虚無・神様のメール・その他の短編

れつだん先生

文字の大きさ
9 / 18

サンタなんて、いない

しおりを挟む
 十二月に入った途端、街はクリスマス一色になり、仲むつまじいカップルたちが他人に見せ付けるように体を寄り添い歩いている。僕は小汚いジャンパーを羽織り、一人寂しく街を歩いていた。クリスマスソングが嫌でも耳に入ってくる。カップルとすれ違うたびに、ものめずらしそうに僕を見る目線だけが飛んでくる。途中コンビニの前で足を止め、煙草に火をつける。煙草の煙か吐息かわからない白い靄が口から絶え間なく吐き出される。僕が通う大学ももう冬休みに入ってしまっているので、暇を潰すことも出来ず、毎日ただ無駄に過ごしていた。言わずともがな、こういう日を一緒に過ごすような人も居ない。
 突然、携帯が鳴り出した。僕は煙草を口にくわえながら携帯を取り出した。
「もしもし」
 相手は大学の友人である田中だった。
「どうした?」
「お前どうせ暇してんだろ? ちょっと店手伝ってくれないか?」
 田中の実家はケーキ屋を営んでいる。金欠になるとちょくちょくケーキ屋を手伝い、小銭を稼いでいた。そろそろ財布の中も寂しくなっていた所だ。
「いいけど、二十四日でいいんだろ?」
 電話口で田中が馬鹿にしたように小さく笑った。
「お前、今日何日か知ってるのか? 今日が二十四日、クリスマスイブだぞ?」
「あぁ、そうだったっけ」
 そうか。今日がクリスマスイブだったんだ。まあ僕には関係の無い話だ。別にバイトで暇が潰せるのならそれでいい。
「親戚の姉ちゃんに手伝ってもらってるんだけどさ、まだ人手が足りず困ってたんだよ。サンタの服着てもらうけどいいだろ?」
「おう。じゃあ今から行くわ」
 携帯を切り、田中の家に向かって歩き出した。親戚の姉ちゃんか。同じようにサンタのコスプレしているのだろうか。少し、いやかなり気になるな。あわよくば明日二人で過ごすことになるかもしれないし、金も入るし。浮かれる気持ちを抑えながら、僕は店へと急いだ。
 店の前で田中がサンタの格好をしてケーキを売っていた。街の真ん中に位置する店だけあって、客に埋め尽くされていた。田中は僕の姿を見つけるなり、店の中へ僕を連れて行き、サンタの衣装を手渡してきた。
「悪いな、4,5時間でいいからさ」
「それより親戚の姉ちゃんは?」
 さりげなく聞いたつもりだったが、田中はニヤリと笑うと煙草に火をつけた。
「残念でした。彼氏とデートだってさ。さっき帰ったよ」
 まんまとしてやられたわけか。まあいい。僕はサンタの衣装を身にまとい、田中と一緒に外へ出た。
「ほら! やっぱりサンタさんは居たんだよ!」
 少し離れたところから子供の声が聞こえてきた。僕のほうを指さしながら叫んでいる。小さな男の子だった。お世辞にも綺麗とは言えない服を着込んでいる。サイズの合っていないズボンとぼろぼろになった靴。いまどき居るんだな。そういう子供も。
「あれはサンタじゃありません! サンタなんてこの世に居ないんだから」
 プレゼントを買う金が無いから居ないとうそをつく。懐かしいな。もう10年以上前になる。

 僕には父が居なかった。小さなときに離婚し、僕は母に付いていった。母は朝から晩まで働いていたが、今日の飯をどうするかというぐらい貧乏だった。クリスマスは二人で親戚の家に行って一緒に楽しませてもらっていた。もちろんプレゼントなんて無い。母は悲しそうな顔で「サンタなんていない」と口癖のように言っていた。
 ケーキが買える家と買えない家。サンタが来ない家と来る家。小さいながら僕は自分の不幸を呪っていた。友達や親戚は豪華な食事を食べ、サンタがくれたプレゼントで遊んでいた。クリスマスに思い出なんか無い。友達をうらやましく思った。それだけ。

 僕は手が止まっているのに気づき、また仕事を再開した。4,5時間で終わるという約束だったが、客足が遠のく頃にはもう夜になっていた。気づけば雪がちらちらと降りだしていた。周りの家には明かりが付き、街にはクリスマスソングが流れ出す。大きな木は飾り付けがされ、片付けている僕の横をカップルや家族が通り過ぎていく。ふと目の前に人の気配を感じた。あの親子が僕を眺めている。ケーキを買おうか迷っているのだろう。財布を片手に持ったまま立ちすくんでいる。もう大きいケーキしか残っていない。小さなケーキは売切れてしまっている。あの親子が近づいてきた。
「すみません……、一番小さいケーキはまだありますか?」
「もう売り切れてしまって。大きいサイズのなら残っていますけど……」
「そうですか。すみません、また来ます」
 母親は、ケーキと僕を見つめ続ける男の子の手を無理やり引っ張りながら、夜の街へと消えていった。あの二人にとっては、雪もクリスマスソングもツリーも、そしてこんな日も余計なものなのだろう。この二日間が苦痛でたまらないだろう。僕もそうだった。この歳になってもそれは消えることは無い。子供の頃の記憶は、消えないままずっと残ってしまうのだ。
 僕は財布を取り出し、帰る準備をしている田中に金を渡し、ケーキを箱に入れた。
「お疲れ。お前もケーキ買うんだなぁ。服はその辺に置いておいてくれ」
「悪い、田中、ちょっとこの服借りるわ」
 僕はケーキを手に持ち、あの親子を追いかけた。クリスマスが嫌いなのは僕だけでいい。サンタクロースは存在する。楽しいクリスマスを。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...