虚無・神様のメール・その他の短編

れつだん先生

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神様のメール(織田作之助青春賞 一次通過作)

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 十二月に入ると街にはクリスマスソングが流れ、カップルが自分たちがどれほど愛し合っているかを見せ付けるかのように、堂々と町中を歩いている。僕はその間、必死で求人誌を睨みつけながら、新たな仕事を探していた。当然一緒に過ごすような女性はおろか、男友達すらいない。
「こんな仕事こっちから辞めてやるぜ」と勢いよく辞めたのはいいけれど、世の中が百年に一度の不況に苦しんでいるという状況を忘れていた。さすがに、高校を卒業して以来まともな就職もしたことが無いような僕がまともな仕事を見つけられるわけでもなく、毎日求人誌を見ては電話をかけ、を繰り返していた。
 言い方は悪いけれど、妥協すればこんな田舎でも仕事はいくつもあった。まだ僕は二十歳を過ぎたばかりなので、年齢的にも全然問題が無い。それでも、これまで楽をしてきたせいなのか、仕事を選んでしまう。お陰で全く見つからない。
 と半ば諦めかけていたその時、ふと一つの求人が目に止まった。職場は、僕が暮らすアパートから歩いて十五分程度の所にあるらしい。しかし仕事内容は書かれていない。「パソコンが使える方急募!」とだけ書かれた怪しげな求人。この地域でのどのバイトよりも時給が高い。法律スレスレのようばバイトじゃないのか? と心配になったが、時給は高いわ近いわという好条件に負けた僕は、さっそくその番号にかけた。
「あー、はい、もしもし」
 何度か呼び出し音が鳴り、若い女性の面倒臭そうな声が聞こえた。会社の名前すら言わない。怪しすぎる。僕は電話用の声色を使い、丁寧な声を出した。
「あっ、すみません。求人を見て電話させていただいたのですが」
「おー、バイト? へぇ、求人とか出してみるもんだねえ」
 僕はまるでため息をつくかのように、「はあ」と声を出した。何というこの軽さ。僕が今までやってきたどの仕事にも無い怪しさがあった。と同時に、なぜかそれが魅力的に感じてしまっていた。
「まー、とりあえず今から来てよ。一応履歴書持ってきてね。住所わかる?」
「あっ、はい、大丈夫です」
 言うなり電話は切れてしまった。別の意味で大丈夫なのだろうか? 不安な気持ちを打ち消すかのように求人をもう一度眺めるも、書いてあることは変わらない。パソコンが使える方急募!
 考えていても何も変わらないので、事前に書いておいた履歴書を手に取り、求人に書かれた住所を元に行ってみることにした。バイトだしわざわざスーツを着なくてもいいだろう。あの軽さだし、普段着で大丈夫。

 あまりの寒さに思わずまわれ右をしそうになる体を抑え、クリスマスソングが流れる街中を歩いて行く。どこもかしこもカップルカップル。幸せそうな顔をして、腕を組んで歩いている。人の気も知らないで! と憤りを感じたが、知らないのも当然だろう。諦めて歩く。
 目的地である簡素な住宅街にたどり着いた頃には、寒さはどこかへ消し飛んでしまっていた。額には汗がにじみ、少しばかり息が切れている。この辺りのようなのだが、いくら見渡してみてもただ住宅が立ち並ぶばかり。途方に暮れてしまったので、電柱に寄りかかり、持ってきておいた煙草に火をつけた。煙とも吐息ともつかない白いもやが空へと昇っていき、何も無かったかのように消え去るのをただ静かに眺めていた。吸い終わった煙草を靴底でもみ消し、体を起こすと、面接はまた今度でいいか、なんていう甘い考えが頭の中を過ぎった。そのままぼんやりと空を眺めていると、突然頭に大きな衝撃が走り、目の前が真っ暗になった。

「いやぁ、頭を狙ったつもりは無かったんだけどね」
 目を開けると知らない天井が見えた。若い女性の顔が、天井を隠すかのように僕の視界に飛び込んできた。申し訳無さそうな顔をするわけでもなく、僕のポケットから煙草を取り出し、火をつけた。
 声を出そうとすると、頭に痛みが走った。
「動かないほうがいいんじゃない? 一応頭冷やしてるから。血は出て無いよ」
「そうですか、ありがとうございます」
 女性は僕よりも二三年上に見える。薄茶色のロングヘアーをうっとうしそうにかき上げながら、煙草を持っていない方の手で、僕の頭に乗っていたタオルを裏返した。トレーナーにジーンズというお洒落とは程遠い格好ながら、僕は少し見惚れてしまっていた。細く伸びた指の先には、似つかない物が赤く燃えながら挟まっている。
「多分ですけど、それって僕の煙草ですよね?」
「別にいいじゃん、一本ぐらい」
 そうやって微笑まれると、何も言い返せなくなってしまう。気持ちの悪い沈黙がこの部屋を漂い続けていた。じっとこの女性を見つめているのもおかしいと、寝たまま部屋を眺めて見た。六畳ぐらいの広さをしたワンルームのアパート。開いたままの扉の向こうには二メートルほどの廊下があり、壁際に小さな台所がある。廊下の奥は玄関になっている。トイレや風呂はここからでは見えない。部屋の中には本棚と小さなテーブル、その上に電源が入ったままのノートパソコンが光っていた。放置してから時間が経ったのだろう、スクリーンセーバーが画面に模様を描いている。
「じゃあ、痛みが治まったら早速働いて貰おっか」
 吸い終わった煙草を灰皿でもみ消しながら笑顔で言う女性をただ見つめていた。持ってきていた履歴書はポケットに入ったままだ。自己紹介も何もしないまま働くのだろうか?
