9 / 25
番外編
同棲準備中 洗濯物の干し方
しおりを挟む
洗濯物を干すのは、嫌いじゃない。干す順番も間隔も影の落ち方も。全部、だいたい決まっている。
だから――。
「直人、タオルそれでいいのか?」
背後から恒一に声をかけられた瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。
「……はい」
返事は、いつも通り。声の高さも間も問題ない。たぶん。
俺はベランダの物干し竿に向き直ったまま、タオルを掛け直した。少しだけ間隔を狭めて。
「いや、もう少し開けたほうが乾きやすいだろ」
「……そうですね」
言われた通り、タオルをずらす。自分でも気づくくらい、動きがぎこちない。
(――別に、怒ってるわけじゃない)
そう思おうとした。でも違う。
(怒るほどの資格が、俺にないだけだ――)
同棲準備中。まだ「一緒に暮らしてる」わけじゃない。ここは恒一の部屋で、洗濯機も物干し竿も全部が恒一のもの。
「直人?」
名前を呼ばれて、肩が跳ねた。
「……はい」
「さっきから、なんか静かじゃないか」
心臓が、どくんと鳴る。
言えばいいのに、と思う。
“俺なりに考えてた”って。“ダメなら、最初からそう言ってほしかった”って。でも、それを言うと――まるで自分が、この家にもう住んでいるみたいで。
「大丈夫です」
「それ、絶対大丈夫じゃないやつだろ」
苦笑混じりの声。責める色はない。むしろ探るみたいな優しさ。それが余計に苦しい。
「……」
俺は最後の靴下を干してから、ようやく口を開いた。
「俺」
「ん?」
「……洗濯、やり直した方がよかったですか」
自分で言って、情けなくなった。確認でも相談でもない。ただの様子見だ。
恒一は少し黙って、それから俺の隣に立った。
「そうじゃなくてさ」
「……」
「一緒に住むなら、直人のやり方も覚えたい」
その言葉に、喉の奥が詰まる。
「だから、教えてほしい」
教えてほしい――それは指示じゃなくて。
「恒一……俺、さっき」
「うん」
「勝手に引っ込みました」
自分で言語化して、初めて自覚する。ああ、拗ねてたんだ、と。
「怒るのも言い返すのも、慣れてなくて」
「知ってる」
「……でも」
洗濯物を見つめたまま続ける。
「ここ、恒一の家だから」
「……」
「俺のやり方を出していいのか、わからなくなるんです」
言い終えた瞬間、少しだけ楽になった。
恒一は俺の干したタオルを一枚取り、元の位置に戻した。
「じゃあさ」
「はい」
「今日は、直人流で干そう」
物干し竿に、等間隔で並ぶ洗濯物。さっきより少しだけ“俺の配置”。
「乾かなかったら?」
「その時は」
「その時は?」
「太陽に向かって、一緒に文句を言おう」
思わず、笑ってしまった。
「……それ、喧嘩ですか」
「そうだな。軽いやつ」
風に揺れる洗濯物を見ながら、俺は思う。
拗ねても引っ込んでも、戻ってこれるなら――きっと、これでいい。
恒一の家のベランダに、俺の洗濯物が並んでいる。それだけのことが、今日は少し誇らしかった。
――拗ねたのは反省点だけど。言いたいことを言えたのは、進歩だと思うことにする。
だから――。
「直人、タオルそれでいいのか?」
背後から恒一に声をかけられた瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。
「……はい」
返事は、いつも通り。声の高さも間も問題ない。たぶん。
俺はベランダの物干し竿に向き直ったまま、タオルを掛け直した。少しだけ間隔を狭めて。
「いや、もう少し開けたほうが乾きやすいだろ」
「……そうですね」
言われた通り、タオルをずらす。自分でも気づくくらい、動きがぎこちない。
(――別に、怒ってるわけじゃない)
そう思おうとした。でも違う。
(怒るほどの資格が、俺にないだけだ――)
同棲準備中。まだ「一緒に暮らしてる」わけじゃない。ここは恒一の部屋で、洗濯機も物干し竿も全部が恒一のもの。
「直人?」
名前を呼ばれて、肩が跳ねた。
「……はい」
「さっきから、なんか静かじゃないか」
心臓が、どくんと鳴る。
言えばいいのに、と思う。
“俺なりに考えてた”って。“ダメなら、最初からそう言ってほしかった”って。でも、それを言うと――まるで自分が、この家にもう住んでいるみたいで。
