レツダンセンセイ・グレーテストヒッツ

れつだん先生

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POST OFFICE LITERACUCTUR(未完)

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 一日目

 責任者らしき中年男性が説明している間、目の前に座っている、痩せた若い女の子をじっと眺めていた。説明が終わったことにも気づかないぐらい、艶やかなロング・ヘアーの隙間から見える首筋を、紺色のセーターからくっきりと浮かぶボディ・ライン、安物のパイプ椅子に軽やかに収まっているお尻……。
 女性はなぜ、ボディ・ラインを強調したがるのだろうか? 特に悶々とするのは、ぴったりくっきりパンツ。お尻のラインから太もも、そして足にかけて、あからさまにアピールしている。
 変な考えがふと頭をよぎった。
 もし今ここで背後から抱きついたら、いったいどういう反応をするだろう。間違いなく僕は、痴漢の現行犯で、この場から退場させられるだろう。警察に連れて行かれて、父親ぐらいの歳の警官にお灸をすえられて、離れて暮らす両親の元にも連絡が行き――
 僕はここへ痴漢をするために来たのではない。
 ――五年以上ぶりの労働をしに来たのだ。

 狭いフロアに大量に並べられた安物のパイプ椅子。そこに座る老若男女。見える範囲だけでも、高校生ぐらいの年代から、僕よりもずいぶんと年上の年代までいる。なかなかに可愛い女の子もちらほらと見受けられる。
「八十人近くの方に働いてもらうことになりまして、今日出勤は五十八名です」尻が痛くなってきた。「では少しビデオを観てもらいまして、その後書類を書いてもらいます」と言うと、別の社員がカーテンを閉め、映像を観やすいように部屋を薄暗くする。
 二十四インチほどのモニタに映像が映る。
「見えますか?」と中年男性が訊くと、僕の後ろから中年主婦の声で、「見えまあす」という返事があった。中年男性がリモコンをいじると音が大きくなり、「聞こえますか?」と訊くと、また同じ中年主婦が、「聞こえまあす」と返事をし、別の中年主婦が笑った。

 映像の内容は、四つの行動について注意を促すものだった。
 一つ目は、若い男性アルバイトが葉書に載っていたアドレスをメモし、連絡を取り、苦情が行く。
 二つ目は、同じく若い男性アルバイトが配達中にゆうパックを盗み、苦情が行く。
 三つ目は、同じくが切手を盗み、自分用の封筒を出す。
 四つ目は、同じくが配達を早く終わらせるために、葉書を隠す。

 そしてそのすべてのパターンで、若い男性アルバイトは上司に呼ばれる。知らないふりをすると、上司は一旦納得する。しかし、監視カメラや他の社員の報告により、それが上司にばれてしまい、「ほんの出来心で……」と謝罪し、「これは云々罪により、云々年以下の懲役に課せられます」と大きくバツ・マークが出る。
 そんなことを言われるまでもない、と、誰もが思っただろう。するわけがない。

 終わると書類を何部か配布される。ボール・ペンを忘れてしまったことを言おうとする前に、新品のボール・ペンが無料配布される。
 一部は、「わからないことがあったが、誰にも聞かず自分で判断した」などという、またも誰しもがわかっていることが書いてあり、その隣に丸かばつかを書き記す。この書類はどうでもいい。
 四枚ほどでホッチキスされ一部になっている書類が一番重要だ。これからする仕事のことが書かれている。僕たちは年末年始の年賀状の仕分けの仕事で集められた。中年男性が口頭で説明しながら、書類を確認する。しかし、さっぱり理解できない。すると、「この後昼休みを取っていただいて、その後に実際に現場に入ってもらい、説明をします」と言った。今理解できなくても、現場に入ってものを目の前にすれば、大丈夫だろう。

