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触れないという選択
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朝の光が差し込む前、そっと荷物をまとめた。私物は少ない。服、数冊の本、パソコンだけ。どれも、この家に長くいるつもりのない人間の持ち物だった。
(もっと早く、決めるべきだった)
それでも決められなかった。あの人が笑ってくれる限り。名前を呼ぶ声に、柔らかさが残る限り。
自分はきっと、どこまでも甘えてしまう。
義姉――綾乃。
兄の妻という一線の向こう側にいる、触れてはいけない人。彼女に触れることなどできなかった。どんなに心が揺れても彼女は兄のもの。その笑顔を汚したくなかった。
冷たい静けさの中で、あの人の“努力”に自分だけが気づいてしまったときから――どこかで、ずっと抗えないものに惹かれていた。
「朝ごはん、また作るんだろうな……」
ぽつりと呟いた声が、部屋に吸い込まれる。
テーブルに並ぶいつもの朝食。外はカリッ、中はふわふわのパン。それを「美味しい」と言えば、あの人はほんの少しだけ肩の力を抜く。
それだけのことで、今日まで居続けてしまった。
(もう、終わりだ――)
このままじゃ壊してしまう。綾乃も、兄も、この家も――そして、自分自身も。一歩踏み出せば、彼女の笑顔は消える。俺の弱さは、彼女と兄を守るために踏みとどまった。
後ろめたさや倫理じゃない。ただこれ以上近づいたら、たぶんもう後戻りできなくなる。「選ばれたい」と願ってしまう自分が、確かにいるから。
リビングの隅に視線を向ける。まだ誰も起きてこない。時計の秒針だけが、淡々と時間を刻んでいた。
最後に、もう一度だけ――。
そっと目を閉じる。綾乃の姿が、すぐに思い浮かんだ。笑った顔、困った顔、そして――呼ばれたときの、あたたかな声。
「……行くよ。もう、ちゃんと」
小さな呟きと共に、玄関のドアを開けた。外の空気は冷たい。なのに、胸の奥にほっとしたような温もりが広がる。
それでも――。
背中の奥で振り返りそうな未練が、微かに疼く。まだ消えない。それでも歩き出す。この家を、綾乃を、過去にするために。
(もっと早く、決めるべきだった)
それでも決められなかった。あの人が笑ってくれる限り。名前を呼ぶ声に、柔らかさが残る限り。
自分はきっと、どこまでも甘えてしまう。
義姉――綾乃。
兄の妻という一線の向こう側にいる、触れてはいけない人。彼女に触れることなどできなかった。どんなに心が揺れても彼女は兄のもの。その笑顔を汚したくなかった。
冷たい静けさの中で、あの人の“努力”に自分だけが気づいてしまったときから――どこかで、ずっと抗えないものに惹かれていた。
「朝ごはん、また作るんだろうな……」
ぽつりと呟いた声が、部屋に吸い込まれる。
テーブルに並ぶいつもの朝食。外はカリッ、中はふわふわのパン。それを「美味しい」と言えば、あの人はほんの少しだけ肩の力を抜く。
それだけのことで、今日まで居続けてしまった。
(もう、終わりだ――)
このままじゃ壊してしまう。綾乃も、兄も、この家も――そして、自分自身も。一歩踏み出せば、彼女の笑顔は消える。俺の弱さは、彼女と兄を守るために踏みとどまった。
後ろめたさや倫理じゃない。ただこれ以上近づいたら、たぶんもう後戻りできなくなる。「選ばれたい」と願ってしまう自分が、確かにいるから。
リビングの隅に視線を向ける。まだ誰も起きてこない。時計の秒針だけが、淡々と時間を刻んでいた。
最後に、もう一度だけ――。
そっと目を閉じる。綾乃の姿が、すぐに思い浮かんだ。笑った顔、困った顔、そして――呼ばれたときの、あたたかな声。
「……行くよ。もう、ちゃんと」
小さな呟きと共に、玄関のドアを開けた。外の空気は冷たい。なのに、胸の奥にほっとしたような温もりが広がる。
それでも――。
背中の奥で振り返りそうな未練が、微かに疼く。まだ消えない。それでも歩き出す。この家を、綾乃を、過去にするために。
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