「大丈夫です」
「それ、絶対大丈夫じゃないやつだろ」
苦笑混じりの声。責める色はない。むしろ探るみたいな優しさ。それが余計に苦しい。
「……」
俺は最後の靴下を干してから、ようやく口を開いた。
「俺」
「ん?」
「……洗濯、やり直した方がよかったですか」
自分で言って、情けなくなった。確認でも相談でもない。ただの様子見だ。
恒一は少し黙って、それから俺の隣に立った。
「そうじゃなくてさ」
「……」
「一緒に住むなら、直人のやり方も覚えたい」
その言葉に、喉の奥が詰まる。
「だから、教えてほしい」
教えてほしい――それは指示じゃなくて。
「恒一……俺、さっき」
「うん」
「勝手に引っ込みました」
自分で言語化して、初めて自覚する。ああ、拗ねてたんだ、と。
「怒るのも言い返すのも、慣れてなくて」
「知ってる」
「……でも」
洗濯物を見つめたまま続ける。
「ここ、恒一の家だから」
「……」
「俺のやり方を出していいのか、わからなくなるんです」
言い終えた瞬間、少しだけ楽になった。
恒一は俺の干したタオルを一枚取り、元の位置に戻した。
「じゃあさ」
「はい」
「今日は、直人流で干そう」
物干し竿に、等間隔で並ぶ洗濯物。さっきより少しだけ“俺の配置”。
「乾かなかったら?」
「その時は」
「その時は?」
「太陽に向かって、一緒に文句を言おう」
思わず、笑ってしまった。
「……それ、喧嘩ですか」
「そうだな。軽いやつ」
風に揺れる洗濯物を見ながら、俺は思う。
拗ねても引っ込んでも、戻ってこれるなら――きっと、これでいい。
恒一の家のベランダに、俺の洗濯物が並んでいる。それだけのことが、今日は少し誇らしかった。
――拗ねたのは反省点だけど。言いたいことを言えたのは、進歩だと思うことにする。
10
あなたにおすすめの小説
攻められない攻めと、受けたい受けの話
雨宮里玖
BL
恋人になったばかりの高月とのデート中に、高月の高校時代の友人である唯香に遭遇する。唯香は遠慮なく二人のデートを邪魔して高月にやたらと甘えるので、宮咲はヤキモキして——。
高月(19)大学一年生。宮咲の恋人。
宮咲(18)大学一年生。高月の恋人。
唯香(19)高月の友人。性格悪。
智江(18)高月、唯香の友人。
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
【完結】恋した君は別の誰かが好きだから
海月 ぴけ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。
青春BLカップ31位。
BETありがとうございました。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
二つの視点から見た、片思い恋愛模様。
じれきゅん
ギャップ攻め
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
ある新緑の日に。
立樹
BL
高校からの友人の瑛に彼女ができてから、晴臣は彼のことが好きなのだと認識した。
けれど、会えば辛くなる。でも、会いたい。
そんなジレンマを抱えていたが、ある日、瑛から
「肉が食べたい」と、メールが入り、久しぶりに彼に会うことになった。
「出来損ない」オメガと幼馴染の王弟アルファの、発情初夜
鳥羽ミワ
BL
ウィリアムは王族の傍系に当たる貴族の長男で、オメガ。発情期が二十歳を過ぎても来ないことから、家族からは「欠陥品」の烙印を押されている。
そんなウィリアムは、政略結婚の駒として国内の有力貴族へ嫁ぐことが決まっていた。しかしその予定が一転し、幼馴染で王弟であるセドリックとの結婚が決まる。
あれよあれよと結婚式当日になり、戸惑いながらも結婚を誓うウィリアムに、セドリックは優しいキスをして……。
そして迎えた初夜。わけもわからず悲しくなって泣くウィリアムを、セドリックはたくましい力で抱きしめる。
「お前がずっと、好きだ」
甘い言葉に、これまで熱を知らなかったウィリアムの身体が潤み、火照りはじめる。
※ムーンライトノベルズ、アルファポリス、pixivへ掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる