Yesと言ってほしくてⅠ

相沢蒼依

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Please say yes:Yesと言ってほしくて

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 その後、重箱の中身は、アンディが全て平らげてくれた。しかもかなり残っていたというのに! コイツの胃袋は、ブラックホールなのか!?

 フードコート内でのやり取りが原因で、ご機嫌斜めになった状態を自分なりに何とかすべく、某コーヒーショップに移動して、好きな飲み物を奢ってやった。

「アンディが作ってくれた、お昼のお礼なんだけどさ。こんなものでしか感謝を示せなくて、本当に悪い!」

 ヤツのテンションを持ち上げるためなら、情けない男を演じるなんて全然平気。

「そう、何度も頭を下げるな。まるで俺が、面倒くさい人間に見えるではないか」

(おぅよ、かなり面倒くさいぞ! 好きじゃなけりゃ、さっさと帰っているところだ)

 なんて言えないので後頭部をバリバリ掻きながら、気持ちを誤魔化すべく、苦笑いを浮かべてやり過ごしてやった。

「意外といけるな、これは」

 不機嫌丸出しで1口飲んだと思ったら、ぱっと表情を明るくし、再びストローに口をつける。その姿に、内心安堵のため息をついた。

「和馬のキスとどっちが甘いだろうか? 試してみてもよいか?」

 安心した途端に、いきなり何を言い出すかと思ったら――

「試したところで、苦いと思うぜ。俺、コーヒーはブラックだし」

 呆れながらコーヒーを飲むと、更に嬉しそうな顔をしてくる。メガネの奥にある青いガラス玉の瞳が、煌めいたように見えた。

「俺は甘い物を飲み、和馬は苦い物を飲む。互いに甘い物を飲むよりも、もっと甘さを感じるであろう。きっとすっごく、甘いに違いないのだ」

 にゅっと寄せてきた顔は、してやったりという感じだったので、迷うことなく右手でアンディの唇を覆ってやる。

「おい、何故阻止するのだ? 愛し合ってる者同士がくちづけを交わしても、バチは当たらんぞ」

 くぐもった声だったけど、何を言ってるのか分かったので眉根を寄せつつ、覆っていた手を退けて、アンディの頭を叩いた。

 ばこんっ!

「いっ!? 何をするのだ和馬っ」

「人目を気にしてメガネなんてかけてるクセに、何でキスしようとするんだよ。わざわざ自ら目立つことして、バカじゃないのか」

 叩かれた頭頂部を撫でながらも、何故か口角が上がってるアンディ。イヤな予感しかしない――

「そんな風にイライラしおって。欲求不満なんだろう?」

「違うよ、もう!」

「分かった分かった。俺としては和馬との仲を皆に見せつけてやりたいのだが、一歩譲って手を打ってやる。人目のつかぬところで、すればよいのだろう?」

 一歩譲って手を打ってやる、か――

 初めてアンディの口から聞いたときは、百歩譲ってだろってバカにしたんだけど、気になってあとから調べたら、辞書的な意味で誤りをしていたのは、日本人の自分だったという、笑えないオチになっちゃったんだよな。

 俺と仲良くなるため一生懸命に日本語を学び、イントネーションを完璧にすべく、日頃から喋るだけじゃなくて、文化や習慣まで勉強して大事に想ってくれて。

「ほら、和馬。約束なのだ」

「は?」

 言いながら目の前に、右手の小指を差し出してきた。

「約束するとき、ゆびきりげんまんするのであろう? 遠慮せずに絡めよ」

 ――何の約束だろうか?

 くどくど言われるのも面倒だったから、するりと小指を絡めてやる。

「ゆびきりげんまん ウソついたら針千本飲ます♪ 指切った!」

 何だかよく分からないけど、日本人よりも日本人らしいかも。こんな風に約束を交わすなんて、今時の子どもでもしないのに。

「俺は約束を守る男なのだ、安心してよいぞ和馬。人目のつかぬところで、ピーしたりピーやピピーッピーを、ピーしてだな」

「ばっ! こんなとこで何を言って――」

「顔をそんなに赤くして、可愛いヤツめ。奥ゆかしいお前に合わせて、言葉を濁してやったのだが、分かりにくかったのであろうか?」

 ニヤニヤしながら言ってくれるコイツを、誰か殴ってくれないだろうか。しかも交わした約束が、こんなに卑猥なものだったとは……

「和馬は俺の所有物(たからもの)だからな。大事に扱ってやる。それに――」

 呆れ果てる俺の前で、腕時計に視線を落した。みるみる内に、表情が暗くなっていく。

「……もう時間なのだ、残念」

 寂しげに微笑んでからストローを口にして、ドリンクを飲み干すアンディ。

 それに――の言葉のあとが微妙に気になったけど、暗くなってしまったアンディにそれを聞くに気なれず、お互い無言で立ち上がり、並んで店を出た。
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