レツダンセンセイ・グレーテストヒッツ

れつだん先生

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Wonderwall

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 特に酒が飲みたいという気分では無かったが、なんとなく近所にあるバーに行ってみた。僕は一人でバーや居酒屋などには行ったことが無いため少し緊張しながらドアを開ける。外は秋も終わりに近づき冷たい風が吹いていたが、バーの中はエアコンが効いており暖かい。客も僕以外誰もいない。少しほっとした。入り口から近いカウンターに腰掛け、僕の親ぐらいの年齢のバーテンにビールを注文した。店内は静かにオアシスのワンダーウォールが流れている。注文してから運ばれてくるまで、僕はじっと壁に備え付けてある時計を見ていた。注文したのは夜の八時十五分で、カウンターに置かれたのは八時十七分だった。僕は煙草に火をつけ、一服した後またビールを一口飲むと、奥のほうから女性が歩いてくるのが見えた。僕以外にも客がいたのだ。女性は右手は真っ黒なボブカットの髪の毛を触りながら、左手はカクテルらしきものが入ったグラスを持っていた。スーツを着ている。あまり注目しすぎないことを心がけながら女性を見ていた。
「あれ、佐藤君じゃない?」
 スーツ姿の女性が僕に話しかけてきた。店内が薄暗いので、顔を見ても誰だかわからない。女性は少し酔っているのだろうか、「久しぶりだね」と言いながらふらふらと歩いてきた。僕の隣に座り、バーテンに「この子と同じのちょうだい」と注文した。
「あれ、覚えてないの、長野だよ」
 その名前を聞いてようやく思い出した。高校三年の時の書道の教科担任だ。当時はロングヘアで化粧も薄かったので気づかなかった。それに黒縁の眼鏡を掛けている。

 僕は高校二年の時、アルバイト先で出会った一つ年上の女性と付き合っていた。関係はただ一つを除いて上手くいっていたが、三年になり先生が現れ、関係は破綻した。僕が先生に惚れてしまったのだ。その件については言わず、単純に「他に好きな人ができたから」と言って当時の彼女とは別れた。
 書道の教室は本館からは離れたところに位置し、僕は放課後、掃除をするという面目で毎日書道の教室に通っていた。一般的には高校の授業で書道があるのはおかしいかもしれないが、事実あったのだから仕方が無い。

「先生か。久し振りだね」
「五年ぶりぐらい? かな」
「まだ教師やってるの?」
「今は国語の担任になったんだよ」
「すごいじゃん」

 僕は多分先生に百回ぐらい告白をした。そのたびに流された。「生徒という目でしか見られない」とのことだった。しかし一つだけ約束をした。卒業式に携帯のアドレスと番号を教えてもらうのだ。僕は赤点を取りつつもなんとか卒業することができ、先生は二つの約束を守った。卒業してからも連絡を取り合っていたが、いつの間にか疎遠になっていった。先生は当時付き合っていた彼氏がいたし、僕にも新たな彼女ができたからだ。

「彼氏とは別れたの?」
「別れたよ」
 言いながら先生はカウンターに突っ伏した。相当酒が入っているのだろう、顔が赤い。話していくたびに徐々に呂律が回らなくなっている。僕のほうだってそれは同じで、何杯目かのビールを呑み干し、煙草を吸うと、一気に酔いがやってくるのを感じた。
「私ね、教師辞めようと思ってるんだ」
「なぜ?」
「地元に帰ってお見合いしようかなって」
「親がうるさいの?」
「そんなとこ」
「そんなの無視すればいいじゃん」
 少し声を荒げながら僕が言うと、先生は突然くすくすと笑い始めた。
「あの時みたいね」

 僕が書道教室に入り浸っている時、先生には彼氏がいたというのは前に述べたけど、彼氏は結婚する気が無いらしく、先生は別れようか迷っていた。僕はそれを相談を受けるという形を取りながら、必死に別れさせようとしていた。

「でも、あの時とは違う。もう五年も経ったから」

 僕がもう何杯目かもわからないビールを注文すると、先生は一万円札をカウンターに置き、「じゃあね」と言ってバーを出ていった。
 それから一年後、風のうわさで先生が結婚したという話を聞いた。今になってたまに先生が夢に出てくることがある……。
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現代文学
20年間で書き溜めた短編やショートショートをまとめました。 公募一次通過作などもあります。 今見返すと文章も内容も難ありですが、それを楽しんでいただけると幸いです。

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