ピロトークを聴きながら

相沢蒼依

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ピロトーク:厳かなブランチの僕と俺

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「すみませ~ん。すぐそばにある作家さんのお宅訪問して、ちゃっかり思い出したんです。桃瀬先輩のお宅が確か、ここら辺だったな~と、記憶していたものですから」

 ちゃっかりだと? 嘘つけ、絶対にワザとだって分かるよ。だって郁也さん仕事は出来るし、格好いいし面倒見がいいし。僕と違って愛想もいいから、誰にでも好かれてる。

「あ、初めまして、小田桐センセ。俺、桃瀬先輩の同僚で、鳴海マサヤっていいます」

「ナルミ マサヤさん、ね。どーも」

 パソコンの前で頬杖をつき、棒読みで名前を言ってやった。

 まったく――これからが、いいトコだったのに。

 郁也さんが触れた肌がまだ熱を持っていて、どうしようもないほど切なくて。やり場のないその気持ちが、思いっきり顔色に表れていると思う。

 そんな僕を、じっと見つめた鳴海さん。

「鳴海、そこら辺に座って待っててくれ。涼一にご飯、作ってやらなきゃならないから」

 微妙な空気の僕たちを尻目に、さっさとキッチンに行ってしまった郁也さん。

 困った――知らない人と同じ空間にいるのが、すっげー苦痛だ。だからと言って、部屋にすごすごと移動するっていうのも、見た目よくないよな。一応郁也さんの同僚なんだから、失礼のないようにしないと……

「小田桐センセって、美人ですね」

「は――?」

「ああ、男性に美人って言葉はおかしいか。ビジュアルバンドのボーカルみたいな、キレイなお顔立ちですね」

 よく分からない表現に、眉間にシワを寄せて不快感を露にしてやると、外しちゃいましたねと、苦笑いしながら頭を掻く。

 何、コイツ。ワザと僕がイラつくようなことを、言ってるのだろうか? 見た目が女々しいという言葉が似合う自分の身なりが、すっごくイヤだというのに――

「桃瀬先輩どうしてサイン会の企画、断っちゃったんですか? 彼のビジュアルなら絶対に、大好評間違いなしなのに」

 不機嫌な僕の視線をやり過ごす様に、さっさとその場を立ち去り、キッチンに行ってくれた。

 安堵のため息をコッソリついてると、楽しそうな声がそこから聴こえてきて、苛立ちに更なる拍車がかかる。

「見て分かるように、涼一は人見知りが激しい。いらない誤解を招く恐れがあるから、断っただけだ」

「勿体ないなー。ジュエリーノベルの人気作家が、こんなイケメンだって分かったら、女性読者が飛びつくのが、目に見えるのに」

「その代わり、読者アンケートの抽選で、直筆サインプレゼントの企画を立てただろ。現在執筆しながら、サインの練習してる最中だから」

 ――執筆もしていないし、サインの練習も全然してないもんね~。

 心の中でちゃっかりベロを出しつつ、横目でチラチラとキッチンに並んでいる、ふたりを見てしまった。

(仕事してる最中、こんな感じで喋ってるんだ。郁也さんって――)

 こっそり心の中で感想を述べて、普段と変わらない自分との会話と比較し、じわじわっと寂しさを覚える。

 結局僕は仕事相手というか、商品なんだ。お金を生み出す商品に、心をかける必要なんて、最低限でいいんだろうな。

「涼一、ご飯出来たから、こっち来て座れよ」

 その言葉にのろのろ立ち上がりテーブルに着くと、目の前には美味しそうなナポリタンと、レタスのサラダが置いてあった。

「すっげ! 桃瀬先輩って、仕事の手際がいいだけじゃなく、料理の手際もいいんですね。2品をあっという間に作っちゃうなんて、カンドーさせてもらいました」

「うっせぇな。褒めたって何も、出てこないぞ」

 テレ隠しなんだろう――ちょっと困った顔して鳴海さんの後頭部を、遠慮なく叩く郁也さん。

 沈んだ気持ちのまま、フォークを使ってナポリタンを食べる。一口入れた瞬間に広がるケチャップの香りに、口元が緩んでしまった。

 うっ、旨い! 郁也さんが作る料理の中でもナポリタンは絶品で、僕のお気に入り。レストランの味じゃなく、家庭的な懐かしい感じの、ケチャップの味付け。それが一緒に入ってるソーセージや玉ねぎに、味がしっかりと沁み込んでいて、噛みしめるたびに美味さをじーんと再確認出来るんだ。