「僕にはもう何がなんだか」全然わからないんですが「どういうことでしょう」
「仕事しに来たんでしょ?」
 女性は僕の煙草を一本取り出し、火をつけながら言った。僕は間抜けな顔でそれを眺めている。
「え? 違うの?」
「いやいや、面接しに来ましたよ」
「よかったぁ」
 僕の心臓がどきりと動いた。決して女性を魅力的だなんて思ったわけではない……はず。それだけで全てを許してしまいそうな気持ちにな……っては駄目だ。
「仕事は簡単なのよ。パソコンをちょちょっと触るだけ。……さすがにパソコンぐらいは触れるよね?」
 求人にも、パソコンが使える人、と書いてあった。僕にだって使うぐらいならできる。
「はい、大丈夫ですよ」
「じゃあ、私ちょっと煙草買ってくるからさ、適当にパソコンいじっててよ」
 そう言って玄関へ駆け出す女性の後姿をただ呆然と見つめていた。頭の中では聞きたいことは沢山出ているのにも関わらず、口は思うように動かない。
「あっ、あの」
 ようやく言葉を出し、女性の歩みを止める。しかしそれ以上の言葉が何も出ない。女性と目が合い、しばらく時間が止まる。何を言えばいい? 聞きたいことは山ほどある。
「山下陽平です!」
 なぜか名前を叫んでしまった。女性がぷっと笑いだし、恥ずかしさのあまり顔が熱くなる。女性との会話に慣れていない証拠だ。
「あ、あの、えっと、お名前は?」
 いたずらを覚えた子供のようににやにやと笑い、「内緒」と言った。突然静かになった部屋には、閉まりきれていない水道の蛇口から漏れる水滴の音以外何もしなくなった。重たい空気を取り払うように窓を開け、外を眺めたまま煙草に火をつける。風の冷たさに火照った顔が冷やされる。ノートパソコンは未だにスクリーンセーバーが模様を描き続けていた。
 女性はパソコンをちょちょっと触るだけ、と言っていた。誰にでもできる仕事なのだろうか。それにしては時給が高すぎる。それに、ここはどう考えても会社には思えない。では女性が一人でやっているのだろうか? 最近流行りの在宅ワークというものだろうか。しかしあれはかなり単価が安いと聞く。時給を払ってしまうと確実に赤字になるだろう。
 様々な考えが頭の中を過ぎる。いつの間にか煙草は指近くまで燃え尽きていた。それをテーブルに置いてある灰皿でもみ消すと、ノートパソコンが突然ポーンという音を立てた。スクリーンセーバーが消え、『新着メール 一件』という文字が現れた。

 これは開いてもいいのだろうか? 女性の個人的なメールかも知れないし、仕事の内容が書かれたメールかも知れない。見るのはやめておいた方がいいんじゃないか? という理性に反抗するように、マウスを握った指先は、メールを開くボタンをクリックしていた。見てまずいものならすぐに消せばいいじゃないか。なあ?
