見えないライン

相沢蒼依

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秘められた熱

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***

「まいったな、まったく……」

 風呂上り、ぼんやりと今日あった事を考えてみる。照れた奈美の顔を見て、素直に可愛いと思った。それはいつものように、思っていたことなのだが――

「どうして胸が高鳴った? 一瞬だけどドキドキして、頬に熱を持ってしまった」

 相手は生徒なのに。自分とは年の離れた教え子なのに。これじゃあ、どこぞのエロ教師と同じじゃないか。

「あー、ヤダヤダ。ビールを呑んで気分を紛らわそう」

 いつも着ているジャンパーを颯爽と羽織り、気だるげに靴を履いて玄関の扉を開けたとき、表で人の気配がするのを感じた。

「あの、本当に大丈夫ですから。ひとりで帰れます……」

 聞き覚えのある甲高い声が聞こえきたので通りの方をよく見ると、奈美が見知らぬ男に肩を抱かれている姿が、目に飛び込んできた。

「奈美ちゃんって、意外と照れ屋さんなんだね。可愛いなぁ」

「いや……照れてません」

 奈美からは明らかに嫌悪感満載のオーラがビシバシと放たれているのにも関わらず、何とかしようと接近している男。

(急いで可愛い生徒を助けなければ!)

 そんな熱意と共に一歩前に踏み出したが、直ぐに立ち止まった。相手の男が思った以上にイケメンで、奈美もパーティらしく可愛らしい服を着ている。それに比べて自分の姿は、ため息をつくしかない状態。

 上は安物のジャンパーに下はノーブランドのジャージ姿で、助け出そうとした僕って一体……。

 今から着替えたんじゃ間に合わない。最終手段はもうコレしかないと思い立ち、慌てて髪の毛に分け目を付けて、手串で整えてみた。

 この髪型に、この格好ってどうよ? とツッコミが入りそうだがそこは無視する。とにかく一大事なんだ、奈美を早く助けなければ。

「おー、奈美! 今、パーティーの帰りか?」

 作り笑いを浮かべながら、さくさくと傍まで歩いて行く。途端に奈美の顔が引きつったが、そんなの気にしない。

「奈美ちゃん、この方誰だい?」

「ええっと……」

 おいおい、口ごもるなよ。一応お前のカレシ(仮)なんだぞ。

「彼女をここまで送ってくれてありがとう。ここからは、彼氏の僕が送っていくから」

「えっ、彼氏!?」

 男は僕と奈美を交互に見やると、信じられないといった顔をしてくれる。変なオッサンの登場に、辟易したといった感じか?

「彼女はまだ高校生だし、社会人の僕と付き合ってることを知られるとほら、いろいろあるでしょう?」

 奈美の傍に寄り添うようにしている男から強引に引き離して、自分の体にくっつけてやった。これは僕のだ! と勝手にアピールしてみた。

 体に感じる奈美の柔らかい体にちょっとだけドキドキしてしまったのは、気のせいだということにしておこう。

「奈美が卒業してから、きちんとご両親に挨拶しに行く約束をしてるんです。そういう関係なんで諦めてください」

 言いながら腕を組んで、奈美を引きずるようにして歩き出した。

「あの猛さん、ここまで送ってくれて、有難うございました。ごめんなさいっ!」

 引きずられながらもきちんと礼を言う奈美を内心偉いと思い、じっと見つめた。

 ドレスアップした姿――いつもの制服姿と違い、大人っぽくて清楚で可愛い。

「あの三木先生、有難うございました。その……すごく助かりました」

 じっと見つめているとどこか恥ずかしそうな顔して、こちらを見上げる。雰囲気の違う奈美の視線に耐えられず、慌てて目を逸らした。

「たまたま買い物に出かけようとしたら、声が聞こえてきたんでな。明らかにお前、迷惑そうにしてるのに、まとわりつかれてただろ?」

 チラッと横目で奈美を見ると、未だに僕の顔を見つめている。しかも、何か言いたげな感じがした。

「あのもしかして、お風呂上りですか? 風邪、引いちゃうかもしれないのに」

 自分の首に巻いてた布をわざわざ外して、僕の首にかけてくれた。マフラー代わりだろうか?

「そんなヤワじゃないって。大丈夫だから」

「ダメですって! 若くないんだから」

「まったく強情な生徒だな。しかも年寄り扱いするって、さりげなく酷い」

「年寄りついでにその髪型、もっと老けて見えますよ」

 口元を押さえて可笑しそうにクスクス笑う。じゃあ、どうすれば良かったんだ?

「だって、しょうがないだろ。さっきの男が、結構イケメンだったからさ。対抗するには、コレしかないって思ったんだ」

「いつものボサボサ頭でも、大丈夫だったのに。何を血迷って、可笑しなほうに走っているのやら」

「それだけじゃなく! ……その、お前もドレスアップしてて、そのまま横に並ぶのが居たたまれなかったんだ。普段見る制服と違ってて、いつもの感じじゃなかったし」

 ちらりと奈美を見ると、不思議そうな表情を浮かべていた。

「それで、ドキドキしてたの?」

 ゲッ、バレてたのか!? あーそういえば、体を引っ付けていたからな。

「どっ、ドキドキするに決まってるだろ。あの場面をだな、どうやり過ごそうかと、必死になって考えまくったんだ。相手はイケメン御曹司風だったし、奈美はこんなだし、僕はヨレヨレの冴えない教師だし」

 しょんぼりしながら言ってしまう。ホント、格好悪いったらありゃしない。

「確かに冴えない教師だけど、やっぱり、いつもの髪型のほうがカッコイイから!」

「おー、ありがとな」

 カッコイイという言葉に、自然と笑みが浮かんで照れてしまった。意味なく頬をポリポリ掻いてしまう。相変わらず、誉められることには慣れないな。

「ちょっ、なにその変な髪形でテレまくってるの。も~、気持ち悪いったらありゃしない。カッコイイって言ったのは見慣れてるからであって、別に変な意味なんてないんだからね!」

 呆れたと言った口調で言い放ち、背伸びをして僕の頭をグチャグチャにした。

 乱暴な手串に苦笑いをしながら、奈美の頬に触れてみる。思ったよりも、冷たくなっているじゃないか。風邪を引いたら大変だ。

「早く家に入って、風呂入って寝ろよ。肌が冷たくなってる」

「そっちこそ早く買い物に行って、家に帰ったほうがいいよ。頭濡れてるんだから、風邪引いちゃうよ」

 心配そうに見つめる視線が、ちょっとだけ嬉しい。

「おー、じゃあコレ借りてくな。ありがと奈美」

「こっちこそ、ありがと……。おやすみなさい」

 奈美から借りた布から、あったかい温もりを感じた。あったかくて、とてもいい匂い。

 そんな幸せを噛みしめながら、コンビニまでひとり歩く。胸の高鳴りは、気のせいなんかじゃないみたいだ――
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