 くるくるフォークを使ってパクパク食べる姿を、向かい側に座ったふたりが、じっと見つめる。

 ――何気に、視線が気になるんだけど……

「ホント美味そうに食べますね、小田桐センセ」

 不意に話しかけられ、フォークの手が止まった。きちんと対応して郁也さんの後輩に、嫌われないようにしないとな、うん。

「美味しいですよ。郁也さんの作るもの、大好きだし――」

 ぼそぼそ告げながら上目遣いでふたりを見ると、うっと息を飲んで、顔を赤らめる郁也さん。それを見てなぜか、僕まで顔が赤くなってしまった。

「まったく――褒めたってデザートは、出ないからな! ……ケチャップ、口の端についてる」

 テーブルに置いてあるティッシュで、ゴシゴシと乱暴に口を拭われ、内心慌てふためくしかない。

「そっ、そんなの、自分で出来るから! 子どもじゃあるまいし」

 鳴海さんが、僕たちのやり取りを何も言わずに、じーっと観察しちゃってるんだよ。ハズカシイだろ、もう////

「やっぱ桃瀬先輩って、どこにいても世話焼きなんですね。さすが我が編集部の、オカンと言われるだけあるなぁ」

「お前が、気が付かなさ過ぎなんだ。普通は作家の家にお邪魔するときは、手土産持参は当たり前だろ」

「あ、すみません。気がつきませんでした」

 僕の顔を見て、済まなそうに謝ってくれた。

「いえ、そんな……」

 僕自身は、郁也さんのオマケみたいな存在なんだから、気遣いは無用だと思われる。その視線を無視し、再びフォークを動かしてナポリタンを戴く。早く食べ終わらせて、この場を立ち去りたかった。

 仲の良いふたりをもう、見たくはなかったから――

「涼一の好物は、文明堂のなめらかプリンだ。覚えておけ」

「はいはーい、メモっときますね」

「で、ただ顔を出したワケじゃないんだろ? どんな厄介ごとなんだ?」

 ふたりの話を聞きながら、もう必死こいてナポリタンとサラダを、さっさと平らげる。

「涼一、待て!」

 まるで飼い犬にお預けを命じるように、涼一の目の前に手の平を見せてやる。フォークを口にくわえたまま固まる姿を確認して、冷蔵庫からお茶を出し、コップに入れて手渡してやった。

「美味しいからって、がっつき過ぎだぞ。喉を詰まらせたら、どうするんだ?」

 俺の作る料理を、いつも美味しそうに食べてくれるのは、嬉しいんだがな――

「あ、うん。でも……お仕事の邪魔になるんじゃないかな、と」

 お茶を飲みながら、チラチラと鳴海の顔を伺っている視線。

 ――へぇ、なるほど。涼一なりに、気を遣っていたのか。

「悪いが鳴海は客じゃない。手土産のひとつも持って来ないヤツの面倒なんて、先輩としては見てやれないね」

 しかもコイツはさっきのいい場面を、見事に邪魔してくれたからな。

「もうもう、そんな冷たいこと、言わないでくださいよ! 桃瀬先輩お願いっ、企画書見てください!!」

「見てあげたら? 困ってるじゃん」

 何故か、助け舟を出す涼一が気になった。もしかして鳴海のこと、気に入ったのか――?

 俺には基本、冷たいクセに(涙)