『おかあさんのびょうきをなおしてください  やなせかな』
 メールの内容を見たものの、何が何だかわからない。開くのはまずかったのだろうか? 迷惑メールの類なのだろうか? 何もかもがわからない。この、やなせかなという人がどういうつもりでこんなメールを出したのか、考えても答えは出ない。メールを閉じようとクリックした瞬間、また小さな音を立てて、画面にウインドウが新たに現れた。
『はい・いいえ』
 ウインドウには、はいといいえという二つのボタンがあった。メールを削除する際に出る確認のボタンだろうか? それにしては何の説明も無い。無闇にクリックするのは良くないのかもしれない。しかし僕は何かに吸い寄せられるかのように、はいをクリックしていた。次は小さな音ではなく、短い音楽が流れた。そしてまた新しいウインドウが立ち上がった。
『おめでとうございます! やなせかなの願いは叶えられました! 現在叶えた願いは七千三百八十一です! 目指せ一万!』
 どうも削除の確認では無いようだ。新手のゲームか何かだろうか。しかしそれにしては何の説明も無さすぎる。もしかしたらやってはいけないことをやってしまったのかもしれない。逃げた方がいいのだろうか。いや、謝るべきだろう。
『宝くじが当たりますように! 篠原和博』
 突然のメールにびっくりしてしまい、思わずその反動でメールをクリックしてしまった。するとまた「はい・いいえ」のウインドウが開き、僕は当然のようにはいをクリックした。短い音楽が流れ、同じようにおめでとう! の文字が現れた。
「驚いたでしょ?」
「ふはあああ」
 耳元にかかる暖かい息と女性の声に反応して、変な声が出てしまった。また僕の顔が熱くなるのが自分でもわかる。振り返ると、女性の顔が十センチ先にあった。どこを見ればよいか分からず、とりあえず目をきょろきょろと動かした。風に揺られる髪の毛が、僕の頬に突き刺さってこそばゆい。目は僕をしっかりと捉え、樹液に群がる虫のように、僕の意識は薄く口紅を塗った唇へと吸い寄せられるようにして近づいていき……。
「こら!」
 頬を掌で叩かれた。別の意味で僕の顔は赤くなっているだろう。ようやく現実に戻れた僕は何とか弁解する言葉を探そうとするが、何も出てこず余計にわけがわからなくなってしまった。全身に気持ちの悪い汗が浮かび、喉は急速に乾いていく。
「あ! こんな簡単に許可しちゃったら駄目じゃない」
 女性は僕の体を押しのけるようにパソコンの前に座り、キーボードをカタカタと軽快に叩いた。その間にもメールは留まること無く届いてくる。それを捌きながら煙草に火をつける姿が様になっていた。
「これは……何ですか?」
 その姿に見惚れてしまっていた僕がようやく声を出すも、女性の耳には入っていないようだった。未だ忙しそうにキーボードを叩いている。
「これは……何ですか?」
 もう一度声を出すと、ようやく女性の手が止まり、顔が僕の方へ向いた。少しどきりとする。
「まあ、仕事をするなら知っておいたほうがいいわよね」
 まるで独り言のように呟き、突然真剣な顔に変わった。また僕は少しどきりとした。
「これが仕事なんですか?」
「信じる信じないは別にして言うけど、これって人々の願いが届いてきてるんだよ」
 これは夢なんじゃないか、と僕は思い切り自分の頬をつねってみた。ただ痛いだけで少し涙が溢れた。それを見た女性が小さく笑った。
「残念ながら夢じゃないよ。何でもかんでも簡単に許可しちゃったら駄目。厳選しないと」
「あなたは神様ですか?」
 馬鹿にしたような顔で僕を見て、盛大に笑う女性をただぼんやりと眺めている。女性が開けた煙草に手を伸ばすと、ぱしりと叩かれた。ちょっと痛い。
「似たようなもんかな?」
 何かいたずらを考えたような子供の笑みを浮かべる。思わず僕も微笑み返した。
「神様がこんなところで何をしてるんですか?」
「嘘よ。仕事仕事。結構神経使うんだよねぇ」
「頭の病気か何かでしょうか?」
 拳で頭を思い切り殴られた。ものすごい痛い。
「だから信じる信じないはいいんだって。あ、いいのがあった。山下陽平君の願いが届いてるよ」
 この女性が僕の名前をどこで知ったのかはわからないが、知っていたところで何の不思議も無い。相手の名前はおろか住所も知らないような業者から当たり前のように郵便物が届いているこの時代、個人情報などと言う言葉はほとんど存在しないと言ってもいいだろう。
「ん? 目の前の女性とセックスがしたい? 馬鹿じゃないのお前!」
 笑いながら僕の背中をばしばしと叩く。痛い。まあ、これもトリックだ。年頃の男が、年頃の女を目の前にしてそんなことを思わないわけがないのだ。それに僕はそんなことを願った覚えは無い。今の願いはただ一つ、家に帰りたい、それだけだ。フッ。
「オッケーして欲しい?」
 俯き加減の僕の顔を覗き込むようにして、淫靡な笑いを浮かべた女性がマウスをもてあそぶようにいじっている。はいを押せばどうなるんだろうか。恥ずかしながら僕は、この年になってそういうことはおろか、彼女さえできたことが無い。それがこんなクリック一つでどうにかなってしまうものなのだろうか。僕にはわからない。にわかに信じたくは無いけれど、それが本当だったらどうする? なんの準備もできていない。こんなことだったら一応薬局でも行っておくべきだったか? いや、準備万端過ぎるような男も、逆に気持ち悪がられるかもしれない。しかしそうなれば最悪の可能性もありうるのだ。今の僕に子供を養うことはとてもじゃないけどできない。仕事にだってありつけていない。自分で精一杯なのだ。ということは日を改めてまた、となるか? いや、それなら二人で買いに行けばいいんじゃないか?
