役を降りる夜

相沢蒼依

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番外編

看病の弊害

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 慢性疲労がきっかけで風邪を引き、ようやく回復した。医者から「もう大丈夫ですね」と言われ、体も完全に動く。仕事復帰まではあと一日。完璧だ。

 ――なのに。

(……なんだ?)

 朝から、三好の様子がおかしい。いつもなら、俺が起きる頃にはキッチンに立っている。だが今日は違った。

「恒一、起きました?」
「起きたけど」

 声が近い。いや、距離が近い。ベッドの端に座っている三好が、俺の顔を覗き込んでいる。

「直人……?」
「体調、どうですか」
「もう平気」

 そう答えた途端、額に手が伸びてきた。

「念のためです」
「念、多すぎないか?」

 否定する間もなく、そのまま頬に触れられる。

「熱、ないですね」
「こう見えても、元気になったけどな」

 不思議そうに見上げると、三好はいつも通りの無表情――なのに、やることだけがやけに距離が近い。

(……あれ?)

 朝食。席に着くと、いつもは向かいに座る三好が、今日は隣に来た。

「こっち?」
「はい」

 理由はなぜか言わない。

 コーヒーを飲もうとすると、マグカップを持つ俺の手首にそっと手が添えられる。

「カップ、熱いですよ」
「……わかってる」

 でも、離れない。いちいち俺の動きを観察、何か理由をつけて触れてくる。

(――何これ? 過保護すぎないか?)

 嬉しいけど、わからない。

 食後。ソファで新聞を読んでいると、三好が何も言わずに隣に座る。そして、肩に頭を預けてきた。

「……直人?」
「はい」
「どうした」
「いえ」

 いえ、じゃない。腕に体重がかかっている。昨日までなら考えられない距離感だ。

(まさか……)

 思い当たるのは、あのとき。俺が高熱でどうしようもなかった夜。離れないでほしい、と言った記憶――うっすらある。

「直人」
「はい」
「……俺、なんかした?」

 三好は一瞬だけ視線を逸らした。

「自覚、ないんですね」
「ない」

 正直に言ったら、ほんの少しだけ三好の口元が緩んだ。

「なら、いいです」

 それだけ言って、今度は俺の腕に自分の手を絡めてくる。

(……え)

 それだけで心臓が跳ねた。

 理由がわからない。でも、拒否されてないのはわかる。

 午後。洗濯物を干していると、後ろから抱きつかれた。

「……直人?」
「風、強いので」
「関係あるか?」
「あります」

 実際はない。背中に、ぴったり体温がくっつく。

(さっきから、どういうことなんだ……?)

 混乱していると、耳元で小さく囁かれた。

「回復祝い、です」
「そんな文化あったか?」
「今できました」

 俺は思わず笑った。

 嬉しい。理由はわからないけど、ただただ嬉しい。

「直人」
「はい」
「これ、いつまで続くんだ?」
「そうですね……」

 訊ねた俺を見ながら、首を傾げる三好は軽快な口調で言った。

「それは、恒一が嫌になるまで」
「なら、当分終わらないな」

 そう言うと、三好は少しだけ強く抱きついてきた。

(――ああ)

 ようやく気づく。これはきっと――俺が甘えた分の回収だ。

 夜。ベッドに入ると、三好は当然のように距離を詰めてくる。

「……近くないか?」
「回復したから、問題ありません」
「理屈が逆だ」

 でも、俺は腕を伸ばして引き寄せた。

「直人」
「はい」
「……ありがとう」

 何に対して、とは言わない。三好は少しだけ戸惑ったあと、小さく息を吐いた。

「覚悟してもらう、って……」
「ん?」
「こういうことです」

 そのまま、俺の胸に額を預ける。

(……なるほど)

 わからないままでも、嬉しいことは全部受け取っていいらしい。俺は三好の背中を撫でながら、静かに笑った。

(――回復してよかったな、俺)

 幸せそうに微笑む三好に唇を重ねたのは、必然だった――。
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