 二時間が経過し、昼休みの時間になったので食堂へ行く。これだけで一八八〇円稼いだ。食堂では、友人同士でここへ来た高校生や、今知りあった若い女性たち、中年主婦たちが適当に談笑している。僕は当然のように隅で読書を続けた。腹が減ったので自動販売機でパンを買おうか迷ったが、やめておいた。急激に煙草が吸いたくなったので、食堂の隅にある喫煙室で煙草をふかす。
 そこに、「配達員が煙草臭い、対応したスタッフが煙草臭い、という苦情が入っています。煙草を吸い終えたら、手洗いうがい、そして歯磨き、最後に消臭剤を頭から被りましょう」と書いてある。異常だと思った。たかだか一瞬の煙草の臭いについて、わざわざ苦情を入れるなんて、頭が悪すぎる。どこまで煙草が嫌いなんだ。
 二本吸って部屋を出て、また読書を続ける。すると四十分が経過したので、安いパイプ椅子の部屋へ戻る。五分前には椅子がほとんど埋まっていた。そして四十五分になったと同時に、中年男性が、「班ごとに呼びますので、班長の指示に従い、現場へ行ってください」と言った。そして四十五分になった頃に、中年男性が慌てた様子で、別の社員になにかを話している。「まだ来られていない人がいますので、もうしばらくお待ちください」と言った。五分前にとは言わないが、さすがに時間ぴったりには座っておくのが当たり前なのでは……。遅れてきた数人の男子高校生は、悪びれるわけもなく、話をしながらパイプ椅子へ座った。
 一人、髪の毛をワックスで固め、ピアスをつけ、サルエル・パンツで来ている若い男がいた。
 一人、肩を露出させた服で、ミニ・スカートに黒いタイツの若い女がいた。
 自分の若い頃を思い出した。これが歳を取るということなのだろう。

 奥まった小さなスペースが仕事場になる。ゴムの指サックを二個配られる。残念ながら、目の前に座っていた若い女の子と同じ班ではなかった。僕の班は四人。その内一人がマスクをつけた若い女性。一人は太りに太った若い男性。一人は四十代前後の訳ありそうな男性。そして僕。
 立ち仕事で、社員から手渡された年賀状を番号ごとにに区切ったところへわけて、最終的に一番から集めて一つの束にし、完成したものを社員に手渡す。僕たちの班の班長は四十代半ばぐらいだろうか、優しい方で、「疲れたら休んでいい、トイレは自由に、暑ければ窓を開ける、わからないことはなんでも聞いてくれ」と言った。
 若い女性は、このアルバイトの経験者だと言った。「去年も来たんです」と班長に言うと、訳ありそうな男性も同じく、経験者だと言った。班長が、「去年働いたんですか」と訊くと、訳ありそうな男性は、「いえ、私は! 高校生の頃に働きました!」と、まるで軍人のようにはきはきと言った。やっぱり訳ありそうだ。
 二人組みで別れ、経験者と未経験者を隣同士にするということで、僕の心は少しときめいた。この若い女性の隣に立って、わからないところを質問したり、たまに雑談したりすると、なんだかいい感じになれるのではないか、と。
 しかし、そんな淡い期待は無残にも砕け散った。僕は訳ありと隣同士になった。
 最初こそ内容を理解できていなかったので戸惑ったが、数分で理解した。あまりにも簡単すぎる。しかしまあ、基本的には高校生がする仕事なので、難しいはずがなかった。
 ひたすら同じことを続ける仕事は、僕に合っていた。五年ぶりの労働とは言え、それまでに様々な仕事をしてきた経験がある。立ったまま同じことを続け、それに没入する。あっという間に二時間が経ち、チャイムが鳴った。
 班長がやってきて、今日の仕事の終了を告げる。「明日は休みです。明後日二十五日は、朝からの勤務の方と、昼からの勤務の方がいます」と言い、名前の書かれたファイルに印鑑を押し、二時四十五分に終了する。これだけで、三七六〇円稼いだ。あまりにも楽すぎる。とは言うものの、立ちっぱなしだったので、足は疲れ、痛みだしている。それに、朝起きられないと思ったので寝ずに来たので、ぼんやりとした眠気がある。

 誰とも話をすることなく郵便局を後にした。歩きながら煙草を一服する。
 仕事をせずに一日中家で適当に過ごすより、たった四時間少々でも外に出て働いた方が、精神的にすごく楽になった。この状態が、誰からも文句を言われることのない生活だ。
 家に帰り、晩飯の用意をして、薬を飲んで早々に寝る。
 次の日は休みだったのに、一日中眠ってしまった。やはり、疲れがあったのだろう。