「当然ながらいいえをクリックしまぁす。一生懸命何かを考えている山下陽平君は気持ちが悪いでぇす」
 女性はけらけらと笑っている。
「そ、そんなクリック一つで何でもできるんだったら、何でもできるじゃないか!」
「何でもできるってわけでもないけどね」
「詐欺だ! トリックだ! こんなのに僕はだまされないぞ! 何を買わすつもりだ? 壷か? 絵か? そんな金は無いね! 今日の晩飯だってどうするかっていう状況なんだ。ローンだって組まないからな!」
 一気にまくし立てて息を切らせている僕に、女性が一本煙草を差し出してくれた。一応お礼を言い、火をつける。
「時給は弾むからさ、やってみてよ。ほとんどいいえをクリックすればいいだけだから。あ、またメールが来た」

 僕はそのバイトをやることになった。といっても、こんなの信じているわけではないし、この女性に魅力を感じたわけでもない。単純に時給が良かったから、それだけの理由だ。仕事内容もメールを見てクリックするだけだし、その間はジュースを飲んでいても読書をしていても、煙草を吸ってもいいんだ。こんなにいいバイトが他にあるか? いや、無いね。僕はほぼ毎日、朝から晩までこのバイトをした。僕が仕事をしている間、女性はこの部屋にはいない。何をしているのかもわからないし、べつに聞こうとも思わなかった。僕にそういう雑務を任せて、家でゆっくり休んでいるんだろう。たまにサボってないかどうかだけを確認しにくる程度で、会話もあまりしない。一度、その乱暴な喋り方どうにかしたほうがいいですよ、なんてうっかり口を滑らしたばかりに、頬に赤い手形がついたこともあった。それから怖くて話し掛けることもできなくなった。
 そして部屋にやってくる頻度も徐々に減って行き、ここ数日はまったく姿を見ることもなくなっていた。最初こそうるさいのが居なくなったと喜んでいたが、何にも無い部屋、代わり映えのしない仕事。徐々につまらなくなってきたんだ。断じて寂しいとか会いたいとかそういう気持ちなんかじゃない。
 僕はそんな気持ちを押し殺すように、無理やりメール作業に没頭した。しばらくするとその作業を楽しめるようになった。軽い願いことならはいにしているため、それによって外の世界がどう変化するのかを知りたいようになってきた。
『日本にゾンビの集団が現れてすごいことになりますように。 長谷川真一』
 思わず僕は吹き出し、なんとなくはいをクリックした。急いでドアの外へ飛び出すと、目の前にはゾンビ映画さながらの阿鼻叫喚の世界が広がった。泣き叫びながら逃げる人々、それを追い詰め人肉を食らう歩く屍たち……。僕は急いでドアを閉め、その願いをキャンセルした。そしてもう一度ドアを開けると、いつもののどかな風景が広がっていた。
 どうやらこれは嘘でもトリックでも無いようだ。うっかり許可してしまっても、キャンセルすれば何事も無かったかのように済んでしまうんだ。今までメールクリックと読書だけという何の刺激も無い日々を送っていた僕は、静かに微笑んで次のメールを待った。
『おねがいです、おかあさんのびょうきをなおしてください やなせかな』
 またこの子からのメールか……。あれから毎日届いている。僕はその願いを叶えた。これでかなちゃんのお母さんの病気は、それまでが嘘だったように完治するだろう。そして神様に感謝するだろう。しかしそれが僕のおかげだとは誰も思わない。それが少し虚しくなってしまった。誰にも感謝されること無く、人の願いを判別していく仕事。あの女性が必死に代わってくれと言うのも頷ける。
 煙草が切れていたのに気づき、僕は部屋を後にした。女性には、仕事の間は部屋から出ないように言われたが、少しぐらいならいいだろう。部屋の鍵はちゃんとしておくし。

