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出逢い
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深夜午前0時、バイト先の居酒屋の店先から出た瞬間、盛大なため息をついて、夜空を見上げた。まん丸い月が、目に眩しく映る。
「今夜も疲れたなぁ……」
バイト中は大きな声でオーダーをとっているため、独り言は覇気のない掠れた声になる。
居酒屋から自宅アパートまで、徒歩15分の道のり。信号のない交差点を、肩を落として歩く。若干ふらついた足取りだったせいで、向かい側から来た人とすれ違いざまに、肩がぶつかってしまった。
「すみません」
疲れていたこともあり、小さく頭を下げてやり過ごそうとしたら、いきなり腕を掴まれる。
「えっ?」
見知らぬ男にそのまま腕を引っ張られ、なにかの店舗とビルの狭い隙間に体を押し込まれた。
「な……」
狭い空間に差し込む街明かりが、目の前にいる男の姿を照らす。
街灯の僅かな光を受けて輝くシルバーの髪。その長い前髪の下に位置する血を思わせる赤い瞳は、ゾクッとするほど、異様なものだった。俺に視線を注ぐルビーのように煌めく瞳に見惚れていると、見知らぬ男が低い声で囁く。
「そのまま、じっとしていて」
その声を聴いた瞬間、頭の中がなんだかほわほわして、体の力が見事に抜け落ちた。見知らぬ男は抵抗することなく棒立ちになる俺に抱きつき、首筋に顔を寄せる。
「っ、ぁあっ」
首筋に吐息がかけられたと同時に、べろりと素肌を舐められ、なにかが突き刺さる感触を覚えても、体にまったく力が入らないせいで、されるがまま状態だった。
(――このままじゃヤバい、なんとかしなきゃ!)
「やっ! やめろっ、いやだ!!」
体に力が入らないが、声は出すことができた。目を瞬かせて、斜め下を見たら。
「マズ……っていうか、なんで催眠にかからないんだ?」
見知らぬ男はビルの壁に向かって、俺の体を放り投げた。ふらつきながら後退し、ビルの壁に背中が打ちつけられるのを防ぐ。
「さ、催眠? アンタいったい、なんなんだよ?」
シルバーの髪に赤い瞳、服装は黒っぽいスーツを身に纏い、ぱっと見はハロウィンの仮装をしているように見えるのだが。
(今の季節は初夏だから、ハロウィンはまだまだ先だけどな!)
「ふふっ、なんだと思う?」
ルビー色の瞳が、三日月の形に変化する。どこかバカにしているように感じたせいで、イライラしながら訊ねた。
「わからないから、聞いてるんじゃないか」
視線を逸らし、見知らぬ男に噛みつかれた首筋に、左手で無意識に触れてみる。
「……傷がない?」
ハッとして目の前にいる男に視線を飛ばすと、先ほどとは姿が違っていた。上から下まで漆黒と言えば、わかりやすいかもしれない。
(こうして、なにもなかったように男が姿を変えても、確実に噛みつかれた感触があったし、なにより――)
「俺の血を吸って、マズいって言ったのに」
俺のセリフを聞いた見知らぬ男は、苦虫を噛み潰したような面持ちを浮かべ、忌々しそうに舌打ちする。
「チッ、今まで催眠にかからなかったことがなかったのに、どうなっているんだ」
「それって、今まではうまいこと催眠にかけて、たくさんの人の血を吸ってきたってことですよね?」
「まぁな。そうしなきゃ、生きられない体質だからね」
「吸血鬼……」
ボソッと口先だけで呟いたら、見知らぬ男がいきなり腕を突き立てた。
「ヒッ!」
体の両側に腕を突き立てられているため、残念ながら逃げ道はない。見慣れた日本人の姿なのに、先ほどの姿よりも圧迫感を覚えるのは、見知らぬ男が怒った顔で、俺を見下ろすからだった。
「今夜も疲れたなぁ……」
バイト中は大きな声でオーダーをとっているため、独り言は覇気のない掠れた声になる。
居酒屋から自宅アパートまで、徒歩15分の道のり。信号のない交差点を、肩を落として歩く。若干ふらついた足取りだったせいで、向かい側から来た人とすれ違いざまに、肩がぶつかってしまった。
「すみません」
疲れていたこともあり、小さく頭を下げてやり過ごそうとしたら、いきなり腕を掴まれる。
「えっ?」
見知らぬ男にそのまま腕を引っ張られ、なにかの店舗とビルの狭い隙間に体を押し込まれた。
「な……」
狭い空間に差し込む街明かりが、目の前にいる男の姿を照らす。
街灯の僅かな光を受けて輝くシルバーの髪。その長い前髪の下に位置する血を思わせる赤い瞳は、ゾクッとするほど、異様なものだった。俺に視線を注ぐルビーのように煌めく瞳に見惚れていると、見知らぬ男が低い声で囁く。
「そのまま、じっとしていて」
その声を聴いた瞬間、頭の中がなんだかほわほわして、体の力が見事に抜け落ちた。見知らぬ男は抵抗することなく棒立ちになる俺に抱きつき、首筋に顔を寄せる。
「っ、ぁあっ」
首筋に吐息がかけられたと同時に、べろりと素肌を舐められ、なにかが突き刺さる感触を覚えても、体にまったく力が入らないせいで、されるがまま状態だった。
(――このままじゃヤバい、なんとかしなきゃ!)
「やっ! やめろっ、いやだ!!」
体に力が入らないが、声は出すことができた。目を瞬かせて、斜め下を見たら。
「マズ……っていうか、なんで催眠にかからないんだ?」
見知らぬ男はビルの壁に向かって、俺の体を放り投げた。ふらつきながら後退し、ビルの壁に背中が打ちつけられるのを防ぐ。
「さ、催眠? アンタいったい、なんなんだよ?」
シルバーの髪に赤い瞳、服装は黒っぽいスーツを身に纏い、ぱっと見はハロウィンの仮装をしているように見えるのだが。
(今の季節は初夏だから、ハロウィンはまだまだ先だけどな!)
「ふふっ、なんだと思う?」
ルビー色の瞳が、三日月の形に変化する。どこかバカにしているように感じたせいで、イライラしながら訊ねた。
「わからないから、聞いてるんじゃないか」
視線を逸らし、見知らぬ男に噛みつかれた首筋に、左手で無意識に触れてみる。
「……傷がない?」
ハッとして目の前にいる男に視線を飛ばすと、先ほどとは姿が違っていた。上から下まで漆黒と言えば、わかりやすいかもしれない。
(こうして、なにもなかったように男が姿を変えても、確実に噛みつかれた感触があったし、なにより――)
「俺の血を吸って、マズいって言ったのに」
俺のセリフを聞いた見知らぬ男は、苦虫を噛み潰したような面持ちを浮かべ、忌々しそうに舌打ちする。
「チッ、今まで催眠にかからなかったことがなかったのに、どうなっているんだ」
「それって、今まではうまいこと催眠にかけて、たくさんの人の血を吸ってきたってことですよね?」
「まぁな。そうしなきゃ、生きられない体質だからね」
「吸血鬼……」
ボソッと口先だけで呟いたら、見知らぬ男がいきなり腕を突き立てた。
「ヒッ!」
体の両側に腕を突き立てられているため、残念ながら逃げ道はない。見慣れた日本人の姿なのに、先ほどの姿よりも圧迫感を覚えるのは、見知らぬ男が怒った顔で、俺を見下ろすからだった。
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