役を降りる夜

相沢蒼依

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番外編

看病

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 高瀬が倒れた。正確には、熱を出して会社を休む羽目になった。本人は「大したことない」と言っていたが額に触れた瞬間、その言葉は信用できなくなった。

(……熱、かなり高い)

「無理しすぎです」
「うーん……直人がいるから大丈夫」

 布団の中で、いつもより三割増しで甘えた声を出す高瀬に、内心ひっくり返る。

(……俺がいるからって、そういう問題じゃ)

 会社では鋭くて、判断も早くて、忙しいほど頼れる人が――今は枕を抱えて、俺の手首を掴んだまま離さない。

「ちょっと、離してください」
「やだ」
「子どもですか」
「病人」

 理屈がいつもより雑だ。

 俺はため息をつきつつ、体温計を回収する。

「三十九度二分……完全にアウトです」
「うん……」
「うんじゃないです」

 そう言いながらも布団を整え、水を用意し、病院から貰った薬を出す。警備の夜勤より気を張っている気がする。

「直人」
「はい」
「近い」

(……俺が近いんじゃない。恒一が勝手に寄ってきているだけなのに)

 枕一つ分はあった距離が、いつの間にかゼロになっていた。俺の腕に、頬をすり寄せてくる。

「熱があると、人恋しくなるんだよ」
「知りません」
「嘘だ」

 指先で、俺のパジャマの袖を掴む。

「直人、どこに行くんだ」
「キッチンです。お粥を作ります」
「ここでいい」
「よくないです」

 そう言って立ち上がろうとした瞬間、服の裾を強く引かれた。

「……行かないでくれ」

 声が弱い。それだけでずるいと思わされる。

(これは……反則だ)

 仕方なくベッドに腰を下ろすと、高瀬は満足そうに息を吐いた。

「看病、得意だな」
「仕事です」
「仕事以上だろ」

 額に濡れタオルを置くと高瀬は目を閉じて、俺の手首を握り直す。

「……直人」
「はい」
「そばにいて」

 胸の奥が、きゅっと縮んだ。

(これ、甘えすぎでは……?)

 普段なら絶対に言わない言葉。言わせているのは熱と疲労と――たぶん、安心だろうか。

「……離れません」
「うん」

 それを聞いた途端、安心しきった顔で眠りに落ちる。

 数十分後――俺が立ち上がろうとすると、また引き止められる。

「……起きてます?」
「起きてない」
「喋ってますけど」
「夢」

 意味がわからない。

 結局、俺は片手が塞がったまま、器用に看病を続けることになった。

(――この人、元気になったら覚えてないんだろうな)

 そう思うと、少しだけ悔しい。

 夕方。ようやく熱は下がり始めたが、甘えは下がらなかった。

「直人」
「はい」
「手」
「……はい」

 差し出すと、指を絡められる。

「こうすると落ち着く」
「それ、俺じゃなくても……」
「直人じゃないと嫌」

 即答だった。

(……困る)

 本当に困る。

 俺は看病役で、恋人で、同棲相手という立場にある。だけど、こんなふうに無防備に頼られると、どこに気持ちを置けばいいのかわからない。

「……恒一」
「んー」
「元気になったら、少しは自重してください」
「覚えてたらな」

 覚えていない前提で話をするとか、どんだけずるいんだ!

 夜、完全に眠った高瀬の額をもう一度拭きながら、俺は小さく息を吐いた。

(忙しいほど甘えていい、って……)

 あれ、体調不良も含まれるのだろうか。答えはきっと「もちろん」。満面の笑みで、高瀬が言いそうな気がした。

 布団の端で座ったまま、握られた手を外せずに俺は苦笑する。

(……回復したら、覚悟してもらおう。そうしよう!)

 看病される側が、こんなに甘えてくるなんて――俺は聞いてない。
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