 二日目

 一時十五分に家を出て、四十分ごろに到着。外で煙草を一服してから中へ入り、ロッカーに荷物を入れ、現場へ行く。若い女性と訳ありは十時からのシフトだったようで、すでにそこで仕事をしていた。班長に挨拶をし、名札を首から下げ、指サックをつけ、同じことを延々繰り返す。社員たちは座って仕分けをし、僕たちアルバイトは立ちっぱなしで仕分けをする。こういう短期のアルバイトや、日雇い派遣では当たり前の光景だ。
 一日目より二時間長い四時間の作業で、間には一切休憩が入らないので、足がかなり痛くなった。しかし仕分けの作業自体のスピードは上がっていた。短期アルバイトで頑張ったところで仕方がないとはいえ、適当にすることもできないので、四時間きっちり働く。間に班長から、塩キャラメルとあんドーナツを貰う。
 四時間が経過し、班長と同じ場所で働いていた社員に、「お疲れ様でした」と告げ、 当然誰とも話をすることなく郵便局を後にした。歩きながら煙草を一服する。これだけで三七六〇円稼いだ。途中スーパーへ寄り、晩飯の買い出しをし、帰宅する。


 三日目

 一時五十分頃に現場に着くと、二時まで座って待つように言われる。指示をもらう上司が変わった。
 今日この時間に来ているのは、若い女性と訳ありとデブと、色気もへったくれもない子どもみたいな女の子。
 いくら楽な仕事とはいえ、全身がそれなりに筋肉痛で、とくに足首から下に激痛が走る。たまに指で痛いところを押したり、靴の固い部分でマッサージしてみたりするが、まったく意味はない。
 今日はなぜか、四時に十五分間の休憩が入ったので、食堂にある喫煙所で一服する。
 社員たちが大量のお菓子を買って持ってきていたので、いくつか強制的に手渡される。
 かなり足が痛くなってくると、時間の経過も遅くなってゆく。
 パートの主婦や正社員は座って仕分けをしているが、僕たちとは立場が違う。しかし、座ってできたらかなり楽だろうなとは思う。
 待ち焦がれていた六時になると同時に、腕に副班長と書かれた札をピンで貼り付けた若い男性がやってきて、「あと一時間、超過勤務をやってほしい」と言われる。まあ一時間ぐらいならいいか……というわけで、プラス一時間労働する。
 四七〇〇円稼ぎ、へとへとで帰宅。

 四日目

 一時五十分に着いたので、一服してから現場へ行く。今日は場所が少しだけ変わり、若い女性と隣同士になる。……が、集中して作業を行っているので、なにも関係がない。
 さすがに四日目ともなると、かなり慣れが生じる。そして慣れてくるとともに、時間の経過が遅くなってゆく。座ってやりたい。座ってなら、何時間でもできるのに。
 またもや社員がお菓子を配る。
 待ち焦がれていた六時になると、副班長がやってきて、「二時間、超過勤務をやってほしい」と言われる。稼いでも自分の財布にほとんど入らないし、なによりこの短期アルバイトは稼ぐためにやっているわけではないので、丁重にお断りする。
 若い女性、訳あり、デブ、子どもは残って労働するようだ。

 五日目

 五日目。五分ほど前に現場に着く。若い女は休み。デブの隣で作業をすることになる。今日は、すでに他人がわけた物とこれからわける物を合わせる作業。他人がわけた物を番号順に分け、そこに新たに追加してゆく。
 いちいち、どの住所の誰それは何番と確認しなくてすむので楽だ。
 三時過ぎに、「トイレに行ってきます」と言い、大便器に座ってスマホをいじる。それで少し足の痛みが和らぐ。
 四時になるかならない頃に、僕に指示していた人が、「今日は超過勤務できる?」と聞いてきたので、さすがに二日連続で断るのもなんだしと、「一時間なら大丈夫です」と言う。
 一旦十五分間煙草の休憩を取り、七時まで労働。訳ありは三時間も超過勤務するようで、九時まで労働するようだ。

 六日目
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現代文学
20年間で書き溜めた短編やショートショートをまとめました。 公募一次通過作などもあります。 今見返すと文章も内容も難ありですが、それを楽しんでいただけると幸いです。

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