「さっすが、人気作家の小田桐センセ! すっげー優しい」

「いや、別に。ただ郁也さんがせっかくの休みだというのに、遠慮せずに押しかけてくるのは、どうかなと思って」

 レタスをバリバリ食べながら、あらぬ方向を見てぽつりと呟いた言葉に、鳴海が固まった。

「ぷっ! くっくっくっ!! やられたな鳴海。手土産がないとこうなるんだぜ」

 やっぱり涼一は優しい――ちゃんと俺のこと、考えてくれているんだ。

「キレーな顔して、結構ズバッと言うんですね。やっぱここは、帰ったほうがいいですか?」

 胸元を押さえて苦笑いをする鳴海に、右手を差し出してやる。

「三木編集長に出す前に、見てほしいんだろ。褒めやしないから、覚悟しろよ?」

「有り難うございますっ。俺、あの人のツッコミ、すっごく苦手で……」

「あー、まぁな。でも間違ったツッコミはしない人だし、指示を的確に、ささっと出してくれるだろ」

 専務のお知り合いということで、どこぞの会社から引っ張られ、いきなりジュエリーノベルの編集長になった人――

 たった一週間で、それまで発行していた雑誌の全てに、しっかりと目を通し、

『こんなつまらん雑誌、誰も手に取らないね』
 
 呆れた顔して、バッサリ言い放つ。

 その言葉で当時、雑誌で連載中の小説を上手いことフェードアウトさせながら、作家陣と編集人を洗い直しした結果、営業を担当していた俺に、何故か声がかかった。

『作家が仕事したくなるような、面構えじゃないとダメだから』

 なぁんていうのが、選ばれた理由らしい。

 周りを見てみたら、なるほど男女ともに、見た目がグレードアップしていた。今までここにいた、くたびれたオッサンズは、どこに飛ばされてしまったのか……

『僕はこのジュエリーノベルのジュエリーを研磨するために、呼ばれたに過ぎない。君たちのことも思いっきり研磨するから、覚悟しておくように!』

 かけているメガネを上げながら、ギロリと睨みを利かせる。俺たちを見る目の怖いこと、この上なかった。

『今までの傾向は中高年層をターゲットにしていたが、もっと幅を広げるべく、作品をネット掲載することにして――』

 ――そんな大盤振る舞いして、大丈夫なのか?

『いいトコで止めておき、つづきは雑誌を読んでねーと、宣伝する形でアピールする。あと作家発掘すべく年に一度はコンテストを開催して、読者をときめかせる作家を捜すこと。基準は商業向けで売れる作家じゃなく、読者の心に響く、作品を書くことの出来る作家だ。この三本柱で、ジュエリーノベルをやっていくから!』

 その運営のお陰で休刊寸前だった雑誌を、二年でトップに押し上げた、ミラクル編集長なのだ。

「いろんな意味でやり手だから、三木編集長様は」

「でもあの人のツッコミ、ダメならダメで、さっさとつき返してくれたらいいのに、変なこと言って押し返されるから、対処に困っちゃうんですよ」

 確かに――それが密かに、励ましであることに気がつくのが、一年かかったっけ。

「元高校教師だったから、諭し方がそうなっちゃうんだろ。ちなみに奥さん、元生徒らしいし」

「うっわ! それは違う意味で、やり手というのが分かる。それが原因で教師、辞めたとか?」

 俺らがムダ話してる間に、涼一は食事が終わったらしく、じっとこちらを伺っていた。その視線に気がつき、微笑みながら話しかけてやる。

「どうした? まだ足りないのか?」

「ううん、美味しかったよ。ご馳走様でした。あのね、郁也さん」

 いつもより、わくわくしたような表情を浮かべている。

「なんだ?」

「その編集長さんに、逢わせてもらえないかな? お話してみたい」

 涼一の言葉に、思わず鳴海と顔を見合わせてしまった。どうしたというのだろう?

