見えないライン

相沢蒼依

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課外授業:誉められたい

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 いたんだけども――

 なぜか髪型を七三分けにしていて、とても似合ってないその姿に言葉が出ない。

「奈美ちゃん、この方は誰だい?」

「ええっと……」

(正直、知り合いだと言いたくないよ)

 恐るおそる変な髪形の三木先生を見ると、爽やかな作り笑いをして私と目を合わせた。

「彼女をここまで送ってくれてありがとう。ここからは彼氏の僕が送っていくから」

「えっ、彼氏!?」

 猛さんは驚いて、私と三木先生を交互に見比べた。先生はカレシ(仮)が勝手に発動され、どうしていいかお手上げ状態。しかも何で似合わない七三分けの髪型で、彼氏として登場するかな……。 

「彼女はまだ高校生だし、社会人の僕と付き合ってることを知られるとほら、いろいろあるでしょう?」

「まあ、そうですね……」

 困惑しまくりの私の腕を強引に引っ張ると、三木先生の体にくっつくように抱きしめる。

 そのときちょうど私の耳が、三木先生の胸元の位置になって、鼓動が直に聞こえてしまった。

(あれ? すっごくドキドキしてる――!?)

「奈美が卒業してから、きちんとご両親に挨拶しに行く約束をしているんです。そういう関係なんで、諦めてください」

 呆然とする猛さんを尻目に私の腕に自分の腕を絡め、自宅に向かって歩き出した三木先生。
 
「あの猛さん、ここまで送ってくれて、有難うございました。ごめんなさいっ!」

 申し訳ない気持ちがいっぱいになったので、引っ張られながらも一応謝った。

 彼からの返事が聞けないまま三木先生に連れられ、家の前にすぐさま到着する。

「あの三木先生、有難うございました。その……すごく助かりました」

 どうして似合わない、七三分けの髪形をしているのか。どうしてすっごく鼓動が早かったのか――

 聞きたいことがたくさんあったけど、聞きにくいのはやっぱり、図書室での出来事が私の言葉を奪っていた。

「たまたま買い物に出かけようとしたら、声が聞こえてきたんでな。明らかにお前が迷惑そうにしてるのに、まとわりつかれてただろ?」

「はい、正直困ってました」

 その言葉でよぉく三木先生のことを見てみると、髪の毛がしっとりと濡れているのが分った。

「あのもしかしてお風呂上りですか? 風邪を引いちゃうかもしれないのに」

 首に巻いていたストールを外して、急いで三木先生の首にかけてあげる。

「そんなヤワじゃないって。大丈夫だから」

「ダメですって! 若くないんだから」

「まったく強情な生徒だな。しかも年寄り扱いするって、さりげなく酷い」

「年寄りついでにその髪型、もっと老けて見えますよ」

 見れば見るほど、似合わなすぎて笑いしか出てこない。思わず口元を押さえてクスクス笑ってしまった。

「だって、しょうがないだろ。さっきの男が結構、イケメンだったからさ。対抗するには、コレしかないって思ったんだ」

「いつものボサボサ頭でも大丈夫だったのに。何を血迷って、可笑しなほうに走っているのやら」

「それだけじゃなく! ……その、お前もドレスアップしていて、そのまま横に並ぶのが居たたまれなかったんだ。普段見る制服と違っていたから、いつもの感じじゃなかったし」

「それでドキドキしてたの?」

 気づいたら、疑問がぽろりと口から出てしまった。私の質問に一瞬ぽかんとしてから、急に慌てふためく。

「どっ、ドキドキするに決まってるだろ。あの場面をだな、どうやり過ごそうかと、必死になって考えまくったんだ。相手はイケメン御曹司風だったし、奈美はこんなだし、僕はヨレヨレの冴えない教師だし」

「確かに冴えない教師だけど、やっぱりいつもの髪型のほうがカッコイイから!」

「おー、ありがとな」
 
 照れる様子の三木先生になぜかテレがうつってしまい、今度は私が慌てふためいた。

「ちょっ、なにその変な髪形でテレまくってるの。も~気持ち悪いったら、ありゃしない。カッコイイって言ったのは見慣れてるからであって、別に変な意味なんてないんだからね!」

 言いながら背伸びして、三木先生の頭をグチャグチャにしてやる。

「分ったから、もう乱暴なヤツだな」

 苦笑いをしながら、そっと私の頬を触った。

「早く家に入って、風呂入って寝ろよ。肌が冷たくなってる」

「そっちこそ早く買い物に行って、家に帰ったほうがいいよ。頭、濡れてるんだから風邪引いちゃうよ」

「おー、じゃあコレ借りてくな。ありがと奈美」

「こっちこそ、ありがと……。おやすみなさい」

 三木先生に貸したストールは着ていた服にまったく似合わなかったけど、風邪のリスクが減るなら、いいかなって思った。

 去って行く後ろ姿を見ながら寂しいって思うのはきっと、会話が盛り上がったせい。

 この胸の高鳴りも、そのせいなんだ――
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