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ドブネズミ文学リライト

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 最近の青春パンクはカスばっかりだな、と、小さなライブハウスの中で、とあるインディーズのバンドの演奏を入口近くから眺めながら呟いた僕は、右手に持っているカクテルを飲み干した。何かが違う、何かが。今から20年も前に結成された伝説のバンドのほうが、今のより数倍いい。時代は新しくなっていくのに、音楽は劣化していくのか。なんて偉そうに批評していたら、横でノッていた兄ちゃんの肘が鼻に直撃した。「うばっ」というマヌケな声を出し、うずくまった僕には目もくれず、くだらない音楽にノリ続けている。なにがモッシュだ、ダイブだ。僕は鼻から滴り落ちる血を手で拭いながら、ライブハウスをあとにした。
 外に出る。煙草の伏流煙で汚れた肺に、空気を流し込んだ。ポケットに入れてあるiPodの電源を入れ、イヤホンを耳に挿した。心地良いリズムと共に、ブルーハーツの曲が流れだす。やはりいい。あんなエセ青春パンクなんか目じゃないや。
 電車に乗り、家に着いた僕は、ベッドの下にしまってあるギターを取り出した。まだ夜の8時か。指で、弦をおさえる。イヤホンから流れるリズムに合わせながら、覚束ない手でギターを弾く。何度も何度も繰り返し、頭の中でイメージする。僕はライブハウスの檀上に立ち、ギターを弾く。そして斜め前には、裸になったヒロトが歌いながら暴れている。梶君と河ちゃんは後ろで僕たちを引き立てている。マーシーは僕と同じリズムを弾いているんだ。まったく同じリズムを……。そんな妄想は、母の「晩御飯よ」の声で無残にも消し飛ばされた。時計の針は12時を越えていた。
 飯を食べ、また自分の部屋に戻った。明日は学校。行きたくない。古いバンドが好きなだけなのに……。今流行りの下らない洋楽のパクりエセR&B、アングラでオナニーを続けるジャパニーズヒップホップ、外見だけが売りの品の無いJ-POP、アイドル郡。何がいいのかわからない。そういうのを聞くやつが、僕の趣味を否定していいわけがない……。くそ! 行きたくない。でも学校に行かないと母に何言われるかわからない。僕は考えるのをやめ、無理矢理眠りについた。

 朝、めが覚めると同時に、重いため息が漏れた。しばらくベッドから起き上がらず、天井を眺める。「世の中に結果なんてねぇんだからよ」ライブDVDのヒロトの台詞が頭に浮かんでは消えていった。

――俺には夢がある 両手じゃ抱え切れない
――本物の夢を見るんだ 本物の夢を見るんだ

 僕は、重い体をゆっくりと起こした。制服に着替え、鞄とiPodと貯めておいた二万円を手に取り、鞄におまもりをつけ、部屋を出た。歯を適当に磨き、「行ってきます」返事は無かった。
 バス停には同じ恰好をした学生でごった返していた。うだうだと話しをしながらゆっくりと乗り込むバカたちを押しながら、席に着いた。隣の女は、EXILE がどうだ、幸田がどうだ、と話している。その話題を掻き消すようにイヤホンを耳に入れる。皆殺しのメロディ。狼になりたいなぁ。狼になればあいつらを……。はぁ。
 学校に行きたくないという僕の思いを無視するがのように、無常にもバスは学校で止まった。バスから降り、教室を見上げる。突然、背中に衝撃が走った。
「ボーっとするなよクソ」
 デブで不細工なくせにイケメンとつるんでいるというだけで女と付き合っているF山が、僕の背中に鞄を当てて来た。F山は、それを無視し階段を上る僕に執拗にちょっかいをかけてくる。
「無視するなよ。あ? 教室に入れば楽しい時間が待ってんだぞ」
 僕は無言のままでiPodの音量を上げた。
 教室では、セックスしか頭にないバカみたいな男たちが、ミスチルの話題で盛り上がっている。ヤりたいだけの奴が。ボーカルだって不倫してんじゃないか。なんて心の中で文句を言っていた僕は、自分の机が無いことに気付いた。そして、頭に衝撃が走る。クソみたいな音楽を口ずさみながら、T中が僕の髪の毛を掴んだ。
「なぁ、B'zって最高にロックだよなぁ?」
「ちょちょ、T中君、そいつ懐メロしかきかないんだってw」
「あ、ぶるうはあつ、かwわりぃわりぃ。播州のー夕暮れにぃー♪、だろ?」
「ちょwそれガガガw」
「はいろうずとくろまによんずと、年寄りが馬鹿みたいなことしてるだけじゃんw」
 ひとしきり喋った二人は、僕に飽きたのか、自分の席に戻っていった。僕はiPodから流れる音に身を任せた。何がミスチルだ、何がB'zだ……。クソ! 何がラルクだ。意味不明な歌詞しか書けないわ仕事中に帰るわ。バカが。
 自分の机をベランダから運び、席に着いた。紙を丸めたクズやケシカスが、頭や体に飛んでくる。それを見てみぬフリをし、止めようとしない教師。僕は俯いたまま、ただその時が過ぎるのをひたすら待った。それからも二人のイジメは止まることなく、ようやく放課後になり開放された僕は、二万円をにぎりしめ、学校の近くにある楽器屋に急いだ。本当はマーシーと同じギターが欲しいんだけど、僕に買えるのは二万円レベルが限度だ。僕はギターを両手に抱え、バス停に戻った。
「あら、何もってるんだ?」
 わざと時間帯をずらしたのにもかかわらず、僕を待っていたかのように、二人はバス停に立っていた。
「急いで帰るから何があるんだと思いきや、ギターとはねぇ」
 二人はニヤニヤとしながら僕に近づいてくる。僕は踵を返し、また楽器屋の方向へ走った。デブのF山は何とか逃げられる。しかし問題はT中。こっちはギターを持っている。明らかに不利。クソ! ――どこかで誰かが走ってる 汗がたくさんでた
なんて替え歌を歌っていると、髪の毛を掴まれ、無理矢理足を止められた。
「懐メロ野郎がエレキかよ。アコでいいだろ。俺が預かるからな」
 僕は何も抵抗できず、T中にギターを奪われた。そこから動くことができなかった。涙が出た。

――F山とT中のような ロクデナシのために この星はぐるぐるとまわる
――いつまで経っても変わらない そんなこと

「あるわけねーんだよ!」
 僕はギターを持ったT中の背中に思いっきり頭突きをくらわせた。倒れそうになるT中の手から無理やりギターを奪ったと同時に、T中の全身がアスファルトをたたく。
 T中は、「あー」とだけ言い、ポケットから一枚の紙切れを出してきた。
 ブルーハーツのチケットだった。世代的に僕は生でブルーハーツを見たことは無かった。オークションでコレクターアイテムとして出品してあったライブのチケットを購入していた。それがなぜT中の手に……。
「お前のかばんについてあるお守り、勝手に拝借したんだよ」
「どーなるかわかってんのかw」
  T中の手から、チケットが落ちた。スローモーションで床に落ち、T中の足がチケットの上に……。ゆっくりと、ゆっくりと。僕には何時間にも感じられた。気づけば、僕の手からギターはなくなっていた。ギター。T中の足に命中していた。痛みにのたうちまわるT中、ギターを踏み潰しまくるF山。
「ギターなんて、このチケットに比べれば安いもんだ、糞ヤローが」

人は誰でも くじけそうになるもの
ああ 僕だって今だって
叫ばなければ やり切れない思いを
ああ 大切に捨てないで
人にやさしく してもらえないんだね
僕が言ってやる でっかい声で言ってやる
ガンバレって言ってやる
聞こえるかい ガンバレ
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