「小田桐センセ、引っ張られますよ。俺みたいに」

 確かに編集部は、万年人手不足だが――

「鳴海は三ヶ月前まで、とある宅急便の配達員をしていたんだ」

「お届け物でーすって桃瀬先輩にハンコ貰っていたら、いきなり肩を叩いてきたんですよ、三木編集長が」

 雑誌の発行締め切り直前で、修羅場と化していた編集部。みんながゾンビと化し、フラフラになりながら仕事をしてるトコに舞い降りた、イケメンの配達員。

 鴨がネギを背負って、歩いてきたように見えたのかもしれない。

『なぁ君、自分の可能性について、考えたことあるかい?』

「は――!?」

『僕はここの編集長の三木といいます。普段から君の仕事ぶり、見ていたんだよ』

 ウソつけ、身なりで判断してるクセに……

『急いで荷物を正確に届ける、その仕事をだね。ウチで是非とも、発揮してほしくて』

「いえ、それって、当たり前のことなので」

『それだけじゃなく、忙しいのに笑顔を絶やさない、そのサービス精神がいいなぁと思って。ウチにいる連中、愛想が悪いでしょ?』
 
 何故か俺を指差す、三木編集長。

 これでもかとこき使われていたら、誰でもこんな風になるって。

『君のように、素晴らしい人材が欲しいんだよ。今の会社より給料上げるよう、上層部と調整するから、お願いっ!!』

 かくて三木編集長の口車で、鳴海は上手いこと騙され、編集部に中途採用されたのだった。

「人ごみがイヤだと断った出版社イベントの新年パーティに、きちんと顔を出せば逢えるけどな」

 既に来年の話である。

「なるほど。あの場でスカウトしても、逃げられますね」

 編集部のあの修羅場を見たら、責任感の強いヤツほど飲み込まれてしまい、何かをせずにはいられなくなる。

 こっそりため息をつきながら、鳴海の企画書に目を通した。

「そっかー。じゃあ来年の新年パーティ、頑張って出席する」

 頑張ってまで出席するのかよ。どんだけ、あのオッサンに逢いたいんだか。

「小田桐センセ可愛いとか言われて、いきなり頭を撫でられちゃいそうですよね。編集長に」

 触られないよう、鉄壁のガードが必要だな。

「編集長のお触りは置いとくとしてコレ、何とかいけるんじゃね?」

 どうやってガードしようかと、いろいろ考えながら隣の席に、さっさとつき返してやる。

「うっそ……もう、見てくれたんですか? 早すぎる」

 いろいろ邪魔をしてくれたからな。半分目をつぶって、流して読んでいるんだ。

 向かい側から涼一が、疑惑の眼差しで俺の顔を見ている。見ていないだろという、確信めいた視線をあえて無視して、

「この後、用事があって、俺たち出かけなきゃならないんだ。悪いが帰ってくれ」

「そうですか、すみません。手土産も持たずに、突然お邪魔してしまって」

 俺と涼一にそれぞれ頭を下げ、立ち上がった鳴海。済まなそうな顔したヤツを、ふたり並んで、きちんと玄関で温かく見送る。

「お忙しいのに、ありがとうございましたっ、失礼します!」

「企画提出、頑張れよ」

「鳴海さん、お疲れ様でした……」

 そしてゆっくりと、玄関の扉が閉ざされた。

「郁也さん、出かけるってどこに行くの?」

「ん~? 俺の用事はコレ」

 不思議そうな顔して、俺を見上げる涼一の口の端を、ペロリと舐め取ってやる。

「ちょっ!?」

「子どもじゃないと言いつつ、しっかりケチャップ、付けっぱなしだったぞ」

「だからって、いきなり舐めるなんて」

「ワザとだろ」

 断言して言うと目を見開き、違うってと言いながら、ぶーっと唇を尖らせた。

「ワザとエロいCD聴かせて、俺を煽ったり」

「それは偶然なんだっ。郁也さんを煽るためじゃないし……」

「今だって、そんな顔して煽りまくってるし」

 長い睫を伏せて頬を赤らめ俯いてる姿を、傍で見てるだけで、抗えない衝動に駆られる。

 涼一の細い肩を抱き寄せ、首筋に舌を這わせた。

「……んっ、いきな、り……っ……」

「そんなに声、あげるなよ。外に漏れるぞ」

「だって…郁也、さんがっ、……もぅ、腰……押し付けてこな、いで……」

 イヤがりながらも、しっかり身体を預けて、俺の愛撫を受け入れる。

「じゃあ、どこでならヤっていいんだ、ん?」

 耳元で囁いてやると、俺の身体を突き飛ばし、左手を痛いくらいに、ぎゅっと握りしめてきた。

 睨んでいても赤ら顔なので、怒りが半減して見える。

「……ホント、意地悪ばっかするんだから」

 吐き捨てるように言ってグイグイ引っ張り、寝室まで連れて来られた俺。

 顔だけじゃなく耳の先まで赤くして、可愛いったらありゃしない。さて、どうしてやろうか?

「ご飯食って腹がいっぱいになったら、次は昼寝か?」

 にやにやしながら言ってやると、一瞬目を見開いてから口を真一文字にし、掴んでいた手首を投げるように離した涼一。

 コイツの行動は、俺の予想を裏切ることをしてくれるから、いろんな意味でドキドキさせられる。さすがは恋愛小説家、読者同様に翻弄されるんだ。

 さっさと身を翻し、ひとりで俺のベッドの中に、勇んで入っていくと――

「うわっ、ぷ!」

 顔に目掛けて着ていたTシャツが、唐突に投げつけられた。

 へぇ、ヤル気満々じゃないか。

 俺は涼一に向かって右手人差し指を前後に、クイクイッと動かした。

 ――次は脱がないのか?

