ピロトークを聴きながら

相沢蒼依

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ピロトーク:ピロトークを聴きながら

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***

「少し落ち着いたみたいだね、良かった――」

 周防が診察室の隣にある点滴室に顔を出し、涼一の様子を見てくれた。

「混んでるときに、連れ込んで悪かったな」

「何言ってんの。急患を先に治療するのは、医者として当然の行為だからね」

 言いながら、俺の後頭部を遠慮なく殴りつける。

 ばこんっ!

「痛っ!!」

「ももちん、そんな顔してたら涼一くんが悲しむよ」

 ずばりと指摘されても落ち込んだ気持ちが、簡単に浮上することは出来なかった。

 周防の病院に、担ぎ込む前に――

「辛そうだな、大丈夫か涼一」

 体温が高いのか、抱きしめた身体からホカホカした熱が、じわじわと伝わってくる。

「辛くないっていったら、ウソになるね。アレが痛いくらいに、張り詰めていて」

「そっか……。それなら俺が抜いてやる」

 辛そうだからと買って出たのだが、途端に顔を赤らめて、首をぶんぶん横に振った。

「いっ、いやいや。自分でするからいいよ。やっぱりちょっと、恥ずかしいし……」

「今更、恥ずかしがることないだろう?」

「――見られたくないよ。薬のせいでおかしくなってる、僕の姿なんて……」

 俺の視線を避けるように、そっと長い睫を伏せる。

「……涼一、ごめんな」

 こんなことになったのは、俺のせいだ。鳴海が俺の苦しむ顔を見たいがために、犠牲になったのだから。

「謝らないで。郁也さん、いつも言ってたじゃないか。お前は可愛いんだから、注意しないとなって」

「だけど――」

「一緒にいると幸せすぎて、注意力が散漫になってたみたい。これからは気をつける……」

 言うなり大きな瞳から、涙を止めどなく溢れさせる。

「ごめ…っ…安心したら急に、涙が止まらなく…なって…」

 涙に濡れる顔を、胸に押しあててやった。

「辛そうなお前の顔、見ていられない…っ、涼一」

 普段、こんな風に泣くヤツじゃないからこそ、胸の痛みが半端なかった。震えまくる身体を、ぎゅっと抱きしめる。

「やっぱ俺がする。任せてくれないか? 辛い状態を何とかして、解放させてやりたいんだ」

「……郁也さん」

「愛してる、涼一……」
 
 涙に濡れている頬に口づけしてから、いたわる様にそっと唇を重ねる。キスをしながら下着と一緒に、ジーパンを下ろしてやり、涼一自身を扱き始めた。

「んんっ…はぁあはぁ……も、イきそぅ……」

 いつもより早い――やっぱ、薬の影響だろうか。弄り始めて、ものの数秒でイった涼一だったが。

「ごめ…ね……手を汚して……だ、けど…まだ何か…」

 あえぐように、やっと喋りながら眉間にシワを寄せる。

「どうした? 辛いのか?」

「ん……。イったの…に全然、イった感じが…なくて、身体の中に……熱が、たまって…る……みたいな、感じ…」

「分った。とりあえず足、開いてくれないか?」

「ん……? 何、する…の?」

「お前の中から、熱を追い出す。楽にさせてやるから」

 涼一の出したものがついた手で、後ろに指をゆっくり挿れてやった。

「あぁ、あぁっ……ああぅ……」

 絡みつくように、指を締めつけてくる。もう片方の手で、涼一自身を弄りながら責めたててやると、先端から溢れるように、蜜が滴り落ちてきた。

「っ…郁、也さ……郁也さんっ……」

 俺の首に両腕で絡み、ぎゅっと抱きついてきて腰を浮かしながら、何度も俺の名前を呼ぶ。こんなに乱れた涼一を見たら、いつもなら喜んで襲っていただろう。でも今は薬のせいで辛そうで、うなされているみたいになってる状態では、俺自身が欲情できなかった。

「どんどん熱を吐き出させろ。お前が楽になるまで、とことん付き合うから」

「ンンッ…ゴメ…ね、いっ……あぁっ、もぅっ!」

「謝るなっ! 何も考えるなって」

 そうして何度もイかせて、出るものが出なくなってから、シャワーを浴びさせてキレイにし、周防の病院に担ぎこんだのだった。

「こう言っちゃ何だけどさ、不幸中の幸いになるのかな」

 寝ている涼一の頭を、ゆっくりと撫でながら周防が言う。

「……そうなるか」

「ももちん、よく駆けつけられたね。涼一くんのピンチを、肌で感じとったの?」

「そういうワケじゃないんだがな。電話に出られなかったら、いつも5分以内にリダイヤルしてくる涼一が、何の反応も示さなかったのが、おかしいと思ってさ。まさかこんなことになってるなんてホント、ショックとしか言いようがない」