 しかし、それが間違っていた。
 一カートンの煙草を脇に抱え、太陽の沈みかかった冷たい風の吹く静かな街を歩く。途中煙草に火をつけ、ぼんやりとしながら歩いていると、小さな公園を見つけた。さすがにこの季節では賑わうわけもなく、人一人いない。吸い寄せられるようにそこへ入り、隅にあるベンチに腰をかける。一組の母娘が公園に入ってきた。まだ年端もいかない幼女を連れながら、ゆっくりとブランコに腰掛ける。娘は母親と公園に来ることがそんなに嬉しいのか、と言うぐらいにはしゃぎ、何かと喋りつづけている。それに微笑みながら頷く母親。あのかなちゃんも同じように喜んでいるんだろうか、僕は良いことをしたんだろうか、などと思い耽りながら、煙草を灰皿へねじ込み、公園を後にした。その瞬間、背後で悲鳴が聞こえた。
 目の前で起こっていることが上手く理解できない。母親と娘が悲鳴を挙げながら、何かから逃げようとして、その何かはまるで虫を踏み潰すのように、二人をあっさりと殺した。僕はそれを助けることもできずに、絡まる足を引きずりながら部屋へと返った。息を切らせながらドアを開けると、一人の若い男がパソコンの前に座っていた。
「ここで何やってんだよ!」
 僕の声に振り向いた男は気持ちの悪い笑みを浮かばせ、すぐにまたパソコンに目をやった。届いてくるメール全てにはいをクリックしている。僕は頭が真っ白になりそうになるのをこらえながら、急いでパソコンの電源コードを引き抜いた。しかしパソコンは、何事も無かったようにうっすらと光ながら、次々とメールを受信している。そしてそれを笑いながらクリックしていく男。男に飛びつこうとした僕の頭に、男は右手に持っていたマウスを叩きつけた。ちょうど女性に物を当てられた部分に当たり、背筋に痛みが走る。僕が痛みにもがいている間に、男は部屋から逃げるようにして出て行った。しばらくして痛みは治まったのだが、この事態をどうしていいかわからない。部屋をうろつきながら頭を回転させ、色々考えようとするが、焦りのほうが勝ってしまう。とりあえず玄関と窓の鍵をかける。
 僕は以前あの女性から携帯番号を聞きだしておいたことを思い出し、震えながら携帯を取り出し、その番号にかけてみた。近くで着信音が鳴っている。この部屋にいるのだろうか? 音はトイレに近づくほど大きく聞こえてくる。トイレの前で一旦静止し、一度だけ深呼吸をして、勢いよくドアを開ける。あの女性が僕に向かって倒れてきた。衝撃を受けつつ女性を抱きかかえる。その掌に赤々とした血がこびりついた。背中には包丁が刺さっている。ゆっくりと床にへたり込んだ。
 警察に電話をしたところで、信じて貰えないだろうし、殺人事件として取り上げられるだけだ。その前に警察なんかが機能しているかどうかもわからない。次の瞬間、玄関のドアが大きな音を立てて倒れた。同時に外から何人もの男が飛び込んできた。小さな窓からは中年の女が入ってきた。
 男女は何かを叫んでいるが「あいつも殺っちまえ!」、何も聞こえないし「世界は俺たちのもんだ!」もはや興味も無い。「私が一番最初に」いつの間にか「やるんだからね!」涙を流していた。「邪魔だどけ!」僕は床に倒れこんだ。「早くはいクリックしなさいよ」ポケットから煙草を取り出して火を付け、「よーし、俺たちが神様だ!」ゆっくりと煙を吐き出した。「ぎゃははははははははははは!」仕事が見つかりますようにっていう願いも「全ての願いを許可しろ!」許可されたんだろうか?
 世界は終わるだろう。僕は煙草を近くにあった空き缶に入れ、。男女の笑い声と外から聞こえる悲鳴を聞きながら目を閉じた。
「ぎゃははははははははははは!」
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