 正直、イジワルなジェスチャーである。恥ずかしがり屋のコイツが、受けてくれるか、どうか――

「う~~っ」

 何故か唸りながらベッドの中でモソモソし、やがてジーパンが投げつけられた。

 今度はタイミングよくキャッチして足元に放ると、再びクイクイッと人差し指を動かす。

「なっ!?」

「まだ、脱いでないものあるだろ? それとも――」

 ベッドにゆっくりと近づいて、顔を覗きこんでやった。

「俺に脱がせてほしい、とか?」

 喉で低く笑いながら告げると、困った顔をして大きな瞳をウルウルさせる。この顔は、降参の証――

 しょうがない、俺が脱がしてやるか。

 いそいそネクタイを外し、ストライプのワイシャツを脱ぎ始めたときだった。足元に何か丸められたものが、ぽろりと布団から落ちてきたのだ。

「え――!?」

 驚いて涼一の顔を見ると目元まで布団に隠し、見えないようにしている。

「何だよ……俺の楽しみ、ちゃっかり奪いやがって」

「郁也さんが、イジワルばっかするからだよ」

「お前がそんな、可愛いことばかりするからだろ」

 口元を綻ばせて勇んでベッドの中に入っていくと、途端に涼一の素足が絡められた。

 ――俺が欲しくて堪らない――

 相変わらず目を合わせないようズラしているけど、身体はしっかり求めてくれていて。それが嬉しくて、自然と笑みが零れてしまう。

 久しぶりに触れる涼一の肌は、滑らかで背筋をすーぅっとなぞるように、指先で触れてみた。

「やっ、くすぐったい……」

 頬を更に上気させ、身体をビクつかせる。

 くすぐったい、ね――分かりやすい嘘、つきやがって。感じまくりじゃないか。

 背中に回した腕にぎゅっと力を入れ、涼一の身体を引き寄せた。久しぶりに重なる互いの肌が、呼応するように熱を持つ。たったそれだけのことなのに、満たされた気分になるのは、どうしてだろうか?

 ずっと離れていたワケじゃない。仕事以外は涼一の傍にいて、話をしたり世話をしたり、肉体的な接触を避けていただけだ。

 ――ひとえに仕事のため――

「郁也さん……」

「ん――?」

 向かい合った体勢なのに、未だに視線を逸らしたままの冷たい涼一。

「……浮気、してない?」

 ズバッと聞いてきた言葉に呆れながら、はーっと深いため息をつく郁也さん。しまいには額に手を当てて、うんうん唸る始末――

 だって、聞かずにはいられないよ。

「ここ暫く、そういうのご無沙汰だったし、飽きられちゃったかなと思ってさ」

 しどろもどろに言う、僕の頬をそっと撫でてくれた。切れ長のまぶたを細めて、眩しいものでも見るような、そんな視線で見てくれる。

 郁也さんのちょっとした仕草が、更に僕をドキドキさせるんだ。

「バカだな、ホント」

 抱き寄せて、耳元に口付けを落とす――熱い吐息がかかって、くすぐったいよ。

 そんな文句すら言えないくらい、きつく抱きしめてくれた。

「大事なものを、大事に扱っただけだ」

「それって僕が出版社にとって、大事な商品だから?」

「ホント、バカ。誰のせいで、こんなことになってんだ?」

 容赦なく、下半身を僕に擦りつけてくる。

「っ……」

「締め切り破りの常連であるお前に、きちんと作品を書いてもらおうと、担当である俺なりに、いろいろと考えたんだ。Hする時間を執筆の時間にあてればちゃんと、間に合うだろうってさ」

「ごめんなさい、全然書いてなくて……」

 しょんぼりしながら小さい声で告げると、何故かくっくっくっと笑い出した郁也さん。

「いや、いいんだ。帰ってくる前に、印刷所と交渉したし」

「交渉?」

「無意識な行動だった。だけどきっと――今日お前を抱く気だったんだろうな、と」

 不思議顔する僕に郁也さんが顔を寄せ、ゆっくりと深く唇を重ねた。

「…ンンっ、ぁあっ」

 唇を割り、侵入してきた舌がぬるりと絡められて、感じているところをきつく吸い上げ、更に翻弄する。

 こっそり薄目を開けて、その顔を見てみた。貪るように求めて感じさせてくれている、大好きな郁也さんの顔――誰も知らない、僕だけの郁也さんの……

 そして僕もきっと、郁也さんしか見せられない顔をしているんだろうな。というか、郁也さん以外には見せたくない。

「浮気する暇もないよ。涼一に手がかかって、仕方ないからな」

「悪かったね、手を煩わせて」

「そんな文句すら、可愛いと思っちまうんだから許せよな」

 低く笑うと僕の喉仏を食むように、そっと舐めた。

「くっ……ん、……はぁ」

 乱れた姿が恥ずかしくて、顔を背ける僕の太ももを、下から上に撫でるように、つつつっと触れていく。

「ぁ……っ、郁也さ……っ」

「我慢せずにもっと、お前の声を聴かせろよ」

 もう充分に、声が出てると思うのに。
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