役を降りる夜

相沢蒼依

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番外編

同棲準備中の些細な喧嘩

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ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
お正月早々に連載する内容じゃないかなと思いつつ、楽しく書いてます。
『春待ちのはなれ亭』同様に、不憫というか健気な受けが、攻めに溺愛される話でした。しかも高瀬、自分の気持ちに無自覚だからこそ罪深いこと、この上ない! 酒の勢いでヤったあとに契約を持ち出したシーンは、間違いなく悪役でしたね。
でもまぁ、自分の気持ちがハッキリしたところから、逃げる三好を囲い込む勢いでプッシュしたのは良かったのではないかと個人的に思っております。
そんなふたりの同棲前の話から、同棲後はどうなったのか。
皆さんの目で確かめてください。
お楽しみいただけますように!
相沢蒼依



 それは、本当に些細なことだった。

「……炊飯器、買い替えます?」
「え?」

 休日の昼。同棲準備のために、俺の部屋で生活用品のリストを広げていた時だ。

 三好はスマホを見ながら、いつも通り淡々と言った。

「今の、容量小さいですよね」
「まあな。でも、まだ使えるだろ」
「……でも」

 その返事が、少しだけ遅れてなされる。そのことに、俺は気づかなかった。いや、正確には気づこうとしなかった。踏み込めば壊れる気がして、見ないふりをした。

 無表情を決め込んだ三好は、静かな口調で告げる。

「どうせ一緒に住むなら、最初から揃えたいです」
「金、結構かかるぞ」
「俺も出します」
「いや、俺が――」

 そこまで言ったとき、三好が唇を引き結ぶ。視線が、テーブルの端に落ちた。

「……そうですね」

 その言い方に、よそよそしさを感じた。

「直人?」
「大丈夫です」

 明らかに、大丈夫じゃない時の声だった。

 室内に嫌な空気が漂う。しばらく沈黙が続いたあと、不意に三好が立ち上がった。

「コーヒー、淹れますね」
「……俺がやる」
「いえ」

 俺から顔を逸らして逃げるようにキッチンに立つ背中が、妙に遠い。怒っている、というより――自分の居場所を畳むみたいに引っ込んでいる。

「なあ」
「はい」

 返事はある。でも、三好はけして振り向かない。

「さっきの、何が嫌だった?」
「……」

 俺に背中を向けたまま、仕方なさそうに答える。

「嫌、というか……」

 小さく息を吸う音と、無造作にコーヒーカップを調理台に置く音が耳に届いた。

「俺、また勝手に“準備する側”に戻ってたなって」

 三好が告げた言葉が、胸に鈍く刺さる。俺は、すぐに言葉を返せなかった。

「恒一に選ばれたのに」
「……」
「一緒に暮らす話なのに、俺だけ外側で考えてました」

 きっと炊飯器の話――それだけのことだ。でも、三好にとっては違う。“生活に入っていいかどうか”の話になってる。

「直人」

 ソファから腰を上げてキッチンまで行き、三好の隣に立つ。

「さっきの話、俺が全部決めるみたいになってたな」
「……」
「ごめん」

 三好は驚いたように、こちらを見た。

「直人、怒ってる?」
「いえ……」

 否定は早い。でも、そのあとがお互い続かない。どうしたらいいか思案していると、三好がぽつりと呟く。

「……怒るの、慣れてなくて」

(ああ、そうか。この男は今まで、不満より先に引くことで生きてきた)

「じゃあさ」

 三好の肩に手を置き、顔を覗き込む。逃げられるかもしれないと思ったが、それでも言った。

「拗ねてみればいい。拗ねた直人はきっと可愛いし」

 コーヒーを淹れる三好の手が止まった。

「それ、本気で言ってます?」
「マジ。むしろ見てみたい!」

 笑いながら、思ったことを口にしてみる。

「それに甘えるのも、喧嘩するのも、生活のうちだ」

 三好はしばらく黙っていたが突然、俺の袖を引いた。すごく弱い力で。

「……じゃあ」
「ん?」
「今日は、俺が炊飯器を決めます」
「いいぞ」

 三好の意見を気分よく肯定して傍にある頭に頬を寄せるなり、すりりと頬擦りした。俺の行動に三好は一瞬だけ固まって、それから力を抜く。目に映る表情は、さっきよりもいい感じになっていた。

「色は、白がいいです」
「却下、黒がいい」
「……もしかして今の、喧嘩ですか?」
「そう」

 一瞬きょとんとしてから、三好が吹き出した。

「ずるい」
「何が」
「喧嘩なのに楽しい!」

 そう言って俺の腕に、遠慮がちに体を預けてくる。

「……これも、甘えになります?」
「そうだな」
「慣れるまで、時間かかります」
「それでも待つ」

 炊飯器はまだ決まらない。でも、生活はもう始まっている。こうやって言い合って、拗ねて、戻ってくる。きっとそれが同棲だ。

 俺は三好の頭に顎を乗せながら、ぼんやりと思った。

(喧嘩できるようになったの、進歩だな――)

 炊き立てのご飯みたいに、少しずつ温度を揃えていけばいい。焦げても、柔らかすぎても――一緒に食べるなら、きっと悪くない。
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