなかったですか?」
「そりゃあ痛いよ。それに子供と銭湯や温泉に行くと止められるし」と微笑んだ。微笑み顔もとても美人だ。
好きな音楽が同じ、入墨を入れるのも同じ、それだけで運命を感じていたのに、まだあった。家が近いということだ。自転車でニ十分もかからないだろう。その事実にお互いがびっくりし、関係はより深くなった。「退院したら一緒にライヴ行こうよ」と言われ、「駅の近くに良い居酒屋あるから行きましょうよ」と言うと「絶対に行こう」と言われ、ボディ・タッチもしてくるようになった。しかし、前回の教訓があるので、一線は超えないようにしていた。周りの人たちも僕たちをからかうように、「お似合いだね」だとか「退院したら一緒に暮らしなさいよ」だとか言ってきた。僕は真理さんの返事をドキドキしながら待っていたら「そうですよ、私たちできてますから。退院したら会おうね」と言ったので、完全にこのバツイチ子持ち入墨美女は僕のモノになったと思った。
しかし残念なことに、真理さんは携帯の所持を親から止められていた。実家の電話番号も、親が怒るから教えられないと言われた。「連絡先教えてよ」と言われたので、紙に電話番号とメールアドレスを書いて渡すと、「退院したら連絡するからね。一緒にライヴ行ったり呑み行ったりしようね。子供と一緒に家に遊びに行くからね」と言われた。
一月八日に二泊三日の外泊が許された。一人で行くのは危険だからと、ブロッコリーがついてきた。三ヶ月振り近くに吸う外の空気はとても美味しく、煙草は美味しく、手渡された携帯が重たく感じた。電源を入れても電話料金を払っていないので、誰にも連絡はできない。ブロッコリーからは、「友達に会わない、アルコールを呑まない、外出をしない」と念を押された。生活保護が纏めて銀行に入ったが、そのほとんどが家賃代、電気代、ガス代に消えたので、携帯を復活することは叶わなかった。近所に住む友人たちは、僕のことを心配しているだろうな、と、連絡を取りたかった。
家は荒れていたので少し片付け、三ヶ月近く振りにパソコンで音楽を聞き、コンビニで飯を買い、薬を飲んで寝ようとしたが、興奮しているのか、全く眠れなかった。追加の頓服を入れ、朝方に数時間だけ寝た。僕の頭の中のほとんどがもう真理さんで埋め尽くされていた。当然ティッシュを消費した。
二泊三日はなにもしなかった、というよりもなにもできなかった。病院にいれば三食作って出してくれるし、話し相手にも困らなかった。家にいると飯は出ないし話し相手もいない。ホーム・シックというか、病院シックになっていた。早く病棟に戻りたい……。そして真理さんとイチャイチャしたい……。ひたすらそれを願っていたので、全然楽しくなかった。
三日目の昼に電車を乗り継ぎ病院に戻ってくると、いつものメンバーが迎えてくれた。
「家どうだった?」とKさん。
「いやぁ、汚かったですよ」と僕。
「透君に三日間会えなくて寂しかったよ」と真理さん。
「僕も寂しかったですよ」と僕。
毎日がハッピーだった。仲良くなった人と寝る時以外はずっと話していたし、なによりも真理さんがいた。
そんなハッピーな日が終わる時が来た。退院日が決定した。一月二十九日だった。仲良くなった人たちにそれを告げると、全員が寂しいと言ってくれた。特に真理さんは悲しそうな顔で何度も握手を求めてきた。
当日になり、着替えをして待っていると、真理さんが手紙を渡してきた。内容は隠しておく。十一時に退院と言われていたのに、看護師は全然迎えに来ず、昼食の時間を過ぎても――僕の食事は用意されていなかった――来ないので、他の看護師にクレームを言うと、もう少し待ってくれ、としか言わなかった。確かに入院は楽しかったし、病院シックにはかかっていたし、真理さんと離れるのは辛かったが、退院しても会うことを約束していたので、病棟ではできなかったことができると思うと、わくわくしていた。
しかしそれも一時を過ぎ、ブロッコリーが迎えに来た時には、わくわくさは消え、ひたすらに寂しかった。それもそうだった。四ヶ月近く一緒に暮らしてきたのだ。
「じゃあ行きましょうか」とブロッコリーが言い、僕はその後に続いた。すれ違うようにYさんが三階に上がってきた。一言他人行儀に、「お世話になりました」と言うと、「みんなでご飯食べに行こうねぇ」とだけ言われた。あの出来事はお互い忘れましょうということらしかった。
最後に真理さんが僕に満面の笑みをくれた。それが脳裏に焼き付いたまま、荷物を持って病院を出た。
四ヶ月近く閉鎖病棟に隔離され、監視され、管理されたのは辛かったが、思い返してみると楽しい思い出のほうが多かった。困ったのは、電気治療のせいで退院した後久しぶりに友人たちに会ったのに、顔と名前が一致しなかったことだ。会って話をすると次第に記憶は戻ってきて、一人の友人が呑み会を開いてくれ、久々に会って話して呑むのはとても楽しかった。
それでもどこか寂しく感じるのは、退院して三ヶ月経つのに真理さんから一切連絡が来ないからだろう。まだ退院していないのだろうか? それとも退院はしたが、僕に連絡しないだけなのだろうか?
ずっと待っているので、これを読んだらどうか一言連絡をください。
しかし、好きになった理由は単に美人だったからということだけではない。真理さんは、肩と左薬指と両腕と両足首に入墨を入れていた。僕は昔から入墨を入れたいと思っていることは前述したし、そのために貯金をしていたし、入墨を入れた女性に色気を感じる変な性癖を持っていた。仲良くなって入墨を詳しく見せてもらうと、とても綺麗に入っており、色気を感じた。
「入れるのにどれぐらいお金かかったんですか?」
「左薬指は一万円ぐらいで、肩と両足首はそれぞれ三万から五万ぐらいだったかな」
「痛くなかったですか?」
「そりゃあ痛いよ。それに子供と銭湯や温泉に行くと止められるし」と微笑んだ。微笑み顔もとても美人だ。
好きな音楽が同じ、入墨を入れるのも同じ、それだけで運命を感じていたのに、まだあった。家が近いということだ。自転車でニ十分もかからないだろう。その事実にお互いがびっくりし、関係はより深くなった。「退院したら一緒にライヴ行こうよ」と言われ、「駅の近くに良い居酒屋あるから行きましょうよ」と言うと「絶対に行こう」と言われ、ボディ・タッチもしてくるようになった。しかし、前回の教訓があるので、一線は超えないようにしていた。周りの人たちも僕たちをからかうように、「お似合いだね」だとか「退院したら一緒に暮らしなさいよ」だとか言ってきた。僕は真理さんの返事をドキドキしながら待っていたら「そうですよ、私たちできてますから。退院したら会おうね」と言ったので、完全にこのバツイチ子持ち入墨美女は僕のモノになったと思った。
しかし残念なことに、真理さんは携帯の所持を親から止められていた。実家の電話番号も、親が怒るから教えられないと言われた。「連絡先教えてよ」と言われたので、紙に電話番号とメールアドレスを書いて渡すと、「退院したら連絡するからね。一緒にライヴ行ったり呑み行ったりしようね。子供と一緒に家に遊びに行くからね」と言われた。
一月八日に二泊三日の外泊が許された。一人で行くのは危険だからと、ブロッコリーがついてきた。三ヶ月振り近くに吸う外の空気はとても美味しく、煙草は美味しく、手渡された携帯が重たく感じた。電源を入れても電話料金を払っていないので、誰にも連絡はできない。ブロッコリーからは、「友達に会わない、アルコールを呑まない、外出をしない」と念を押された。生活保護が纏めて銀行に入ったが、そのほとんどが家賃代、電気代、ガス代に消えたので、携帯を復活することは叶わなかった。近所に住む友人たちは、僕のことを心配しているだろうな、と、連絡を取りたかった。
家は荒れていたので少し片付け、三ヶ月近く振りにパソコンで音楽を聞き、コンビニで飯を買い、薬を飲んで寝ようとしたが、興奮しているのか、全く眠れなかった。追加の頓服を入れ、朝方に数時間だけ寝た。僕の頭の中のほとんどがもう真理さんで埋め尽くされていた。当然ティッシュを消費した。
二泊三日はなにもしなかった、というよりもなにもできなかった。病院にいれば三食作って出してくれるし、話し相手にも困らなかった。家にいると飯は出ないし話し相手もいない。ホーム・シックというか、病院シックになっていた。早く病棟に戻りたい……。そして真理さんとイチャイチャしたい……。ひたすらそれを願っていたので、全然楽しくなかった。
三日目の昼に電車を乗り継ぎ病院に戻ってくると、いつものメンバーが迎えてくれた。
「家どうだった?」とKさん。
「いやぁ、汚かったですよ」と僕。
「透君に三日間会えなくて寂しかったよ」と真理さん。
「僕も寂しかったですよ」と僕。
毎日がハッピーだった。仲良くなった人と寝る時以外はずっと話していたし、なによりも真理さんがいた。
そんなハッピーな日が終わる時が来た。退院日が決定した。一月二十九日だった。仲良くなった人たちにそれを告げると、全員が寂しいと言ってくれた。特に真理さんは悲しそうな顔で何度も握手を求めてきた。
当日になり、着替えをして待っていると、真理さんが手紙を渡してきた。内容は隠しておく。十一時に退院と言われていたのに、看護師は全然迎えに来ず、昼食の時間を過ぎても――僕の食事は用意されていなかった――来ないので、他の看護師にクレームを言うと、もう少し待ってくれ、としか言わなかった。確かに入院は楽しかったし、病院シックにはかかっていたし、真理さんと離れるのは辛かったが、退院しても会うことを約束していたので、病棟ではできなかったことができると思うと、わくわくしていた。
しかしそれも一時を過ぎ、ブロッコリーが迎えに来た時には、わくわくさは消え、ひたすらに寂しかった。それもそうだった。四ヶ月近く一緒に暮らしてきたのだ。
「じゃあ行きましょうか」とブロッコリーが言い、僕はその後に続いた。すれ違うようにYさんが三階に上がってきた。一言他人行儀に、「お世話になりました」と言うと、「みんなでご飯食べに行こうねぇ」とだけ言われた。あの出来事はお互い忘れましょうということらしかった。
最後に真理さんが僕に満面の笑みをくれた。それが脳裏に焼き付いたまま、荷物を持って病院を出た。
四ヶ月近く閉鎖病棟に隔離され、監視され、管理されたのは辛かったが、思い返してみると楽しい思い出のほうが多かった。困ったのは、電気治療のせいで退院した後久しぶりに友人たちに会ったのに、顔と名前が一致しなかったことだ。会って話をすると次第に記憶は戻ってきて、一人の友人が呑み会を開いてくれ、久々に会って話して呑むのはとても楽しかった。
それでもどこか寂しく感じるのは、退院して三ヶ月経つのに真理さんから一切連絡が来ないからだろう。まだ退院していないのだろうか? それとも退院はしたが、僕に連絡しないだけなのだろうか?
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