 周防に診察されてる最中、編集長に電話したときも、同じようにショックを受けていた。

『編集長、信じられない話なんですが、小田桐が鳴海に襲われそうになっていました……』

『は――?』

 電話の向こう側で、息を飲む様子が伝わってくる。

『あまりの出来事に俺、鳴海のヤツを半殺しにしちゃって』

『ちょっ、おいおい、桃瀬お前……』

『半殺しっていっても、歩いて帰れるレベルです。だけど編集部には、顔を出せないと思います』

『――済まなかった。僕の人選ミスだ、お前にも小田桐先生にも、随分と悪いことをしてしまった』

 落胆した声で、済まなそうに語る編集長。

『それなら俺にも、責任はあります。小田桐の担当をアイツに任せようって、最初に言ったのは自分なんで』

『それについての最終GOサインを出したのは、僕なんだぞ。桃瀬には何の責任もない! ところで小田桐先生の様子は、どうなっているんだ?』

『ギリギリのところに駆けつけることが出来たんで、大丈夫でした。今、知り合いの病院で、診察を受けてます』

 そう告げると、はーっと大きなため息をついた。

『そうか……。大事にならなくて良かったな。こっちは他所から人員確保して何とかするから、お前は小田桐先生についててやれよ』

『すみません、有難うございます』

『桃瀬、謝ってくれるなよ。こっちが頭、上がらなくなるんだから。しっかし鳴海が、そんなヤツだったとはねぇ。勉強させられた。つぅか、メガネの買い替え時期か?』

 気落ちした俺を慮って、編集長らしいギャグをお見舞いしてくれたのだが。

 残念ながら笑うことが出来ず、電話を切った。

「鎮痛剤も一緒に、点滴してるんだけど……」

「何だ?」

 不意に話しかけられ周防を見ると、撫でていた手を自分の首元に持っていき、ひどく切なそうな表情を浮かべた。

「こういう薬って、副作用が心配なんだよね」

「副作用なんてあるのか?」

「どんな薬にもあるよ、薬は言わば毒だから。使い方次第で、どうにでもなるものだから」

「用法容量を正しくお使い下さい、さもなくば……ってか?」

 肩をすくめながら言うと、首を縦に振って頷く周防。

「こういう類の薬はね、何ていうかなぁ。脳に蓄えられてる興奮物質を、一気に引き出しちゃうのさ。一時の快楽のために、必要量の元気が奪われちゃうって、表現したほうが分りやすいかな」

「うん。すっげぇ、分りやすい」

「そうすると、そのあと脳の中は、空っぽになっちゃうでしょ。元気の元がないんだもの、精神的に落ち込むワケよ」

「なるほどな、それが副作用になるのか」

 顎に手を当てて、涼一のその後を考えてみた。この分だと、執筆活動はしばらく出来ないかもしれない。

「怖いでしょう、危険ドラッグ。ネガティブ思考から逃れたいとか、あのときの快楽を求めて。なぁんて思ったとき、また薬に手を伸ばすの、依存しちゃうわけなんだ」
 
 周防の言葉に、不安が胸の中に募っていった。

「涼一は大丈夫なのか? 依存したときは、どうすればいい?」

「んー、血液検査の結果待ちだけど。薬の持続時間を考えたら、そこまで依存性が強いものじゃないと思うよ。だけど――」

 視線を伏せて、横たわってる涼一を見る。

「こんなことがあったんだし、薬の副作用で結構、落ち込んじゃうと思う。支えてあげなさいよ」

「たっだいま~!!」

 周防の声に被さるように、元気な声が点滴室に響いた。

「こらっ、病院内では静かにって、いつも言ってるだろ。具合が悪くて、寝てるコがいるんだぞ」

「……ごめんなさぃ。タケシ先生に逢えると思ったら、つい――」

 太郎がしょぼくれて、横にいる俺をちらりと見てから、ベッドに横たわってる涼一に目を移した。

「小田桐さん、重い病気なのか? 点滴までして」

 物音を立てないように足元を忍ばせて、ベッドの傍に行き、顔を覗き込む。

「そんなには重病じゃないよ、大丈夫だから。お前は2階に行って、自習してなさい」

 覗き込んでる太郎の首根っこを掴んで、向きを変えさせ、点滴室から追い出そうと、背中を無理矢理押し出す周防。

「俺はまだ仕事が残ってるし、涼一くんの点滴も、あと1時間くらいかかるから、ももちん悪いけど、太郎の勉強を見てやってくれない?」

「いいぞ、暇つぶしになるしな」

「ゲーッ、大丈夫なのか?」

 太郎が嫌そうに顔を引きつらせて、俺を見る。

「バカだね。俺なんかよりも、桃瀬のほうが頭がいいんだよ。しかもバイトで塾の講師やってた、実績もあるんだ。安心して教えてもらいなさい!」

 かくて周防の自宅にて、家庭教師をすることになった。
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