役を降りる夜

相沢蒼依

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番外編

同棲準備中 洗濯物の干し方

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 洗濯物を干すのは、嫌いじゃない。干す順番も間隔も影の落ち方も。全部、だいたい決まっている。

 だから――。

「直人、タオルそれでいいのか?」

 背後から恒一に声をかけられた瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。

「……はい」

 返事は、いつも通り。声の高さも間も問題ない。たぶん。

 俺はベランダの物干し竿に向き直ったまま、タオルを掛け直した。少しだけ間隔を狭めて。

「いや、もう少し開けたほうが乾きやすいだろ」
「……そうですね」

 言われた通り、タオルをずらす。自分でも気づくくらい、動きがぎこちない。

(――別に、怒ってるわけじゃない)

 そう思おうとした。でも違う。

(怒るほどの資格が、俺にないだけだ――)

 同棲準備中。まだ「一緒に暮らしてる」わけじゃない。ここは恒一の部屋で、洗濯機も物干し竿も全部が恒一のもの。

「直人?」

 名前を呼ばれて、肩が跳ねた。

「……はい」
「さっきから、なんか静かじゃないか」

 心臓が、どくんと鳴る。

 言えばいいのに、と思う。

 “俺なりに考えてた”って。“ダメなら、最初からそう言ってほしかった”って。でも、それを言うと――まるで自分が、この家にもう住んでいるみたいで。

「大丈夫です」
「それ、絶対大丈夫じゃないやつだろ」

 苦笑混じりの声。責める色はない。むしろ探るみたいな優しさ。それが余計に苦しい。

「……」

 俺は最後の靴下を干してから、ようやく口を開いた。

「俺」
「ん?」
「……洗濯、やり直した方がよかったですか」

 自分で言って、情けなくなった。確認でも相談でもない。ただの様子見だ。

 恒一は少し黙って、それから俺の隣に立った。

「そうじゃなくてさ」
「……」
「一緒に住むなら、直人のやり方も覚えたい」

 その言葉に、喉の奥が詰まる。

「だから、教えてほしい」

 教えてほしい――それは指示じゃなくて。

「恒一……俺、さっき」
「うん」
「勝手に引っ込みました」

 自分で言語化して、初めて自覚する。ああ、拗ねてたんだ、と。

「怒るのも言い返すのも、慣れてなくて」
「知ってる」
「……でも」

 洗濯物を見つめたまま続ける。

「ここ、恒一の家だから」
「……」
「俺のやり方を出していいのか、わからなくなるんです」

 言い終えた瞬間、少しだけ楽になった。

 恒一は俺の干したタオルを一枚取り、元の位置に戻した。

「じゃあさ」
「はい」
「今日は、直人流で干そう」

 物干し竿に、等間隔で並ぶ洗濯物。さっきより少しだけ“俺の配置”。

「乾かなかったら?」
「その時は」
「その時は?」
「太陽に向かって、一緒に文句を言おう」

 思わず、笑ってしまった。

「……それ、喧嘩ですか」
「そうだな。軽いやつ」

 風に揺れる洗濯物を見ながら、俺は思う。

 拗ねても引っ込んでも、戻ってこれるなら――きっと、これでいい。

 恒一の家のベランダに、俺の洗濯物が並んでいる。それだけのことが、今日は少し誇らしかった。

 ――拗ねたのは反省点だけど。言いたいことを言えたのは、進歩だと思うことにする。
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