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SEXY VOICEが聴こえない

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 キングは怒り狂っていた。
「とっ、隣に若い男女が住んでいるというのに、セックスの声が聞こえないってどういうことなんだ!」
 キングはアパートの管理会社に電話し、若い女の事務員に怒鳴り散らしていた。
「いったいなにを仰っっているのですか」と事務員が冷静に質問した。
「だ・か・ら!」とキングは顔を真赤にして叫んだ。「SEXY VOICEが聞こえないんだって何度言えばわかるんだ! 朕はチンを出して沈しSEXY VOICEを待っておるのだ!」
 なかなかおもしろいことを言うなと事務員は思ったが、当然そんなことは口には出せない。「上に確認してみます」とだけ言いビートルズのレット・イット・ビーのオルゴールが鳴った。
 事務員は50代の上司にすべてを話した。209号室の頭のおかしい男がわけのわからないことを怒鳴り散らしていると。上司は日サロ通いが趣味で真っ黒に焼けていて歯はホワイトニングをしてピカピカに光っているが体は贅肉がついていて、まるでAV男優のようだと事務員は3年前から思っていた。SEX POWERはどれほどだろう。絶倫なのだろうか。事務員は40を目前にして熟れ切っていたが彼氏はもう10年近くいない。ワンナイトラブを期待して金曜の仕事終わりに駅裏のバーに行ったことがあるが、誰かに話しかけられることもなく一人寂しくブランデーを飲んだ経験があった。
 事務員は、209号室の頭のおかしい男に、自分と上司のSEX VOICEを聞かせてやったらどうなるかと想像した。悪くないと思った。レット・イット・ビーを止めて「すみません、おまたせしました」と言うと209号室の頭のおかしい男は息遣いが荒くなっていた。こいつもしかしてTELEPHONE SEXしてるんじゃないかと気持ちが悪くなった。「もしもし? 209号室の頭のおかしい男さん? どうしました? なにがありましたか?」と事務員は訊いた。キングはすぐに正気に戻り「あっ、すみません、僕、レット・イット・ビーを聴くと性衝動が高ぶって右手の上下運動が止まらなくなっちまうんです」と慌てた様子で弁解し始めた。
 事務員は「今ぁ、アタシぃ、色黒のAV男優と話たんだけどぉー、アタシらのSEX VOICEをアンタに聞かせてやろうかって思ったんだよねぇー」とギャル口調でまくし立てた。キングはギャル物のAVが大好きだった。いや、正確に述べるなら、AVならなんでも大好きだった。いや、もっと正確に述べるなら、スカトロとエグい系でなければなんでも大好きだった。キングはアパートのゴミ捨て場にスカトロAVが捨てられてあったことを思い出して吐き気を覚えた。しかしどんなジャンルでも最終的に裸になって数人で絡み合うのはなぜだろうとキングは以前から疑問に思っていた。結局そうなる。コスプレ物なのに全裸になってどうするんだよ馬鹿野郎とキングは前々から思っていた。
 事務員は「アタシぃ、17歳の金髪JKギャルなんだけどぉ、50代のAV男優みたいなおっさんとSEXするからぁ、そのSEX VOICEを聞いて右手の上下運動をやったらいいんじゃねー?」と言って電話をスピーカーフォンにして上司のデスクへ行った。そこからは事務員の独壇場であった。ソロ・コンサートであった。AV男優とみだらな行為をした。キングはそのPERFECT SEX VOICEを聞きながら果てた。それは終わりのない快感の序章に過ぎなかった。隣の男女なんでどうでもよくなっていた。VOICEだけなのは想像力が増してVISUAL AND VOICEよりも良いと思った。SEX NOVELを読んでいた中学時代を思い出した。キングは、相手が本当は17の金髪JKギャルではない40前の行き遅れの閉経間際の年増だということを知っていた。AV男優ではない50代のSEXLESSのIMPOTENCEのPORN ADDICTIONだということも知っていた。
 キングはすべてを知った上で、興奮して果てた。キングは脳内麻薬がほとばしる快感の中を泳ぎ続けていた。キングは翌日も管理会社に電話をかけたが、二度と電話は通じることはなかった。キングはSEX VOICEを録音しなかったことを死ぬまで後悔し死んでいった。
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